僕がフェーダにいた頃の記憶を思い出してから数日。僕は今日も眠れない夜を過ごしていた。独りで居ることには慣れていたはずなのに、天馬達と出会って、一緒に旅をして、僕はいつの間にか独りぼっちでいる時の孤独を忘れていた。だからかな、この静けさがこんなにも寂しいなんて。


「……ねぇ、出てきてよ」


僕はベッドから上体を起こして誰が居るはずもない部屋の隅を眺めた。そうすればどこからともなく人型のそれが現れる。そう、デュプリだ。僕の化身とも言える彼等に話し相手になってもらおうなんてただの慰めでしかない事は分かっているけど、それでも、今天馬達との記憶を思い出してしまうよりは幾分マシだった。

それから僕はデュプリ達と他愛のない会話をした。僕が喋って皆が頷いてくれる、僕の話で皆が笑ってくれる、そんなやりとりに自然と心が満たされていった、そんな時だった。


「───…っ!」


誰かがドアをノックする音に僕は思わずデュプリ達をしまった。時計を見れば真夜中の1時。明日は最終決戦だというのにこんな時間に誰が来たのだろう。サルだろうか?僕は飛び出しそうになった心臓を抑えゆっくりとドアに近付いた。けれど誰だと問うより先に口を開いたドアの向こうにいる人物の声に、僕は一層心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

その声は僕が今一番聞きたくなかった人のもの。思い出さないようにと必死だった人のもの。


「てん、ま……?」

「フェイ!フェイ、起きてるの?」


どうしよう……天馬が、いる。何で、ここはフェーダ用のスペースだ。何で雷門の天馬が。

予想だにしていなかった事態に混乱する僕の頭。僕は掴みかけていたドアの取っ手から手を引いてその場に立ち尽くしてしまった。今天馬の顔を見ればきっと色んな事を思い出してしまうのに。それなのに。


「フェイ、入るよ」


僕はそのドアが開いていく瞬間をただ見つめる事しか出来なかった。ドアを開ける事を防ぐ事だって出来たはずなのに、どうしても体が動かなかったのだ。

それからゆっくりと僕に近付いてくる天馬。顔を近くで見たのは久しぶりのような気がして、その懐かしさに胸が締めつけられる。


「どうしてもフェイと話がしたかったんだ」

「ぼ…僕は君と話す事なんてない!」


駄目だ、天馬は敵だ。僕は僕達の復讐の為に天馬と戦わなくちゃいけないんだ。僕は精一杯自分にそう言い聞かせて首を振ってみせた。出来るだけ突き放した言葉で、もしも天馬がこれ以上近付いてくるようなら力を使ってしまおう。そんな事も考えた。


「く、来るな……」

「聞いてフェイ」

「…来る、な」


だけど優しく微笑む天馬に向けた手が震える。だって、僕は裏切り者だ。皆を傷付けた裏切り者にどうして優しく笑いかけてくれるというんだ。苦しい、痛い、嫌だ。本当はもうこんな事したくないのに。もう天馬の傷付いた顔なんて見たくないのに。


「お願い…もう何も言わないで…」


そう呟いた声は自分でも情けないと思う程に弱々しくこの静寂に響く。天馬はその声に一度眉を寄せてみては僕から目を逸らし、それからもう一度、今度は決意を決めたように意志の強い真っ直ぐな瞳を僕に向けた。僕が大好きだった瞳。段々と近付いてくるその瞳に気付いた頃には既に天馬の唇が僕の口を塞いでいた。


「……っ!」


優しく重ねられたそれ。ぎゅっと抱き締められた僕の体は天馬の匂いに包まれる。


「絶対に君を救ってみせるから」

「…てん、」

「絶対」

「…っ」


………ああ、もしそれが許される事なら、その言葉に期待してしまってもいいのかな?この温もりにまた身を委ねてしまってもいいのかな?

僕はもやもやと渦巻く罪悪感と安堵感に黙って一筋の後悔を流した。






少年は祝福されない恋に泣いた
(君と僕)
(運命の悪戯は時を越えて)






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謎シリアスな初天フェイちゃん。



∵レイラの初恋


(130326)




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