カキーンっとボールと金属バットが当たる音が聞こえる。その音に瑞希は少し反応しグラウンドをみる。あっ、凄い。ホームラン打ってる…。グラウンドからぱっと目線を戻しひたすら書類と睨めっこする。だんだんと退屈になってきたこの行為にそろそろ嫌気がさしてくる。


『こんな日に限ってなんで隼人がいないのよ…』


瑞希は文句を言いながら今だに書類を見る。いつもならこんなに多いときは綱吉か獄寺に手伝ってもらうのだが、生憎今日は二人ともこの場にはいない。綱吉は体育の授業。獄寺はダイナマイトの仕入れに出かけているからである。

瑞希はもう一度グラウンドの方に目を向けた。あっ、あれは…。瑞希は楽しそうに野球をする生徒達の中に紛れて体育に重んじる愛する弟の姿を見つけた

なんだか面白そう。ふっと笑いながら瑞希は事務作業をほったらかしてグラウンドへと向かった。これは後で草壁にやらせよう。などと考えながら…


【山本 武】


「やっと終わったけど…トンボがけか」


瑞希が来る前に野球の試合は終了しており、綱吉はいつものようにパシらされていた。いつもの事なので慣れてしまい、苛立ちを表に出す事もしない。

自分がこの偽りの姿のままいると決めた以上、仕方がないと割り切ったのだ。それに、こういう時はいつも必ず彼女が現れる


『ツナぁ!』

「あっ、姉ちゃん」


何故かタイミング良く現れる姉。そんな姉にばれないようにひっそりと口元を緩める。パシられるのも悪くない。なんて思えてきて仕方がない


『あれ、野球は?』

「とっくに終わっちゃったよ。」

『じゃあ、またツナの所為って言われてトンボがけしてるの?』


うん。と答えれば、瑞希はムッとした表情に変わった。綱吉ばかりに押し付ける生徒が許せないのだろう。


『もぉ…ツナも断らないと』

「ごっ、ゴメン…」

『いいよ。とりあえず、早くトンボがけ、終わらせちゃおっ!』

「うん。ありがとう姉ちゃん!」


さて、トンボがけを始めようか。そんな雰囲気の中に、一人の少年が二人の前に現れた。


「助っ人とーじょーっ!」

「山本!?」


そこにいたのは、山本武。並中野球部の期待の新人である。冒頭のホームランも、彼によってのものだ。現在の並中野球部にはなくてはならない存在である。


『あっ、君、山本武君…だよね!さっきのホームラン凄かったよ!』

「どっどうも。生徒会長さんに褒められるなんて光栄っス!」

『やだなぁ、生徒会長さんとか、敬語とかそういうの止めてよ。ツナの友達は私の友達!だから瑞希でいいよ、武っ!』


いきなり下の名前で呼ばれ、山本は面をくらったような顔だ。その反面、瑞希は始終ニコニコしている。

今だぼーっとしている山本に瑞希は大丈夫?と声をかけた。山本は慌てながらも大丈夫だと答える。


「とっとりあえずよろしくな、瑞希!」

『うん。』


瑞希の屈託のない笑顔に山本はずっと胸を高鳴らせる。その高鳴りは止まる事なく、逆に膨れ上がっていく。一瞬の事だったが山本はこれが恋なのだろうと理解した。

そんな二人の様子を綱吉は睨みつけながら見ていた。そして、山本の雰囲気が変わった事も敏感に感じていた。まさに今、山本は自分の姉に好意を持った、と。この瞬間、山本は綱吉にとって友人でもあるが、注意人物になった。

一緒になってトンボがけをする最中、山本は何を思ったのか綱吉に最近の事を相談し始めた。

「ここんとこいくら練習しても打率落ちっぱなしの守備乱れっぱなし。このままじゃ野球始まって以来の初のスタメン落ちだ。ツナ…俺どうすりゃいい?」


本気で悩む山本に、綱吉はやっぱり努力しかないんじゃないかと答えた。しかし綱吉本人はそんな事を考えてはいなかった。


「だよな。いや俺もそうじゃねぇかなーって思ってたんだ。流石ツナ気が合うねぇ。お〜し今日は居残ってガンガン練習すっぞーっ!」


大笑いしている山本。それを瑞希は、不安そうにしながら見ていた。山本がなんだか自分で自分を追い込んでいるかのように見えたからだ。


『ねぇ…武…』

「ん、なんだ瑞希」

『あの、あんまり無理、しないでね…』

「わぁってるって!ありがとうな瑞希」

『う、ん。』


瑞希の不安は消えないまま、三人はトンボがけを終わらせて、山本は部活へ、綱吉と瑞希は家へと帰宅した。

そして、帰宅した綱吉はまっすぐ部屋へ戻る。リボーンは綱吉の部屋で銃の手入れをしていた。


「何かあったのか」


不意にリボーンが問う。綱吉はまぁな。と少し複雑な顔をしていた。リボーンは銃に向けていた視線を綱吉に向ける。


「山本って奴が、姉さんに惚れた。」

「それだけか?」

「あと…なんか様子が変だった。なんか追い詰められてるつぅか…よくわかんねぇんけど」


頭をかきながら、綱吉は溜息をつく。別に心配する気はない、筈だ。綱吉はなんだか変にあと味が悪いのがどうも嫌だった。

そんな綱吉を見ながら、リボーンは山本の事を部下にするように言う。獄寺の様に元からマフィアなら話は別だが、クラスメートまでもマフィアにする事を流石の綱吉も賛同出来ないようだった。

それに今山本は野球に燃えている。邪魔など出来るはずがない。しかし、リボーンはそんな事お構いなしのようだ。黙れという気持ちを込めてか、綱吉に向かって、火炎放射機を使う。綱吉はそれをかわすとリボーンを睨みつける。


『ツナ、いる?』


そんな雰囲気最悪の中、瑞希が部屋の戸をノックし声をかければ、綱吉は先程とは一変し、部屋の戸を開け、姉を迎えいれた。


「姉ちゃん、どうかした?」

『あのね…お願いがあるの。』


何か思い詰めたような表情で姉にお願いがある。と言われれば、綱吉はそれにだけ集中する。


『嫌な予感がするの…お願い、明日、武を一人にしないで?』

「分かった。」


様子のおかしい姉に変な胸騒ぎを覚えながら、綱吉は明日、山本を一人にしないと心に決めた。

次の日。
瑞希は学校の見回りの為、廊下を一人歩いていた。考えるのは昨日の山本の事だ。噂では昨日の練習で怪我をしたらしい。本当に大丈夫だろうか。心配で仕方がなかった。

そんな時だ。なぜか学校中が騒がしくなる。周りの声を聞けば、山本の名前が出る。山本が、飛び降りそうだ。と。


『た、けし…?』


瑞希は急いで屋上に向かう。額には変な汗が伝っていた。瑞希が屋上に着けばすでにリボーンと綱吉がその場にいた。


『ツナ、武は!?』

「ね、姉ちゃん…どうしよう…俺、あんな事言わなきゃよかった…」


後悔の念が綱吉を襲う。どうすればいいのか分からないのは本心である。まさかこんな事態になるとは思わなかったのだ。

綱吉は姉に助けを求めるようにうなだれる。そんな綱吉を見て、瑞希は綱吉の目をしっかり見ながら答える


『ツナ。今武を助けられるのはツナだけだよ?助けてあげて?友達でしょ?』

「ねぇ、ちゃん…っ!」


綱吉はバッと立ち上がり、山本の前へ出る。目は至って真剣な顔だ。


「ツナ…。止めにきたならムダだぜ。お前なら俺の気持ちがわかるはずだ。ダメツナって呼ばれるお前なら何をやっても上手くいかなくて死んじっまったほーがマシだって気持ちわかるだろ?」


自重気味な笑みを浮かべながら山本は綱吉に問い掛けた。綱吉はそれに真剣に答える。それが姉に見られていたとしても、今は関係ない。


「山本と俺は違う…」

「流石最近活躍目覚ましいツナ様だぜ。俺と違って優等生ってわけだ」

「違う!ダメな奴だから…だから、わかんだよ…」


綱吉は俯きながら話しはじめる。


「俺は…お前みたいに何かに一生懸命打ち込んだ事もない。努力とか調子いい事言ったけど、本当はなにもしてない。それどころかいっつも姉ちゃんに守ってもらうような情けない奴なんだよ。だから昨日のは嘘だったんだ…ゴメン」


これは全て綱吉の本心だった。綱吉は自分の中の罪悪感に負けないよう、まだ続ける。


「だから俺とお前は違う。俺は死ぬほど悔しいとか挫折して死にたいとか、んな事思った事ない。寧ろ死ぬ時になって後悔しちまいような奴だ。死ぬんだったら死ぬ気になってやっておけばよかった。こんな事で死ぬのもったいない。って」


山本は黙って綱吉の話を聞いていた。これでどう結果が変わるかは分からない。しかし山本の中では確実に何か変化があったのだ。


「だからお前の気持ちはわからない…ゴメン。じゃ!」


綱吉は言い逃げするかのように走り出した。が、山本は咄嗟に綱吉の服を掴み綱吉の動きを止めた。その時だ。


「うわぁぁっ」

「ぎゃあぁあ」


フェンスが壊れ、綱吉と山本は真っ逆さまに下へ落ちる。それを遠目で見ていた瑞希は、へたりと座り込む


『い、や…あっ…ツ、ナ…たけ、し…』


身体がガタガタと震えだした。今までにこんな事は無かった筈なのに…。頭が割れそうなくらい痛くなる。

大切な友達が、大切な弟が…し…ぬ…?


『い、いやぁぁぁぁ!!』


震えは一向に止まる事を知らない。何が起こっているのかもわからない。瑞希は震える身体を押さえながら、ただ二人の無事を祈る。


「うそ、無事だ」

『えっ…』


周りから信じられないようなものを見るように、所々で綱吉と山本が助かったと話しが沸き起こる。中には山本の冗談ではないかという話も上がった。

リボーンのお陰で二人は助かったようだ。瑞希は二人が助かった事を聞いた瞬間、屋上を飛び出し、下へ向かう。


『ツナ、武っ!』


目から涙を流しながら、瑞希は二人に抱き着く。二人の心音を聞きながら、無事でよかった。と。そして瑞希は離れた後、山本の正面に立った。


「瑞希…?」

『武…っ!』

「ね、え…ちゃん?」


パンッと乾いた音がその場を支配した。山本はじくじくと痛み始める頬を抑える。


『ば、か…武の馬鹿!死んで何かが変わるの?武が死んで悲しむ人だっているんだから!死ぬなんて考えないでよ!』

「瑞希」


瑞希は何かが爆発したかのように泣きながら、ずるずると座り込んだ。山本はそれに合わせるように一緒に座り込み、瑞希を抱きしめる


「ゴメン…ゴメンな、瑞希…」


綱吉は何も言わず、ただその様子を見ていた。今回ばかりは仕方がない。自分の責任もあるのだから。死ぬ気で友人と呼べる人物を助けられた。今回はリボーンに感謝する綱吉であった。

それから落ち着きを取り戻した瑞希は、二人を教室に戻るように言う。そして一人になった瑞希は今だズキズキと痛む頭を抑える。

痛みは段々と強くなる。まるで鈍器で撲られたかのような痛み。


『い、っ…』


ついに瑞希は頭を抱えながら膝をついてしまった。痛みは更に増す。心臓は今までにないくらいに早く脈打つ。


『…な、に…これっ、あぁぁぁ!』


何が起こったのか、いきなりの頭の中で何かの映像が流れ込む。その映像の中には小さな少女と少年がいた。

少女は、不安げな顔をしていた。今にも泣きそうな顔だ。


「" "ゴメンね…わ、たしの…所為で」

「貴女の所為ではありませんよ。」

「け、ど…」

「僕は大丈夫です。だから、泣かないで下さい…貴女には泣き顔は似合わない」


少年は少女を安心させるように抱きしめた。少女はそれを受け入れる。


『な、に…これ…あの女の子と男の子は…誰?』


映像はそこまでだった。瑞希の頭痛は流れ込む映像が止むと同時にまるで無かったかのように止まっていた。

瑞希の不安はそのままに、一日が終わったのであった。


【山本 武】
瑞希は知らない。自分が犯した罪を


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