「風丸君って格好良いね」 「そう?普通だよ」 仲の良い友達がそんなことを言ってきた。私はそれを素っ気なく返す。友達はそのまま続ける。 「明はいいよね。風丸君みたいな幼なじみがいてさ。羨ましい!」 「羨ましくなんて大袈裟だよ。」 私はまた素っ気なく返した。友達は、呆れた顔をして溜息をつく。 「好きな癖に素直じゃないんだから。」 「べっ、別に…好きじゃっ…」 「じゃあ私が風丸君の彼女になってもいいんだね!」 えっ…。情けない声が不意に出た。友達は目をキラキラさせながら、明がライバルにならなくてよかった。と言った 私の可愛い友達は、応援してね!なんて言うから、私はうん。と答えてしまった。 私は確かに彼女が言うように風丸の事が好きだ。しかも、ずっとずっと小さい頃から。けど、私は素直じゃないから、そんな事を言わない。いや、言えない。 そんな話を友達と話していたのはつい数時間前の話。そして今は部活が終わり、一緒に帰宅中。 「……どうした?俺の顔に何かついてるか?」 隣には件の風丸一郎太が、ふわりと慈愛の色でもありそうな優しげな微笑みを浮かべている。それに私は別に、と答えたものの、視線は未だ風丸に固定する。 女の私よりも綺麗でさらさらとした空色の髪に、深い赤の瞳。鼻は高いし睫毛も長い。本当に昔から格好良いと思う。 「風丸…」 「うん?」 「友達がね…風丸の事格好良いねって言ってた。」 「お前はなんて答えたんだよ…」 風丸の肩からずるりと鞄の紐が下がった。別に、普通。私がそう答えると、鞄を掛け直しながら風丸はそうか。と疲れたように目を瞑る。 「それでね、友達が風丸の事本気で狙うっていってたよ」 「なぁ…それ本人に言っていいのか?」 「あっ…」 馬鹿だな…なんて溜息混じりに答えながら帰り道の先に見えてきた我が家を見つめながら言う。 「まぁいいじゃん。可愛い彼女ゲット」 「お前それ本気で言ってる?」 「え…うん。」 本気なわけない。風丸に彼女?そんなの嫌だ。だけど素直に嫌と言えないのだ。 「…そうか、分かった。」 風丸の声は少し怒ったような声色だった。なんでそんに怒るの?可愛い彼女が出来るかもしれないのに… その後、風丸は何も言わずに家に帰るまでずっと黙ったままだった。 次の日、例の友達が今日、風丸に告白するのだと私に生き生きとしながら教えてくれた。わざわざ私に教えるなんて…これは何かの拷問だろうか…。大切な友達に対してふつふつと嫉妬心が沸き上がる。 「よかったね。頑張って」 だけど私はそれを隠す。頑張ってなんて微塵も思ってなどいない。寧ろ…。あぁ、私は彼女にとって最悪な友人のようです。 昼休みに友達は風丸を呼び出した。恐らく告白するのだろう。胸がチクチク痛む。あぁ…嫌だ。 「ねぇねぇ、明聞いて!」 「…どうしたの?」 「今日ね風丸君と一緒に帰る事になったの!」 そっか、おめでとう。ニコニコと嬉しそうに笑う友達を見るとそれしか言えなくなってしまった。今日は一人で帰らないといけないのか。とか、もしかしたら風丸ともう一緒に帰れないのか。とか、私の思考はマイナスの方に偏る。 「あっ、明」 「風丸…どうしたの?」 「俺、今日一緒に帰れないんだ。だから先帰っててくれ」 今日は彼女と帰るんだよね…。突然ズキズキ胸が苦しくなった。痛い。泣きそう。だけど風丸が彼女を選んだなら仕方ない。私が出る幕ではない。 「うん。わか、た。」 私は今ちゃんと笑えているだろうか。いつも通りの私だろうか。不安だ。 「明…?」 「そ、それじゃ!」 そそくさと逃げるようにその場を後にする。ずっとぼーっとしていたら、いつの間にか放課後。時間がたつのは早い。 「じゃあね、明」 友達はとびっきりの笑顔で私に帰りを告げる。嫌だ。風丸は渡したくない。だけど臆病な私は何も言えない。そのままバイバイと送る。 私、いったい何してるんだろう。なんで止めなかったんだろうか。風丸は私の!ってなんで言えなかったんだろう 「っ…ぅ」 誰もいなくなった教室。ただ私は後悔しながら涙をこぼす。空っぽになった教室はさしずめ私の心のようだ 外は夕暮れに差し掛かる。辺りが暗がり始めた。そろそろ帰らなくちゃ。涙は今だに止まりそうにもないし、帰る事に気が進まないが、時間は時間。今は誰もいない筈だから、この涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られる事はないだろう。多分。 「あれ…開いてる?」 その時。いきなり教室のドアがガラッと音を鳴らしながら開かれた。ばっと、咄嗟に振り返る。 「か、かぜま…」 「明?あれ?帰ってなかったのか?」 目の前には目を見開きながら驚く風丸がいた。肩には制鞄をかけている。という事はまだ帰っていなかったという事になる。 「なっなんでいるの?」 「あれ?聞いてないか?今日、委員会が急にはいって、遅くなりそうだったから先帰ってろよって」 「し、知らないよ…そん、なの…!」 珍しく少し声を張り上げて怒ってしまった。そんな私に風丸は苦笑しながら謝る。 「にしても変だな…お前の友達が言っといてくれるって言ってたんだけど」 「友達?」 「あぁ。お前がいつも一緒にいる奴。」 「聞いて、ない。私が聞いたのは…」 彼女と風丸が一緒に帰るって、事で… 「明?」 「っ!」 いきなり名前を呼ばれる。勝手に身体が反応して、ビクッとしてしまった。頭が追いつかない。どういう事、なの? 「どうしたんだ?」 「……風丸が…あの子と、帰るって聞いて、たから…」 「はっ?俺が?」 無言で頷く。このままじゃ泣きそうだった。私は思わず下を向いて、顔を隠してしまった。 「おい、明どうしたんだよ」 いきなりの事で驚いたのか、風丸は慌てて私に近づいてきた。来ないで、よ…。気持ちに歯止めが効かなくなるじゃない…。こんな汚い、私…見せたくないよ。 「お、い…明」 私を心配する声。止めて。風丸には…あの子がいるでしょ?幼なじみなんかほっといて、彼女の方に行ってよ…。風丸がそんなんだから… 「諦め、つかないんじゃない…」 「なんの事だよ?」 「っ…!風丸には、可愛い彼女がいるんだから、そっちに行けばいいじゃない!私なんかに構わないでよ!私が虚しくなるだけじゃない!早く風丸の事諦めさせてよ!!」 「お前、何言って…」 情けない話、これはただの八つ当たりだ。だけど、気持ちは溢れてくるし、涙は止まる事を知らない。 「風丸の事、好きでいるのが…辛いじゃない!」 「っ…!」 「か、ぜま…る?」 いきなりだ。いきなり目の前にいた風丸がいなくなったと思ったら目の前が真っ暗になって、身体はどこか温かくて… 「なんで辛くなんだよ!なんで諦めんだよ!好きでいろよ、俺の事!!」 耳元では風丸の声。鼻につく匂いは風丸の匂い。 「俺だってお前と同じ気持ちだよ!」 「意味、わかんな、い…」 「だから…好きだって言ってるんだよ、お前の事、が」 嘘だぁ…っと間抜けな声が出てきた。風丸が私の事好きだなんて、ありえない 「嘘じゃない。小さい頃から…ずっと、お前だけなんだよ…明。」 さらにギュッと強く抱きしめられた。目から涙がポロポロと溢れてくる。 「風丸っ…風丸…!」 わんわん泣く私を風丸は子供をあやすように頭を撫でる。あぁ、何も変わってない。この距離も、何も変わらない。 【じれったい距離】 近付けは近付くほど好きになる (誰であっても) (大好きな彼は) (渡さない) END |