稲妻11 | ナノ



窓から見えたのは元カレの下校姿。隣には前に好きだと言っていた彼女。見なきゃよかった。心の底からそう思った。見たくなかった。どうしようもないモヤモヤが一瞬私を襲った。私に気を使って、あまり見せないように立っていた基山君が、ねぇ、明っと話しかけてきた。


「な、に…?」

「大丈夫?」

「う、ん。大丈夫だよ…」


気に入らない顔をしながら、彼は、嘘つきと呟いた。嘘、か…。どうなんだろう。確かに元カレの事は驚いた。なんかやるせない気持ちもある。悔しいが今にも泣きそうだ。だけど、前よりは苦しくないし、悲しくない。辛いという気持ちは段々と薄れてる。

私は基山君に嘘をつく。今さら本当の事を彼に言えないから。沢山沢山嘘をついている。だから私はそれを押し通す。

ゲームの所為で振り回されっぱなしだった。だけど、私はそれを受け入れた。今までは、ただ傍にいて欲しかっただけ。この悲しさを癒して欲しかっただけだ。基山君に、そして私自身にも沢山嘘ついて…あぁ、胸がいたい。


「明」

「なに?」

「あの二人、まだ付き合ってないよ」

「ま、だ…?」


彼は切なそうな表情になりながら笑った。その表情に…胸が痛んだ


「多分だけど明日告白するかも」

「基山君…なに、言ってるの?」

「どっちにしろ、彼はもう明に眼中はないんだよ」


意味が分からない。彼はいったい何を言っているの…?なんでそんな事、知ってる、の…?


「ねぇ明。なにがよかったの?あんな奴」

「あんな奴なんて言わないで!」


気づいたら、私は声をあげてた。彼は涼しい顔をして、ただ私を見ているだけ。

ねぇ、気づいてたの?ただ知らないフリしてただけなの?だったらなんで…なんでそんなこと言うのよ…


「大好きだったんだから!何もない私に目をつけてくれて、優しくて…とっても暖かかったの。彼から話しかけてくれたとき、告白してくれたとき、全部…覚えてた。気持ち悪いけど、それくらい大好きだったの。」

「本当、一途だね」

「一途で何が悪いの!」

「だけどさ明、気づいてる?」

「なにがよ」


基山君の一言一言が全てイライラに代わっていく。ただの八つ当たりだ。分かってる。だけど止まらなかった。だけど、彼の次の一言で、私は簡単に止まってしまった


「今さ、全部過去形だったよ」


えっ…と気の抜けた声が出る。嘘…だ。まさかそんなはずない。ちゃんとちゃんと覚えて…


「大好きだった、覚えてた。暖かかった。」

「ちっ違う!」

「じゃあ告白された時の、話してよ」

「だ、だから…呼び出されて」

「いつ?どこで?どんなふうに?」

「えっと…だから…あれ…」


なんで…なんで思い出せないんだろう。あんなに好きだったのに。今までは昨日の事のように覚えていたのに…

それが余計怖かった。好きだった彼との思い出なのに、忘れてしまった自分自身に恐怖した。基山君の言葉通りもう全て過去の事なのだろうか


「ほら、全部忘れちゃってる」

「違う!今思い出して…」

「思い出してるってことは、忘れてるって事だよね」

「…ち、がう…」


信じたくない。全部全部信じたく…


「いい加減気づきなよ。君の心はちゃんと彼を忘れようとしてる。けど明が現実逃避してるんだよ」

「違う!違う!だって…」

「だって?」


言いたい言葉が見つからなかった。だって、基山君が言ってる通り、私はただ現実逃避をしてるだけだ。そんなの最初から分かっていた。

彼の事が好きだった。ずっと彼の隣で笑っていたかった。だけど…彼の隣にいていいのは、私じゃないんだ。


「やっと気づいてくれた…」

「…っ…」


基山君はぽろぽろと流れ落ちる涙を優しく拭き取ってくれた。優しく微笑んでくれた。無償に彼の優しさが胸にしみて凄く嬉しかった。涙は余計に溢れる。


「あ、りがと…」

「うん…」


悲しかった。大好きだった人と別れたんだから当たり前だ。私はこの悲しみからずっと逃げ続けていた。だけど、もう終わりだ。今まで悲しかった分を今全て吐き出してしまおう。私はずっと泣き続けた。基山君は何も言わずにただ私の傍にいてくれた


「落ち着いた?」

「うん…ゴメンね、ありがとう基山君」


彼はどう致しまして。と微笑む。胸がトクンと高鳴った。


「あっ、そうだ。ねぇ、明」

「ん、なに?」

「そろそろ俺のこと名前で呼ばない?」

「基山君」


そうじゃなくて。と彼は苦笑する。そうじゃないって何が違うんだろう。そう思った矢先である。基山君はいきなり顔を近づけてきた。


「ヒロト、だよ」

「…ひっヒロト君…?」


いつも基山君と呼んでた矢先にいきなり名前で呼ぶなんて。そう思うと、なんだか分からないけど、無性に恥ずかしくなった。顔に熱が溜まる。


「もぉ泣きながら顔赤くしないでよ」

「してないもん!」

「してるよ。」

「嘘つき」


それは君でしょ?そう言われた瞬間、少しムカッときて、もう知らないっ!なんて言ってそっぽ向いてしまった。顔が赤いなんて、照れてる事を認める事になってしまう。それが、今更認めるのも悔しかった。


「ぷっ」

「ちょ、なっなんで吹き出すの!」

「だって…くくっ」


腹を抱えながら笑う彼に更に腹立たしさと気恥ずかしさが入り混じる。


「わっ笑わないで!」

「ねぇ、明。今、耳まで真っ赤だよ?」

「えっ、嘘…」


とっさに耳を髪の毛で隠そうと手を動かすが、その手は簡単に止められる。そして、彼はいきなり私の手を引き抱き締める。


「本当、明ってば可愛いね…」

「なっなに言って、ひゃぁっ…」


低く色っぽいあの声で囁かれる。そしてまた耳を舐められた。ねちゃっとした粘着音が耳の奥で重なる。くすぐったいようなもどかしいような…けどやっぱりゾクッとしか感触が一番強かった


「ねぇ…明」

「な、に」


【逃げ場ない私】
あんな退屈な奴やめて俺にしなよ
(吐息混じりに囁かれた言葉に)
(ほらっ、もう逃げれない)


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