稲妻11 | ナノ



「これありがとう、望月さん」

「どう致しまして」


昨日の出来事が嘘のように基山君は今日の朝にいきなり辞書を貸してくれと頼んできた。なんでも友達の南雲君に貸してから返ってこないらしい。まぁ、貸すのはかまわない。私は別に辞書など使わないからだ。だけど、いきなり朝に貸してくれないかな?と言われたとき正直焦った。

クラスには知り合いも友人も沢山いる。そんな中、アイドル的存在の彼に私なんかが辞書を借りにこられているのだ、当然のように不思議な目で見られてしまった。気が重い…。


「助かったよ。ありがとう」

「ううん、役に立ってよかった。」


この笑顔が作り物だと思うと本当恐ろしい人だと思う。昨日のあの時とは全く性格も顔つきも違うのだから。


「じゃあ、俺、次の授業あるから。」

「うん、じゃあね」


私は振り返り、席に戻ろうとした瞬間、彼はいきなり私の腕を引っ張った。不意にその場に止まってしまう。


「放課後あの教室に来てね、明」

「えっ?…ーっ」


低くて、大人っぽい声でいきなり耳元で囁かれた。思考が追いつかない。身体中にぞくっとした何とも言えない感覚が私を襲った。


「じゃね、望月さん」

「う、ん」


一瞬の出来事だった。幸い沢山いた周りの生徒は教室に戻ろうとしていたおかげで誰も見ていないようだった。

あの人は…本当に心臓に、悪い。思考を正常に戻すのに数分かかった。昨日も今日も基山ヒロトは私に何がしたいんだろう。

教室に戻り、席に着く。そして、ふと昨日の事を思い出す。


「実はさ、俺…人のものって凄く奪いたくなる質なんだんだ」

「えっ?」

「だから、ゲームしようよ」


意味が分からなくて、どういう意味?と聞いてみる。すると彼は簡単なルールだよ。そう言って、続ける。


「もし一週間以内にアイツと別れたなら俺の勝ち」

「別れなかったら?」

「俺の負け。その時は君の言うことなんでも聞いてあげる。いくつでもどんなことでも」


提示してきた内容を自信満々に彼は言う。そして、基山君が勝った時の条件を聞いてみる。


「基山君が勝ったら?」

「君の身体を貰う…」


ルールの内容も、提示してきた内容もすべて私の予想範囲外の事だった。このゲームの勝敗なんて火を見るよりも明らかだった。なぜなら私と彼はもう別れているのだから。普通、こんなゲーム受けはしない。けど、この時の私は何を思ったのだろうか


「いいよ、その勝負のった。」


結果が分かってるこのゲームに了承するなんて、何を考えてるんだろうか。本当に馬鹿だ。


「へぇ」

「一週間。平和に過ごせばいいんだね」

「うん。そうだよ。」


基山君は、ぶっ壊してあげるから。そう言って、教室を出ていってしまった。その後、私は激しく後悔してしまった。勢い任せで言ってしまったが、もしこの嘘がバレたりしたらどうなるんだろう。まさか本当に好きな人でもない人とヤらないといけないのだろうか…。


「明ちゃん」

「えっ」

「もぉ、どうしたのぼーっとして」


授業を終え、友人の秋と廊下を歩いていた。先程の事をずっと考えていた所為で、秋の話を聞くのを忘れてしまっていた。


「ゴメンゴメン。あっそういえば、最近サッカー部どうなの?」

「みんな頑張ってるよ!もうすぐ試合だからね」


いつでもどこでも出来そうなたわいのない話をしながら廊下を歩く。すると反対側から、南雲君に涼野君。そして、特徴的な赤髪が目に入る。まわりに友達がいるため無視を決め込む。必死に秋の話に耳を傾ける。

彼らと私達がすれ違う。よかった何も無かった。そう思い、後ろをちらっと向けば、何故かあの何とも言えない勝ち誇ったような笑みで、彼は私を見ていた。もう一度秋の方を見ようと試みるも、何故か目が離せなかった。そして胸がいきなり高鳴る。


「―逃げないでね―」


口パクで告げられる言葉。声なんて聞こえる筈などないのに、彼の声がはっきり聞こえるようだった。高鳴る心音、上昇するだけの体温。私は…病気にでもなってしまったのだろうか。


「明ちゃん、顔赤いけど大丈夫?」

「えっ…?あっだっ大丈夫だよ」


ふと秋に指摘されれば、変に意識してしまい、顔の熱はより上昇する。熱かもしれないと心配されるが、恐らく、いや100%それはない。この熱の原因は確実に基山君なのだから。

秋とのたわいのない話で少し彼の事を忘れるよう努力した。しかし、集中した熱は少しの間おさまる事を知らなかった。

そして、その熱は放課後に再発する。昨日いた空き教室へ向かう。ガラッと戸を開ければ、そこには外を見ている基山君の姿。
綺麗な顔に特徴ある赤い髪。鼻筋も通ってしっかりしてて、少し長めの切れ目。あのいつも笑顔の姿とは予想出来ない姿だ。

ぼーっと彼を見つめていたら彼はいきなり振り向いた。


「なに、見とれてた?」

「冗談言わないで」


彼は悪びれた様子もなく笑いながら謝る。そして、目の前を手で影を作り、眩しいね。と言ってきた。


「そりゃぁ、夕方だから、ね」


いつまでも戸の前にいるわけもいかないから私は彼の近くまで行く。確かに日が眩しい。当たり障りない会話をしながら、私も彼と同様外を見る。下校中の生徒が沢山いる。その中に、今は見たくない人物がそこにいた。窓なんて見なければよかった。本当にそう思った。


「明…?」


不思議に思ったのか彼が問いながら私の目線を辿って 黙った。


「明…」

「みっ、見なきゃ、よかった…」

「…」

「基山君、ごめん私…」


もう帰る。そう言おうとした瞬間だ。彼はいきなり私をきつく、強く…けど、どこか優し気に…抱きしめた。


「基山、君?」

「あんな奴、見なけきゃいい」


小さな声で彼は言った。なんでそんな事を言うのか、よくわからなかった。いつもの基山君じゃないみたいだ。


「君達の関係潰そうとしてるんだよ、ね…俺…」

「あ、の…いきなりどうしたの…?」


彼は私をさっきよりも強く、強く抱きしめた。


【優しい悪役】
ごめん、邪魔して。わざとだけど
(基山君はそう言った。)
(君の背中がやけに哀しげで)
(なのに、とても大きく見えた)

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