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06

「あ、そうだ。あの零くん、スマホに入ってるあのアプリだけどさ」
「なんの話かな?」

ニコニコ笑顔で聞き返してくる零くん。もしかしてこのままシラを切るつもりなんじゃないだろうか。まさかそんなことはないだろうと「盗聴アプリ…」と呟いたら「だから、なんの話かな?」とこれまたすんばらしい笑顔で聞き返された。言い逃れするつもりだ。逮捕だぞ。

「いや、だからわたしのスマホにはいってるあの変なアプリ消してくれないかな?」
「なんの話かわからないな」
「めっちゃ電池食べるし、充電してても中々上がらないの」
「僕にはどうも出来ない」
「いや出来るんですって。アプリを消してくれれば良いだけだから」
「人の携帯の操作はわからないんだ」

もう!ああ言えばこう言う!!なんだってんのよ!そんなにわたしを管理したいの?手を掴んで側に置いておきたいの?そんなのとしなくたってわたしはあなたにゾッコンなのにー!っていやいやそういうことじゃなくて!意地でもアプリを消さない気だな。自分で消そうにも何度やってもエラーが出るから零くんなら消す方法を知っているはずだ。お願いだからスマホ依存症のわたしからスマホの電池を奪うなんて酷い真似しないでくれ。プツリと切れた黒い画面で発狂する自信がある。

「どうしてもだめ?」
「………だめだ」
「なんで?」
「理由はいえない。ただ、なまえを守るためだ」

なにそれ…一般市民のわたしになんの気概が及ぶっていうのよ。ここは米花町ではないから事件はそんな起きないし、まさか組織の人間に気付かれたわけじゃないでしょ。不満そうに唇を尖らせていたら零くんはあ、と声を漏らしてクスリと笑った。

「それ」
「どれ?」
「唇、尖らせるの。癖か?」
「んー…納得いかないとか、気分が落ちたりとかしたらしてるかも…」
「ふーん」
「…なんですか?」
「いや」

かわいいな、と思って。そう言ってウインクしてきた零くんにこれから毎日毎時間毎分毎秒、唇を尖すことを心に誓った。殺しにかかるならせめて宣言してからにしてほしい。

****

朝、起きればやっぱり零くんはいなくてでも花と朝食だけはちゃんとあって、あーまだ私は妄想の世界にいるのかーなんて最近では感覚が麻痺してきたのかもう現実でも妄想でもどっちでもいいやーって能天気に考え始めた時に事件は起こった。何を油断していたんだ、ここはあの名探偵コナンの世界なんだぞ。

「あの、これ落としましたよ」
「あらありがとう」
「あれ…あなたは…」

ベルモット…、そう呟いた瞬間やばいと察して目を見開いた。
事の発端は通勤中に前を歩いていた女性が上等なハンカチを落としてそれをわたしが拾ったのが始まりだった。スカーフを頭に巻いて洒落たサングラスをしているがオーラはダダ漏れだ。しかもそれが見た事のある女性で、多分わたしが関わる事のない…いや関わってはいけない人物だ。やばい、絶対怪しまれてる…めっちゃ睨んでる…美人が睨んだらめっちゃ怖いどうしよう…逃げようにも足がすくんで動けないし…。ビビることしかできないわたしにベルモットは一歩ずつ近づいてきて抱きしめる形でわたしの首筋をトンっと叩かれてそこからの意識は全くなくなった。


____


「ん…」
「あら、起きた?気分はどう?」

子猫ちゃん?
目を開けたらものすごい美人がものすごい綺麗な顔でものすごいゴツい銃をわたしに向けていた。一気に目が覚めてここはどこだと周りを見渡したら薄暗い部屋で、ダーツやビリヤード台、バーカウンターなんかもあったりしてその部屋の真ん中に椅子で縛り付けられていた。…なにこれドッキリ?モニタリング?目を覚ましたら銃を向けられてる状況をどう打破するのか的な?冗談じゃないぞ、カメラを回すなら事務所を通してくれないと困る!出演料とか…いやいやそうじゃなくて!この銃を向けてる人は間違いなくベルモットだ。そういえば意識が途切れる前にあった人物はこの女だ。一体、わたしをどうするつもりなんだ…!

「た、食べても美味しくありません!」
「…食べないわよ、失礼ね」
「あの…ひとつ確認したいことが…」
「なあに?」
「こ、これはなにかのドッキリとか、カメラの奥で誰かが見てる、とかじゃな…」

バンっ!
必死で話しているのにこれは実際に起こっていることだと証明するかのようにベルモットはわたしの足元数センチ横に拳銃をぶっ放した。本気だ…!

「あらごめんなさい、虫がいたものだから」

反射的に涙が溢れてきて止まらない。何がしたいんだ…!何故ベルモットはわたしのことを誘拐したんだ…こわいよ、零くんたすけて…!今のわたしの顔は涙に鼻水にと顔を歪ませてすごくひどい顔をしているだろう。その顔を見てベルモットは馬鹿にしたように笑った。ものすごい傷ついた。

「私が知りたいのはたったひとつ、何故私の名前じゃなくコードネームを知っているか、ってことよ」
「そ、それは…!」
「命が惜しいなら早く白状することね」

10秒待ってあげるわ、と綺麗に微笑まれて背筋が凍った。もし言わなければ10秒後にわたしは死ぬということか。それはいやだな…でも正直なことを言って「あなたは漫画の中の登場人物で、とても綺麗だったから覚えてました!」なんて言ったら10秒どころか言ったそばから死が確定だ。綺麗っていう部分に反応してくれないかな、と考えていたらカウントダウンが始まってしまっていて、もう頭はなにも回らない。9…8…7…と減っていく数字にもう諦めるしかないと目を強く瞑ってその瞬間を待っていたら部屋のドアがノックされた。それに萎えたのか少し不機嫌な声で誰?とベルモットが問いかけたらバーボンです、ととても馴染みのある声が聞こえてきた。返事も聞かず入りますね、と言って部屋のドアを開けた人物に驚きと安心感を覚えた。

「…変な趣味を覚えられたようで」
「勘違いしないで、趣味なんかじゃないわ」
「へえ、ではこの状況の説明をお願いします」
「…はあ、道端で会ったこの子が私のコードネームを知っていたのよ。だからなんで知っているのかを聞いていたの」
「へえ、それはご苦労なことで。僕も知りたいなあ。なんでこんな平凡な子がそんなことを知っているのか」

帽子のツバを持ってさらに深く被ったのはさっき助けを求めたバーボン系男子の零くんだった。妖艶な笑みを浮かべながら平凡という言葉を強調してわたしに近付きながら質問をしてくる零くん。ベルモットは獲物を取られたみたいに面白くない表情をしている。先程から怖い思いしかしていないわたしはもうキャパオーバーで、出来ることと言えばえぐえぐ泣くくらいで本当情けなくなる。それにしてもひどい顔だな、と苦笑いをした零くんが最後のとどめを刺してきた。もうわたしは死んでいる。

「で、なんで知ってるんですか?」
「うぇ、う、そ、それ、は…!」
「それは?」
「早くして頂戴、時間が惜しいわ」
「か、勘…?」
「言い残すことはそれだけかしら?ならさっさと死になさい」
「えぇぇぇ!!」
「…ベルモット」
「なあにバーボン、そこどいて。一緒に撃たれたいの?」
「あなた、彼女が気絶してるときに色々調べたんじゃないですか?」
「えぇ、調べたわよ。いい歳してfianceもいない会社勤めの特になんの変哲もないただの平凡な子、とだけね」
「なら彼女が黒じゃないってこと、確証は得てるんじゃないですか?」
「……だから気になるのよ、なんで私のことを知っているのか」

ベルモットに酷い言われようをされ、もう体力的にも精神的にも大ダメージを受けたわたしは喋ることすらもう出来ない。さっきの悔し紛れの言い訳ですら死の宣告をされ、しまいにはまた平凡だと強調されながら言われた。平凡のなにが悪いというのだ。わたしはただの一般人だぞ、くそう。一般人はこんな状況に慣れてないから早く解放して欲しい。

「実のところ、彼女と僕は面識があるんですよ。」
「え」
「…どういう面識?」
「僕のやってる仕事の依頼人、とでも言っておきましょうか」
「裏がある言い方ね」
「…あなたにだって手を出されたくない、守りたい人がいるでしょう。僕にとって彼女がそうなんですよ」
「なら何故始めから助けなかったの」
「彼女がどんな反応するのか、気になって」
「…はあ、同情するわ」
「それはどうも」
「あなたにじゃないわ」

ダメージの影響が凄くて思考回路が停止しそうになっているところに零くんの助け船がついにきた。お、遅いよー!そしてついにバーボンとも知り合いにされたのでトリプルフェイスコンプリートだよー!なんか知り合い以上のニュアンスで話された気がしたけど、今は情報収集能力が半分以下なので特に気にしないでおいた。やっとこの窮屈な状態から抜け出せた嬉しさでまた涙が出てきたがそれを零くんが拭ってくれる。片手を差し出されてそれに捕まりゆっくり立ち上がった。そのまま繋がれた手で出口まで誘導されて出て行こうとしたら後ろからベルモットが「待ちなさい、バーボン!まだ彼女が私のことを…!」とまだ諦めてない様子で問いかけてくる瞬間に零くんは懐に入れてあった銃を取り出して彼女の足元数センチ横を撃った。あ、これデジャブ。

「すみません、足元に虫がいたもので。」

では、そう笑顔で言い放ち私の手を引いてその場を去る。最後に見たベルモットの顔はとても不愉快そうでこれからの零くんのバーボンとしての活動がやりにくくなるんじゃないかと心配になった。