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05

零くんが作ってくれたらしき朝食を食べて、準備をしてから家を出た。急ぎ足でバス停行き、着いたら丁度バスが来るところだったのでそれに乗り込む。2人がけの椅子に座ってちらっと横を向いたら隣の人のスマホ画面が目に入った。そこには″眠りの小五郎、また事件解決!!″という記事が書かれてある。え!っとそれに見入ってしまったら隣の人に迷惑がられたので謝って大人しくするが内心冷や汗だらだらだ。この妄想はいつまで続くのか。本当よく出来た妄想の世界だ。現実に帰れたとしても当分夢見心地だろうなと小さくため息をついた。

「おはようございます」
「おーおはよう。…なんだ元気ないな」
「ね、寝不足で…」
「しっかりしろよー」
「はい、すみません」

出社したら上司が気にかけてくれたが嘘をついてしまった。少し罪悪感を感じたけど時間になったのでパソコンの電源をいれる。企画書制作が1つ、任された書類整理を2つこなす。仕事に夢中になっていたようで気がつけばあっという間にお昼休憩になっていたので、食堂へ向かった。今日はカレーの気分だったので食券をかって料理をもらう。4人がけテーブルに1人で座って携帯をいじる。…あれ?もう携帯の電池が35%になっている、と違和感を覚える。確か朝ちゃんと充電してきたので満タンなはずだった。それから通勤時間にしか携帯は触っていないから普段なら減っていても87%のはずなのに何をこんなに…と考えていると1つの心当たりに出会った。朝起きてもまだあった花、作られた朝食、毛利探偵の記事。これが妄想の世界ならやっぱり…もしかして私にもあのアプリ入れられてる?寝てる時に零くん携帯いじった?そんなわけないよねー…と半信半疑でたくさんあるアプリの中からそれを探してみる。そしたら、ご丁寧なことにあまり使わないアプリがいっぱい入ってあるフォルダの中にそれはあった。…何してくれてんのよ妄想零くん。わたしは何を疑われているのか…はあ、と頭を抱えながらカバンから充電器を取り出してそれを携帯に挿していたら目の前に美味しそうなラーメンが置かれて、顔を上げると爽やかな笑顔があった。確か、彼はこの間わたしが転びそうになっているところを事故と見せかけて抱きしめてきた人だ。

「おつかれー、何難しそうな顔してるの?」
「お疲れ様です。いや、ちょっと、あって…」
「なに?悩み事?なんでも聞くよー」

人懐っこそうな笑顔を浮かべて美味しそうにラーメンを食べる。彼はわたしが属している部署の隣の部署の先輩だ。所謂、エリート営業マン。零くんは彼がわたしに気があるんじゃないかと思っている。あの時は冗談で大切にしてくれそうとか言ったけど、半分本心だ。きっと彼と一緒になったらちゃんと現実を見た幸せを手に入れられるんだろうなと思いながらカレーを食べる。

「今日、夜って暇?ご飯行かない?」
「夜…ですか、誰が来るんですか?」
「誰ってオレ?」
「…ふたりで?」
「そうそう!ふたりで!」

残念な点はチャラいところだ。誘われているのに、あー多分これわたし以外にも言ってんなー的なことを思ってしまう。ちなみに今日の夜は特に予定はない。でも先輩とご飯にいくには少し戸惑ってしまう。どうしようかと考えていたらあれよあれよと話が進められていつのまにか行くことになってしまっていた。さすが、営業チャラリーマン。上手いこと事を運んでいったな。多分商談とかもこんな感じで進めていっているんだろう。

「じゃあ、仕事終わったら連絡してな!ごっそうさん!またあとで」
「あ、はい…でしたー…」

まるで台風のようだったなと呆けていたら、急に着信が入った。画面を見てみると知らない番号が表示されていた。誰だろう、と出られずにいると何回かコールが鳴ってそれは収まった。知らない番号は出ないようにしているけど直感で、あれは出ないとダメだったかなあと思ってしまったのは何故だろう。疑問に思いながら時計を確認するともうすぐ休憩時間が終わるところだったので急いで残りのカレーを食べてすぐに部署へ戻った。

****

仕事を終えてから退勤して携帯を確認したが、充電器つけてても中々電池は増えてくれなかった。そんなに容量食らうのかあのアプリ…と呆れていたら丁度、先輩から仕事終わった?と連絡が入った。待ちきれないのかなと少し笑って終わりましたよーと送り返す。あれから知らない番号からの連絡は1.2件入っていたけど、掛け直すことはしなかった。もし怖い人につながったら…なんて考えが浮かんできて掛け直す勇気が出なかったからだ。社の出入り口で待ってるとの事だったので、帰る準備を済ませて降りる。待ち合わせ場所についてキョロキョロしていたら携帯をいじっていた先輩を見つけて駆け寄った。

「遅くなってすみません…」
「いや全然。おつかれ」
「お疲れ様です。なに食べますか?」
「店はとってあるから、行こう」

あら、なんとスマートな。そういうところがモテるんだろうな、と感心しながら後をついていった。先輩が連れてきてくれたお店は完全個室の落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。個室か…と少し警戒したが、こんな序盤ではなにもしてこないだろうと信じ、店に入る。2人してビールを飲みながら話した内容は仕事の話ではなく最近何にハマっているだとかあそこのパン屋さんは美味しかったとかすごく日常的なもので安らいでしまった。すごく楽しい。話もうまいし、聞くのもうまい。くそ、チャラリーマンの思惑通りか…!先輩に堕ちてしまいそうだ。妄想の世界だと零くんに知られたらヤキモチ焼いてくれるかなあ、と考えたがすぐに消した。今は零くんじゃなくて先輩と一緒にいるんだ。漫画のキャラじゃなくて現実をみろ!と自分に言い聞かせていたら携帯の音が鳴った。また、知らない番号だ。昼から同じ番号だけど、と不安げにしていたら先輩が出ないの?と聞いてきたので、申し訳なさそうに席を外して意を決してその電話に出ることにした。

「…っもしも」
『いますぐ帰ってこい』
「れ、零くん!?」
『言い訳なら後で聞いてやる』

だから、すぐに店を出ろ。そう言って電話を切られてわたしは固まってしまった。なんで零くんがわたしのいる場所を知ってるんだろう。やっぱりもしかしなくてもこのスマホに入ってる盗聴アプリか…!ってことはわたしが先輩といることを彼は知っているだろう。くそう、急に妄想モードに入るな、わたし!せっかくの先輩との食事がこんなに早く終了してしまうなんて…。とりあえず今すぐ帰らなければ余計に零くんの怒りを買ってしまうだろう。すぐに席に戻って先輩に断りを入れて一緒に店を出た。電車で帰ろうとしたらタクシーを止められて、運転手に一万円を渡しこれで帰れと言ってくださった。帰り際までスマートかよー!さすが出来る男は違う。そのタクシーに乗せられてまた明日な!と相も変わらず爽やかな笑顔で見送られてしまった。車の中でありがとうございますー!と叫んだのは聞こえただろうか。

「いいご身分だな」
「なんか、すみません…」
「なんかとはなんだ?」
「えと、その…」
「言い訳する時間を5分与えてやろう」

5分!?って長いのか…短いのか…マンションについてすぐ自分の部屋に駆け込んだら玄関で仁王立ちの零くんとこんばんはして、そのまま玄関のフローリングで正座をしているのが今の現状である。あのせめてリビングのふかふかの絨毯のある場所へ…と誘導しようとしたが目線1つで黙ってしまった。フルヤレイコワイ。い、言い訳っておそらく先輩と食事に行ったことだよね…?や、やっぱり行かない方がよかったかな…?

「い、一応会社の先輩だし…私、後輩だし…行かないと私も立場があるといいますか…」
「明らかに好意を示していただろう」
「だだだって!なんかあれよあれよと話が進められて…!」
「ちゃんと断らなかったなまえが悪い」
「…ごめんなさい」
「それになんで電話に出なかったんだ?」
「知らない番号だったし…」
「…ちぃ、ちゃんと登録しておくべきだった」

ちぃ、って。ちぃって今舌打ちしましたよ!この人!奥さん聞きました!?むしろ警戒して電話に出なかったことを褒めて欲しいくらいだ。不満げに唇を尖らせていたらそれを指で掴まれて「次から誘われても行かないこと。わかったか?」なんてめっちゃいい顔で言ってくるもんだからうんうんと頷いてしまった。はあ、とため息を吐いて部屋の中へ入っていく零くんにもう正座の刑は終わりと思って立ち上がろうとしたら、

「た、たてない…」
「はあ…」
「ため息つかないで!しょうがないじゃん!フローリングに正座だよ!」
「はいはい、騒がない」

そう言ってさらりとお姫様だっこをしだす零くんに胸がキュンとなった。この人もスマートすぎる。