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04

あれから1週間たっていた。あの日のことをやけに現実味を帯びた妄想だと思っていたわたしは呑気にお風呂から上がってスキンケアをしていた。顔に丁寧に化粧水をつけながらわたしはあの日の事を思い出していた。あれ以来わたしは仕事がとても忙しくて会社と家の往復しかしてなかったしたまに上司に誘われてご飯を食べに行ったり、いつもの日常と変わらない生活を送っていたので現実に戻って来たと認識していた。だけど、あの日食べたハムサンドの味だけは忘れられなかった。どんなに良いものを食べようともどれだけお酒を呑みすぎて記憶を飛ばそうともあの暖かい味だけは思い出してしまうんだ。もう一回食べたいなあ、と乳液を肌に塗り込んでいたらピンポーンとインターホンがなり立ち上がってその画面をのぞいて見ると深く帽子を被った男の人?が立っていた。いや、怖い。誰だ。居留守を使おうか悩んでいたら、もう一回ピンポーンとなった。居るのを分かってるのかな…それもそれで怖いんだけど…と意を決してビビりながら「…はい」と出ると「遅い、早く出ろ」と返ってきた。普通に零くんだった。…いやいや、普通に零くんってなに?あの日あったことは全て妄想じゃなかったのか…!もしかしてまた新たな妄想の世界に入ってしまったのか、わたし…。オロオロしていたらインターホン越しの零くんが早く開けろと言わんばかりに睨んできたのですぐに玄関に向かった。

「い、いらっしゃいませ…」
「あぁ、ご飯は食べたか?」
「これから作ろうと…」
「なら僕が作る。なにがいい?」

玄関に入ってわたしの頭を撫でならがら何を食べたいか聞いてくる零くんにわたしは無意識に「…ハムサンド」と答えていた。そしたらすごい驚いた顔をして気が抜けたように笑った。

「夜ご飯だぞ?それは明日の朝作ってやるから他のものを…」
「いや、今食べたいの」
「…わかった、少し待ってろ」

そう言ってわたしの部屋のキッチンに入って冷蔵庫開けるぞーと声をかけてきた。材料は揃っているはずだ。レシピだって知ってる。だから恋しくなった時に作って食べてみたけどやっぱり零くんの作ってくれたハムサンドには劣っていて、結局一回しか作らずそのままだったから。零くんはお粗末な冷蔵庫の中から材料を取り出してご機嫌そうに作っていく。そんな後ろ姿を眺めながら、朝までいてくれるのかなとぼんやりと思った。

「はい、召し上がれ」

ものの数分で出来上がったハムサンドを持ってにっこりと笑ってわたしの前に出してくれる。出張ポアロか。しかも安室さんスマイルだし。悪くないな。わたしが食べるのを嬉しそうに眺める零くんが尊い。パクリと一口、口に入れて味わって噛みしめる。あぁ、これだ。この味が食べたかった。思わずパクパクとサンドイッチを食べていく。さながらハクからもらったおにぎりをたべる千尋かのようにもぐもぐと食べる。そうしたらわたしの目にも大粒の涙が流れてきた。あれおかしいな、わたしの親はブタにはされてないし名前だって奪われてない。なのに、なんなのこの世界は。妄想だってこんなリアルにしなくていいじゃない…。また忘れられなくなって日常に戻るのに時間がかかる、碌でもない日々になるだけだ。なのに目の前にいる零くんはたしかに存在していて、泣いてるわたしをみてギョッとしている。またわたしの心配をしてくれているのか、これはわたしが自分に見せてる妄想の世界だ。だから、零くんはいつだって優しい。

「なまえどうした?不味かったか?」
「ううん…美味しい…」
「ならなんで泣いてるんだ」
「美味しすぎて…」
「なんだそれは…」
「ずっと食べたかったの…この前食べた時から忘れられなかった…」
「ハムサンドを作って泣かれるとはな…」
「ごめんなさいぃ…」
「いや、いいよ。謝るな。それに前にも言っただろう」

いつでも作ってやるって。優しい笑顔で紡がれた言葉に心が穏やかになる。独り占めしたい。そんな欲が溢れてきて収まらない。それを誤魔化すかのように残りのサンドイッチを全部口に含んだらハムスターの頬袋みたいになって零くんは笑っていた。

「あ、そうだ。これを」
「なんですか」
「開けてみてくれ」
「はい。…あ」

袋の中を覗いてみたら小さいけどとっても綺麗な一輪の花があった。なんで花?とはてなマークを頭に浮かべながら零くんをみたら、くすりと笑って通りかかって思わず買っていた、なんて言い出すもんだから驚いた。それどんな心境?ってゆうかその思わず買っていたってそれわたしのために?と自惚れてしまう。少し噛みながらありがとうと言えば安室さんスマイルでどういたしましてなんて返ってきた。うん、好き。

「花瓶はあったか?」
「あ、ないです…コップとかでもいいかな?」
「あぁ大丈夫だ」
「じゃあこれで!どこに飾ろうかなあー」
「…元気になってよかったよ」

涙はとっくに引いて代わりに笑みがたくさん溢れてくる。零くんからの贈り物なんて初めてだから嬉しい。きっと妄想が終わってしまえばこの花は消えるだろう。でも今綺麗に咲いている時だけは愛でてあげようと決めて、日当たりのいい映える場所に置いた。満足!とでもいうように腰に手を当ててニヤける私。ふと零くんを見てみたら欠伸をしていた。

「ねむいの?」
「ん?あぁ、ちょっとな」
「じゃあ寝なきゃだね」
「…いや、帰るよ」
「車でしょ?また運転したらもっと疲れるよ、寝て行きなよ」
「…君は鈍感なんだか、鈍いんだか」
「それどっちも同じ意味だし」

いいから!寝て!と背中を押してベッドの方に向かうと一瞬その背中が強張った。どうしたの?と顔を覗き込めば冷や汗ひとつ垂らしてお前はどこで寝るんだ?なんて聞かれた。

「わたしは客人用の布団あるし、それ出して寝るよ」
「そうか、分かった」

そう言って振り返った零くんにいつのまにか腰に腕を回されて一緒にベッドに倒れこんだ。一瞬なにが起きたか分からなかったが、わたしの頭上でスマホを弄る零くんの腕があったのでもしかしてこのまま一緒に寝るのでは…?と考えていたらその通りな様で。いやシングルベッドだし2人は狭いって!なんて身体をジタバタしていたら零くんのすごい腕力で押さえ込まれた。現役警察官こええ。

「朝、起きたら零くんいる?」
「いない」
「そう、ならよかった」
「どうして?」
「だって、起きてる時にばいばいしたら辛い。寝てる時にばいばいする方が、気持ち楽」

零くんと会話していたらすぐにうとうとしてきてもう少しで意識を手放しそうになる。あと一呼吸もすればわたしは夢の中だ。起きてる中で最後に感じたのは唇に暖かい感触。零くん、あなたとのキスはいつも切ないように甘いね。そう、思いながらわたしは眠りについた。

「…寝てる時も僕でいっぱいならいいのに」



朝、目を覚ましたら隣には零くんはいなくなっていた。起きたらいないって言ってたなあ。あ、あれは妄想か。なら昨日の零くんは消えてしまったのか、と自分を哀れんでいたら目に入った花。そしてテーブルの上に置いてある朝食らしきもの。なんだこれは、とテーブルに近付いたらメモが置いてあって、″次来るまでに冷蔵庫を潤わしておくこと。いってきます″と書かれてあって思わず座り込んでしまった。妄想もここまでくると現実なんじゃないかと思えてくる。この現象をなんというのだろうか、あとでスマホで調べよう。