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天気晴れ

「これでジェルマは終わりだ!」

ウィウィウィウィ、そんな魔女みたいな笑い声が聞こえた。向かってくる戦士たちに銃弾が撃ち込まれ、身体に傷を作る。血がどんどんと溢れ出し辺りは真っ赤に染まり戦士たちは倒れこんだ。

私は、それをただ見ているだけだった。

「っ!」

目が覚めれば、息が上がっていて額から汗が流れた。そして意味もなく涙が勝手に溢れてきて止まらない。

「ニジ…さま…っ」

彼の撃たれた所を、夢に見てしまうなんて。今のはなに?なんで撃たれたの?死んでしまうの?私は、見ていることしか出来ないの…?
少しパニックになりながら、ベッドの隣に置いてある水に手を伸ばしそれを口に含んだ。慌てないように呼吸をゆっくりして汗を拭う。少し落ち着いた頃に、時間を確認すれば深夜2時だった。

「まだ、夜中…」

やけにリアルだと思った。ジェルマを追い詰める魔女の軍団も、撃たれながらに立ち向かうイチジ様たちも、…頭から血を流すニジ様の姿も。
夢というものは何かを伝えようとしていると何かの本で読んだことがある。今のは、"なに"を伝えようとしていたのだろう。

「どうか、無事でいて…っ」

膝を抱えて祈ることしか出来ない私の願いがどうか、届けと涙を流した。

そして、その翌日。新聞の記事でルフィさんが大きく一面に載った。それを知ったのは麦わら海賊団マニアのあの男の子が勢いよく走ってきて「お姉ちゃん見て!」と新聞を持ってきてくれて、そのとんでもない記事の内容に目を見開いた。
そして、その記事の中にジェルマという文字を見つけて心臓が一瞬止まった気がした。…夢に出てきたのは、これだったのか…。なら今あの人は、大きな怪我をしているかもしれない…。無事、なんだろうか。生きていてくれるのだろうか…心配で心配でたまらない。

「なまえお姉ちゃん?」
「…っ、え?なに?」
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ」

平気なフリして笑って見せれば、男の子は不思議な顔をして何かに気付いたように私の頭を撫でてくれた。それにビックリしたけれど、よしよしと慰めれるように撫でられる手に安心して、「ありがとう」と呟いた。

「ねえねえ、お姉ちゃん!」
「なあに?」
「ジェルマは物語の中から出てきたのかな!」
「そうかもしれないね、この書き方だとルフィさんたちの…味方?なのかな」
「麦わらとジェルマが合体したら強そう!」
「…合体はしないんじゃないかな」

ルフィさんたちとジェルマの共闘にとても興奮して語り出す男の子に思わず笑ってしまった。
そういえば、やけにジェルマに詳しいことを疑問に思い、どうしてそんなに知っているのかと聞いてみれば、一冊のファイルを大事に抱えながら持ってきてくれた。それはお父さんの形見だというもので、そこには新聞の切り抜きが貼ってあり、記事には海の戦士ソラが悪の軍団ジェルマ66と戦うという絵物語が描かれていた。男の子のお父さんはジェルマ66の大ファンだったらしく、よくお話を聞かせてくれたと教えてくれた。

「お父さんにジェルマのほんものがあらわれたっていいたい!」
「そうだね、お父さんきっと喜ぶね」
「ジェルマだったらね!ぼくでんげきぶるーがいい!」
「な、なんで?」
「青いから!」

それは正当な理由にはなっていない。かっこいいからとかではないのか…と少し苦笑いしながら、自分の想い人に憧れている子がいることに嬉しくなった。

「でんげきぶるーはね!剣を使うんだよ!」
「そうなんだ、凄いね!」
「あとね、電気ビリビリって!それでね!」
「ふふ、本当に大好きなんだね。でももうジェルマの話終わり!雨が降りそうだから洗濯物入れるの手伝って」
「はーい!」

洗濯物を入れながら今度はルフィさんたちの活躍を話出した男の子に苦笑いが溢れる。これはもう愛だな、と思い聞いているとポツリと雨が降ってきた。急いで取り込み、施設の中へ入るとさっきよりも凄い勢いで降り出してきた。濡れなくて済んだ洗濯物はもうほとんど乾いていたので男の子と一緒に畳み、片付けた。
ふと窓の外へ視線を向けると丁度、空がピカッと光ってゴロゴロと鳴り出した。

「雷が鳴るとニジ様だ、って思うんです」

雷の日はいつも憂鬱だ。あの人に会いたくなってしまうから。あんな夢を見てしまったのだから余計に、だ。急に気分が落ちてしまった事に気付かないふりをして、ただボーッと窓の外を見つめた。
もう2年も経った。なのにいつまでも思い出になってくれない記憶に嫌気がさす。傷付くだけなのに現在進行形でまだ私はあの人に恋い焦がれている。もう2度と会えない、どうかしてるとさえ思えるこの感情を抑えることが出来ない。

「なまえお姉ちゃん?」
「…?」
「どうしたの…?」
「…なんでもないよ」

ただ、雷を見ているだけ。
そう呟けば、男の子は不思議そうな顔をして私の膝の上に乗り一緒に外を見た。雷、怖くないの?と聞けば「お姉ちゃんと一緒だから怖くないよ」と言った。

「私も、君と一緒だから怖くないの」

ぎゅうと、抱きしめてその温もりを確かめた。


____


施設の横にある木の葉っぱが緑色から赤色に変わる頃。あれから半年がたった。相変わらず私は施設の子供たちと一緒に過ごしている。

子供たちがそろそろ起きてくる頃、テーブルに朝ごはんを並べていく。目をこすりながら夢うつつでおはよう、と挨拶して洗面所に行く子供たちの可愛さに笑いが溢れた。
みんなが揃って、いただきますと手を合わせて食べ始めながら、朝食が終われば食器を洗って、洗濯物を干そうと今後の予定を立てる。こんなに天気がいいならシーツも干してしまおう、と考えつつピーマンを残している子に「食べないと遊びに行けないよ?」と頑張って食べさせる。

「にがい…っ」
「よしよし、いい子。はい、お水」
「ありがと…にがいっ」
「苦くない苦くない」

ピーマンを食べれたご褒美にみんなに内緒でひとくちチョコレートを上げればさっきまでの渋い顔はどこへやら、すごく笑顔で「ありがとう!お姉ちゃん!」と元気になってくれた。
そして、みんな食べ終わりごちそうさまと手を合わせればすぐに走り出して遊びに行った。元気な事はいい事だなあと微笑ましく思い、食卓を片付けた。

「なまえちゃん、洗濯物とシーツを洗ってあるからまた後で干しておいてくれるかい?」
「あ、はい!ありがとうございます!」

私が部屋と廊下を掃除していたら、おばあさんが洗濯物を回してくれたみたいでとても助かった。
あとは年少組の部屋だけだからと、手早く掃除機をかけて洗濯物を干しに向かった。

本当にいい天気だなぁ、何かいい事ありそう!と一回、太陽に向かって伸びをする。気持ちいいな、と感じながら竿にシーツをかけて洗濯バサミで止めた。これならすぐに乾きそうだなと二枚、三枚とシーツを干していき丁度全部干し終わった頃に朝、ピーマンを頑張って食べた男の子がシーツ越しに現れた。

「お姉ちゃん!聞いて聞いて!僕、空を飛んだんだよ!」
「えー?なにそれ、どんな冒険してきたの?」
「んっとね!林の中で変な服を着たおにいちゃんがいて、」
「ちょ、ちょっとまって!不審者がいたの?ちゃんと逃げたのよね?」
「え、あ、いや、逃げようとしたんだ!ぼく!でもその人悪い奴で逃がしてくれなくて…!」
「え、逃げられなかったの?でもどうやって空を飛んだって…?」
「あのおにいちゃんに抱えられて、空飛んだの!」
「あの、おにいちゃん…?…っ!」

強く風が吹いてシーツがめくれ上がった先に眩しいくらいの青色が立っていた。

「見ィつけた」

あんなに会いたいと願った想いが叶う日が来るなんて、誰が想像しただろうか。