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優しい人

「買い物ですか?なら、向こうに市場があるので案内しましょうか?」

海賊さん達が寄るはずじゃなかったこの島に来た目的は食料調達のためだったらしく、お店はあるかと聞かれたので案内することにした。幸いこの島のログが溜まるのは1週間だし、今日明日に出航すればログが書きかえられる事はない。それを知った髪の長い美人さん(ナミさんというらしい)は少し買い物でもしようかしら、と長鼻さん(ウソップさんというらしい)を荷物持ち係に任命していた。船のコックをやっているらしいサンジさんも勿論、食料を買うために一緒に行く事になった。
市場に行く前に女の子を施設に送り届けてもいいかと確認すればそれもついてきてくれるそうで、5人で施設までの道を歩く。

「さっきのおとぎ話ってやつ…王子に恋したメダカって、あなたのことなの?」
「…まあ、そうなりますね」
「あのね!そのメダカは王子に恋して亀になったんだよ!すごいでしょ!」
「メダカが亀に?なんだそりゃ」
「ありえないことが起こるって事を伝えたくて、そうなりました…」
「なるほどね、確かにメダカは亀にはならないわね」

自分の物語を子供に聞かせるのには抵抗なかったけど、同世代の人たちに聞いてもらうってなると恥ずかしくなる。そんな大した話じゃないんだけどなあ…と苦笑いしていたらナミさんはとても興味津々でウソップさんも真剣に話を聴いてくれた。サンジさんだけはタバコを吹かせながら何を考えているか分からない表情をしていて、気になってサンジさんの方を向けば「ん?」と笑ってくれるから怒ってはないとは思う。
不思議だな、その顔があの人と似ているけれど、似ていない。だって、あの人はそんな風に優しく笑わない。それだけのことなのに、胸が痛くなった。

「で、その王子とは離れ離れになってしまったの?」
「そうなの!亀と人間の恋は許されないの!だからお姉ちゃんはこの島に来たの!」
「お姉ちゃんも人間よ?」
「あ…ほんとだ…」

致命的なことに気付いてしまった女の子は衝撃的…!と言わんばかりの表情になっていて私の所に来て「お姉ちゃんは…人間だよね…?」と再確認してきた。それが可愛くてからかうように「見た目は、ね?」と意地悪く言えば目を見開いて、戸惑いながら私の身体をペタペタと触った。それに笑いながら女の子を抱き上げてもう施設は目の前だし、これ以上追求されるわけにも行かなかったので急いで施設へ送り届けた。
そして、すぐに海賊さんたちを市場まで案内する。道中、おとぎ話の事を深く掘り下げるように質問を沢山されたが、濁して上手く交わした。一番面白かったのはウソップさんが少し怯えたような顔で私に「おまえ…ほんとに人間だよな…?」と言ってきた事だ。お腹を抱えて笑ってしまった。

「えっとお魚なら、そこのお店がとても新鮮でいいですよ。お肉ならあっちのお店で買えば少しおまけしてくれます。お野菜は少し離れた所に美味しいのが売ってますよ」
「物知りななまえちゃん、ステキだ!」
「ショッピングできる所はある?」
「あ、それなら向こうに噴水広場があってその周りに色々服屋さんがありますよ」
「ありがとう!ほらウソップ行くわよ」
「…へいへい」

ナミさんは気合を入れてウソップさんを連れて行った。彼女並みのスタイルがあれば何着ても似合うだろうから羨ましいな。
私の出番はここで終わりだろうと、サンジさんに別れを告げようとしたら少し困ったように買い物に付き合ってくれないか、と言われた。時間はまだ大丈夫だったし、私はそのままサンジさんについていくことにした。

「そ、そんなに買うんですか…?」
「あァ、うちのはみんな大食いだからな。いくらあっても足りねェのなんのって」
「そうなんですね。す、少し持ちますよ!」
「いやいや、レディに荷物を持たすなんて事させられねェよ。大丈夫、ありがとう」

その言葉に目を丸くする。女の子扱いなんて久しくされていない少し照れてしまった。顔を赤くしてわたわたする私を見てサンジさんはクス、っと笑っていた。

「はい、付き合ってくれたお礼」
「アイス…ありがとうございます!」
「そうやって笑うなまえちゃんはなんて可愛いんだ!」

いつの間に買ったんだろうアイスを私に渡してくれてなんて出来た人なんだ、と感心する。口に含んだ冷たいアイスはとても美味しくて嬉しくてサンジさんも食べてくださいとスプーンですくって差し出すと鼻血を出して倒れたのでものすごく焦った。心配していると自力で起き上がって「大丈夫だ…!」と言うから大丈夫なんだろうけど、もしかして間接キスに反応したのだろうか。ちょっとよく分からない。

「なまえちゃんのお陰で助かったよ」
「お役に立てて嬉しいです」
「…あ、あのさ、なまえちゃん」
「はい?あ、何か買い忘れですか?それなら…」
「い、いやいや!違う!その、」

少し、ゆっくり話せないかな…?
まるで怒られた子供のように弱々しくなったサンジさん。彼は何かに気付いている。買い物の途中何度も呼び掛けられたけど、なんでもないと会話が終わってしまう事が多々あった。きっと何かを聞こうとして何回もやめたんだ。サンジさんの聞きたいことにしっかり答えられるかは分からないけど、私はそれに了承して、サンジさんをある場所に連れて行った。

「おぉ、絶景だなァ」
「はい、ここは私のお気に入りの場所なんです」

海が見渡せる崖の上。丁度、夕日が沈む頃でとても綺麗な景色が見える。思い出して悲しくなったり、たそがれたいと思った時によく来る場所だ。ボーッと海を眺めて、心を無にして過ごすことが大半だけど今日はサンジさんがいる。2人で並んで座り、サンジさんが話し出すのを待った。

「…なまえちゃんはさ、もしかして前にどこかの国にいた?」
「はい」
「それで、その王族となんか縁があったり…」
「使用人として働いていました」
「そっか…で、王子に恋をした、と」
「はい。ぐるぐるまゆげの、青色の王子様に」

そこまで言えば、サンジさんは苦虫を潰したような顔をして項垂れた。歯切れの悪い聞き方をするのは何かの事情があるんだろう。それは彼が国を出たことと関係があることかもしれない。踏み込んでいいものか、と悩んでいたらサンジさんが腕で隠した顔を少し出してこっちを向いた。

「おれを知ったのは?」
「手配書です、それをみて皆んなが生きていたんだと騒いでいました」
「…そっか。」
「あの、サンジさん…」
「おれは昔、一回死んだんだ。」
「っ!死んだ…?」
「今のおれは、海賊のサンジだ」

迷いなく前を真っすぐ見つめるサンジさんに息をのむ。どれだけの覚悟と決意が必要だったんだろう。もう私から聞けることは何もない、と悟った。この人の過去は何も知らない、知ってはいけない。そう、思った。

辺りが暗くなって夕日の頭が沈みかけた頃、私は立ち上がってサンジさんの前にしゃがんで、顔を覗き込み笑顔で彼に告げる。

「生きててくれて、ありがとうございます」
「…っ!」
「私、サンジさんに会いたかったんです。とても優しいお方だと聞いていましたので、どんな人なんだろうって。」

想像通りの人でとても安心しました!
そう言えば、サンジさんは気の抜けたように「…ありがとう」と言って笑った。そして、私の頭をポンポンと撫でて立ち上がる。大きな荷物を背負ってもう帰るのかな、と後ろを付いて行こうとしたらサンジさんは振り返って優しく微笑んだ。

「なまえちゃんの笑った顔は、見ると元気になるね」
「…そう、ですかね」
「あァ、すっかりおれはなまえちゃんの虜になったよ」
「あの人は…」
「ん?」
「あの人は、私の笑った顔が好きでした」

言うつもりなんてなかった。でも、笑顔の事を言われれば思い出さずにはいられない。はっとなって、つい言ってしまったことに対して謝罪をしたが、サンジさんは何も言ってくれなかった。彼にとっては思い出したくない過去だったかもしれない、傷を抉ってしまったのかと心配になって、名前を呼べば私の前まで歩いて来て肩に手を置かれた。

「…なまえちゃんは、まだそいつの事が好き?」
「っ、はい。…でも」
「…?」
「でも、私じゃ…あの人を幸せにする事が出来ません。だから私は、私が出来ることは彼の幸せを願うことです。」
「…そうかな」
「え?」
「なまえちゃんに思われるだけで、そいつは世界で一番、幸せだと思うよ」

魔法のような言葉だと思った。まるで、レイジュ様と話した時のように本当にそうなんじゃないかと思えてくる。嬉しくて、気付けば涙が一筋溢れていた。

「そう言ってくれる人がいるだけで、私の想いは救われます」

2年たっても私の中から消えないあの人を想って泣いた日も、救われた気がした。