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安室っていう店員さん

早めに終わった仕事帰り。
たまには食べてから帰ろうと通りかかった喫茶店に寄った。迎えてくれた店員さんはとてもイケメンで、巷で人気がありそうな人だなって思った。店内は落ち着いていて過ごしやすそうな雰囲気で安心する。案内された席はカウンターで、女の店員さんが料理しているところが見れた。いい匂いがするな、とそれを見ていたらさっきのイケメン店員がメニューと水を持ってきて注文が決まったら呼んでくださいとお決まりのセリフを言って去って行った。

何を食べようかな、パスタ美味しそうだなぁ。グラタンも食べたいなぁ、と悩んでいると後ろの座席に座っていた女子高生の話し声が聞こえてきた。

「今日こそ、言ってみなよ」
「えぇだって…断られるかも…」
「言うだけ言ってみよ!あむぴ優しいから受け止めてくれるかも!」
「そ、そうかな…?」

せ、青春だな…。やっぱ女子高生は恋してなんぼよ。だからあむぴ?って人に告白するのがんばれ!と心の中で応援しながら、目の前で料理をしている女の店員さんにグラタンを注文した。それにしても、あむぴって変な名前だな。あだ名なんだろうけど、やっぱり若者言葉にはついていけないな…。私が高校生だったころはそんなのなかったしな…いや、なん年前の話なんだ、と1人でノリツッコミをしていたらそろそろ女子高生たちは帰ろうと立ち上がった。それに気付いたイケメン店員さんはレジに向かい、その子たちの対応をする。

「お会計、別々ですか?」
「は、はい!」
「じゃあ、ケーキセット1つで…」
「あの!」
「はい?」
「あむ、ろ、さん…!」
「どうしました?」
「あの、す、好きです!」

店内が一瞬、静まった。えええ、あむぴってあの人?あの店員さん?まあ、たしかにイケメンだし、年齢不詳だし、優しそうに見える。物件的に良さそうだけど、立ち寄った喫茶店でこんな雰囲気になるなんて思ってもみなかった。なんてところに来てしまったんだ、と後悔しながら店員さんの反応を待った。

「…えっと」
「…っ!」
「それは、ありがとうございます!」
「え…?」
「これからもポアロをご贔屓にしてくださいね」

ポカンとなったのは私だけではなかったはずだ。女子高生はそれを言われた瞬間に「はい、また来ますぅぅ!!」といって走って去っていった。その他にいた友達たちも早々にお金を払いあの女の子を追いかけて出ていったのだった。
いや、それにしても大人な対応だったと思う。周りから見ればあれ、この人天然なの?ってなりそうだけど、ちゃんと女子高生の気持ちを受け取って、返さないけどまたその子がこの店に来やすいようにしたのだろう。なるほど、勉強なるな…とこれから役に立ちそうにないこと学んでいたら女性店員さんが丁度熱々のグラタンを持ってきてくれた。

「お待たせしました、熱いのでお気をつけください」
「あ、はい。ありがとうございます」
「なんかすみません、さっきの…」
「いえ、全然…。あのあむぴ?って人?モテるんですか?」
「あぁ、安室さんって言うんですけど、人気も人気。大人気ですよ!」
「…でしょうね。アレ、結構あるんですか?」
「そうですね…、告白する子も何人かいますけど、基本的にみんな目の保養って感じですかね」
「目の保養…」

たしかに見ているだけで眼福だ。あんなイケメン誰も放っておかないだろう。手にフォークを持ちながら安室さんっていう店員さんを見ていたら、私の視線に気づいたのかこっちを向いてニコッと笑った。私は慌てて前を向いてグラタンを食べる。でも熱々で冷ますのを忘れていてそのまま口に入れてしまって口の中が大変なことになった。

「あつっ!」
「大丈夫ですか!」
「だい、だいじょぶ!です、はい!」
「お水、飲んで!火傷にならないといいんですが…」

熱さに悶えていたら安室っていう店員さんが駆け寄ってきて心配してくれた。なるほど、優しい。これもモテ要素だな。おしぼりを口に当てて落ち着いていたらお水のおかわりを入れてくれた。その時に「今度はふぅふぅして食べてくださいね」と困ったように笑った。なんだ、ふぅふぅって。その顔でふぅふぅはずるいと思う。色々、動揺しながら返事をしてしっかりふぅふぅしてからグラタンを食べた。

丁度いい熱さになったグラタンを食べ勧めていると目の前のキッチンの隅でイケメン店員さんが目を抑えていた。疲れたのかな、と思っていると女性店員さんが話しかけていた。

「安室さん、大丈夫ですか?」
「すみません。少し目をほぐしていただけです」
「ちょっとクマができてますよ、眠れてますか?なんなら、休憩しても…」
「梓さんにはいつも迷惑ばかりかけていますので、大丈夫ですよ。僕は頑張れます」
「そうですか、無理しないでくださいね」
「はい!」

はっはーん。なるほど。この2人が出来ているのか。だから女子高生を断ったんだな。と名推理を言い当てながら店員2人に和む。職場恋愛っていいよね、ただ別れた後めちゃめちゃ気まずいけど。いい感じの雰囲気の2人を見つめながらグラタンを食べているとこっちに顔を向けた女性店員さんが、何かを察して私の方へ来る。

「違いますからね!」
「え?」
「私たちは普通の仕事仲間なだけですから!」
「は、はぁ…」

そこまで必死に否定されると余計に怪しいんだよな…と苦笑いをしながら了承する。とりあえずそういうことにしておいてあげよう。私もたまたま立ち寄った喫茶店の店員の恋愛事情に首を突っ込みたいとは思っていないし、自分に関係ないことには興味ないからいいやとグラタンを食べ終えて立ち上がる。伝票を持ってレジに向かうとそれに気付いた安室さんっていう店員がレジの前に立った。

「ありがとうございます、伝票お預かりしますね」
「はい」
「お口、大丈夫ですか?」
「あ、はい。ちょっと火傷しちゃいましたけど」
「それは、すみません…」
「店員さんが悪いわけではないので、謝らないでください…!」
「ですが…」
「あ、そうだ」

突然の思いつきで自分のカバンの中を漁った。多分入っていたはずだ、とゴソゴソを中に手を突っ込んだら目当てのものがあってそれを店員さんに渡す。すると目をまん丸くさせながらそれを受け取った店員さんは瞬きを数回しながらそれの名前を言った。

「飴、ですか?」
「はい、ブルーベリーの飴」
「ブルーベリー…あ」
「さっき目をほぐしてたって言ってたので、疲れてるのかな、って」
「気を遣わしてしまったようで…すみません…」
「いえいえ、遠慮なさらずにどうぞ。それに…」

目は口ほどに物を言う、っていいますからね!
なんて意味不明な事を言ってお釣りを受け取りその喫茶店から出ていった。歩きながらさっきの発言について考えていたけどやっぱり使い所違ったよね、と反省会をしつつ、家に帰った。まあ、もう行くことはないと思うしいっか、と軽く考えていた私は数日後イケメン店員さんと街中で出会うことになる。

それは、取引先に向かう途中のことだった。結構時間がギリギリで、速足で歩いていると前方にキラッとなにかが輝いたような気がして、目を追えばあのイケメン店員さんがスーツを着て立っていた。うわぁ、やっぱイケメンはスーツも似合うなぁ、と見ていたらバチっと目が合う。あ、見つかってしまったと目を泳がせばイケメン店員さんはまたニッコリと笑ってこっちに近付いてきた。

「こんにちは」
「こ、こんにちは…」
「あなた、この間お店に来てくれた人ですよね?」
「お、覚えてくださってたんですね…はい、そうです…」
「覚えてますよ!素敵な貰い物も頂きましたし」

素敵なって、バッグの中にあった飴をあげただけなのに。そんな大層なものじゃない…そんなこと言ってくれるならもっとマシなものあげればよかったと後悔していたら「今からお仕事ですか?」と話しかけられた。

「そうなんです、これから取引が…ってやば!」
「どうしました?」
「時間が…もうギリギリで、すみません…!急ぐので、また…」
「あ、ちょっと待って!」

宜しければ送っていきますよ、と優しい笑顔で言われてしまえば甘えてしまうのは仕方ないことだと思う。丁度そこに僕の車があるので、と連れられたのは白のスポーツカーだった。すげぇや、イケメンでスーツが似合ってスポーツカー持っててってなにそれどこの少女漫画に出てくる王子なんですか。これで仕事がカフェ店員って…あれ、でもスーツ…と疑問に思っていると「乗ってください」と助手席にエスコートされる。ドキドキするのは女として当然なんじゃないだろうか。これは多分男性でもドキドキすると思う。私は断言出来る。

「シートベルトしっかりして、安全運転で行きますので安心してください」
「あ、はい。すみません…ありがとうございます…!」

行き先の場所を伝えればすぐに分かってくれて、では行きますよ!と笑っていうもんだからわぁ、イケメンが笑ったぁ、なんて呑気に考えていたらいきなりの急発進。
安全運転とは…と、ググりたくなるスピードで、どんどん早くなっていく。途中渋滞が見えると「少し回り道しますね」と的確な判断とハンドルさばきに目が回る。これ、イニシャルなに?と困惑していたらキキッとなって車が停車した。

「ここで合ってますか?」
「…え?、あ、はい…ここです」
「間に合いそうですか?」
「あ、はい…」

放心状態のまま受け答えしていると、大丈夫ですか?と心配そうな声が聞こえてイケメンさんの方を向く。一応、私生きてますよね?と確認すれば、手を取られて手首に指を当てられる。

「脈は少し早いですけど、動いてるので生きてますよ」
「そうですか…」

生きている心地がしない…。とりあえず、お礼を言って車から降りる。まっすぐ立っていられないのは少し辛い。もう一度頭を下げてお礼を言ってイケメンさんの車が去っていくのを見送った。
それにしてもよく警察に見つからなかったな…。あんな運転見つかれば危険と判断されてきっと注意されるだろうに。送ってもらったのでなにも言えないけど、せめて私の他にもあの運転の被害者になる事がないように祈った。
う、一回トイレに行こう…。


そしてまた数日後。
私とイケメン店員さんは出会った。今度は真っ暗な深夜。人通りも少なく、車も滅多に通らない私の帰り道。コンビニで夜ご飯としておにぎりを2個買って家に向かっていたら黒ずくめの格好をした人が座り込んでいた。酔っ払いかな?と思っていたら黒いキャップから見えた髪色に見覚えがあって立ち止まる。あれってもしかして…いやでも違っていたら、と迷ったがとりあえず心配だったのでその人に近付いてゆっくりと顔を覗き込む。そうすれば苦しそうな顔をしたあのイケメン店員さんで、思わず声をかける。

「あの、大丈夫ですか!生きてますか!」
「…っ!」
「息がある…よかった…!どこか痛みますか?救急車とか…!」
「っ呼ばなくて、いい…」
「あ、じゃあ立てますか…?もし無理なら私に寄りかかっても…」
「いや、大丈夫だ…。すまないが放っておいてくれないか」
「そんなこと出来ません…倒れてる人を見捨てるほど私は冷たくないですよ…!」

そう言えば、何も言い返せなくなったようでイケメンさんは黙った。それにしてもどうしてまたこんな事に…と心配をしたが何も聞くなオーラを発していて質問出来ない。仕方ないから、イケメンさんの腕を私の肩に回して無理やり起こす。

「痛いとこがあったらごめんなさい、こんなとこにいるより私の家近くなんで行きましょう」
「なんで、君はそんなこと…」
「車で送ってくれたじゃないですか、その借りですよ!」
「…あぁ、あれか」

借しにした覚えはないが…という呟きが聞こえてきたがそれは無視する。でも今のイケメンさん、お店の時とスーツの時より印象がだいぶ違う。敬語じゃないから?服が違うから?なんだろう、雰囲気からして別人みたいだ。

私の家にたどり着き玄関に押し込んで電気をつければまた新たな驚きがあった。鉄の匂いがするな、と思っていたらこのイケメンさんの服に血が付いていてギョッとする。なに、実はマフィアでしたとかいう展開だったりするの?とりあえず、部屋の中に入り、ソファに座らせればイケメンさんがキャップを取ってサラリとした髪の毛をあらわにして、私の方を見る。

「すまないが、ガーゼと包帯はあるか?」
「救急箱持ってきます!」
「ありがとう」
「濡れタオルもいりますよね…!あ、あと着替え…はない…どうしよ」
「救急箱と、濡れタオルだけ頼む」
「は、はい!」

イケメンさんは服についた血がソファに付かないように配慮しながら上着を脱いで上半身、裸になる。脇腹に刃物で擦ったような跡があり私の顔が歪む。「あんまり、見ないほうがいい」と困った顔をしながら救急箱を受け取る姿は痛々しかった。

「喧嘩でもしたんですか…?」
「そういうところかな」
「でもそれって、斬られた傷ですよね」
「………」
「警察に連絡を…」
「しなくていい」
「でも…!」
「あまり、干渉しないでくれるかな」

冷たい目だった。もうこれ以上エリアには入ってくるなという明らかな拒絶だった。すみません、と謝ればイケメンさんはため息をついて「治療が済めばすぐ帰るよ」と言い出した。なにを言ってるんだろうか、こんな怪我人を夜遅くに出て行かすわけにはいかない。慣れたように怪我の治療をしているイケメンさんは急いで出て行こうとしているように見えたので引き止める。

「夜は危ない、のでせめて朝まではいてください」
「…僕は子供じゃないんだ、心配されるようなことはない」
「怪我してるじゃないですか」
「止血はした、もう大丈夫だ」
「歩くのだって必死だったくせに強がらないでください…!」
「…っ!」
「言ったはずです、私は人を見捨てるほど冷たくはないって…」

そこまで言えばまたイケメンさんは黙り込む。どんな事情があるかはしらない。ただのカフェ店員だと思ってた人が血を流して倒れてるなんて何かの事件に巻き込まれたとしか思えない。でもイケメンさんは踏み込むなと牽制してくるんだから、せめて私が出来ることだけはさせてほしい。

「僕は男で、君は女だ」
「だからなんですか」
「こんな怪しい男を家に連れ込んで、襲われても文句言えないぞ」
「怪しいって、顔見知りじゃないですか。それに襲う力もない…っ!痛…!」

呆れたように言えば、イケメンさんは急に立ち上がって私の腕を掴みソファに押し倒される。一瞬なにが起こったか理解できなくて天井を背景に見えるイケメンさんの顔を凝視する。

「なにを…!」
「例えば、怪我したのはわざとであの時君の帰りをずっと待っていたとしたら?」
「は…?」
「例えば、こうやって襲うために歩けないフリをして君の家に転がり込んだとしたら?」
「なに、言って…」
「例えば、僕が今から刃物を取り出して君を殺そうとしたら?」
「…っやだ…こわ、い…」

暴れて振り解こうにもイケメンさんの力が強くてどうにもならない。どうしよう、もしかしたら本当に殺されるかもしれない…!怖い、誰か助けて…!と涙を流せば、イケメンさんはまたため息をついて私の上から退いた。

「怖がらせてしまってすまない。」
「…っ…ふ…、」
「ただ、本当にそんな事をする男は世の中にいるという事だけは覚えていて欲しい」
「…なんで、」
「君のお人好しはきっと付け込まれやすい。気をつけるんだな」

そう言って上着を着て、キャップを被りイケメンさんは出て行った。私はただ泣くことしかできなくて、どうしようもなく悔しかった。あんな寂しそうな顔をした人を救ってあげたいと、思ってしまえばまたイケメンさんにお人好しと言われて拒絶されるだろうか。
今はただ、血のついたタオルを必死で洗うしか出来ることはなかった。

そして、数日後。私はもう一度あの喫茶店へ向かった。いるかはわからないけど、やっぱり怪我の具合が心配だったから。一目見て大丈夫そうならそのまま帰ろうと思って窓から店内を覗き込めば、あのイケメンさんは居た。笑顔で接客をしていて、私が最初に見た時と同じ印象だった。よかった、酷い怪我にはなったいないようで安心した。
ほ、っと一息をつけば窓の向こうのイケメンさんは私の存在に気付いたようで目が合う。そしてすぐにその人はお店の玄関まで来て扉を開けた。

「どうぞ、入ってください」
「…いえ、私は」
「お礼をさせてください」
「そんな…いいです、お礼なんて」
「頼むから、入ってくれ」

敬語が外れてまたあの夜の印象に戻った。頼むなんて言われてしまえば引き下がることは出来ない。私は素直にお店の中に入り、あの日と同じ席に案内された。今日は女の店員さんはいなくてイケメンさん1人だった。お水だけ出されてただそれを見つめる。何を言うことも何を言われることもなく時間だけが過ぎて行ってどうしようかと悩んでいたら甘い香りがしてそれが目の前に現れた。

「パンケーキ…?」
「僕からのサービスです、遠慮なくどうぞ」
「ありがとうございます…」

パンケーキの上に乗っているフルーツはイチゴとラズベリーとブルーベリーだった。そういえばブルーベリーの飴をあげた事あったな、と思い出してそれを、フォークでさして食べる。

「目は口ほどに物を言う、でしたっけ」
「っ!」
「あれ使うところ間違ってますよ」
「し、知ってます…忘れてください…」
「忘れたくない、と言ったら?」
「え…?」

人の恥ずかしい失敗談を忘れたくないというのは少しばかり意地悪なんじゃないかと思った。ダメです、と拒否してもイケメンさんは笑うだけで、多分忘れてくれないんだろう。誤魔化すようにケーキを頬張って食べていたら「喉に詰まりますよ」と優しい口調でいいながら私に冷たいカフェラテを出してくれた。その時ずっと気になっていた事を確かめたくなって、私は思わず口を開いてしまった。

「どれが本当の顔なんですか?」
「はい?」
「最初にあった時とスーツの時とあの夜の時と今、どれが本当のあなたなんですか?」
「…干渉するな、と言ったはずだが?」
「それが、本当?」

一瞬にして口調が変わり、印象も厳しいものに変わったけど負けじと食らいつけばイケメンさんははあ、とため息をつき「君は全く、どうしようもないな」と呟いた。

「そんなに僕のことを知りたいのかい?」
「気になってしまったので」
「…後悔するよ」
「望むところです」

さて、彼が私のお人好しに負けてくれるか、折れずに秘密を守り通すのか、その勝負は見ものだと思う。