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探しもの

潮の風に吹かれながら自分の頬をさする。そういえば前にも同じようなことがあったな、と思い出す。なまえがおれの頬を叩いた次の日からおれはレイジュと一緒に今向かっている戦争の視察に向かっていた時だった。その時は島はどんな状況かと金の交渉のために1週間だけ国を離れていた。
当たり前だが、前も今も船になまえはいない。つまんねェって思いながら叩かれた頬に手をおけばあいつの必死な表情が思い浮かんだ。随分といい顔しやがったなァ、あの時は。なんて浸っていたら後ろからレイジュが近付いて来た。

「ニジ、今回は早く終わらせて帰った方が良さそうね」
「はァ?なんでだよ」
「ちょっと、嫌な予感がするの…」
「嫌な予感…?なんだそれは。まァおれは最初っからすぐに終わらせて帰る予定だった」
「お父様になんて言われたかは知らないけど、ニジ。なまえはもしかしたら…」

そういいかけて黙るレイジュに急かすように聞くと、少し思い悩むような顔をして「とにかく早く終わらせましょう」と言ってきた。なんだ、なんなんだ。なまえがもしかしたら、なんだよ。あいつになんかあるって言うのか。みなまで聞かされなかった為、モヤモヤしながらとりあえず島へ早く着けとまだ何も見えない海へと視線を向けた。

それからなまえが国から出て行ったと報告を受けたのは任務が全て終了して、味方についた国から金をもらって船で帰っている時だった。電伝虫の向こうで父上が何か言っているが何も耳には入ってこない。一緒に聞いていたレイジュが眉間にしわを寄せ難しそうな顔をしていた。ガチャと言って切れたそれに向かっておれは小さく、なんでだ…?と呟いた。

「ニジ、とにかく一刻も早く国に帰りましょう」
「…逃げたのか」
「それは今考えてもしょうがない事よ」
「あいつは、どこに行った…?」
「ニジ!しっかりしなさい!」

いきなり後ろから蹴られて気付けば柵を越えて海に落ちていた。一気に息ができなくなりすぐに地上へ浮上してレイジュの名前を責めるように呼ぶとおれを睨みつけて「頭を冷やしなさい」と言って中へ入って行った。それに苛立ちながら船に上がり兵士がタオルを渡してきたので頭からそれを被った。いくら冷や水を浴びようと、海に沈められようと苛立ちは治らない。とにかく国へ急げ、と兵士に命令して自分の部屋で身体を休めた。

そしてその一週間後、国に帰ってきてすぐに城へ戻った。レイジュは先に行ったおれに呆れながら後をついてきた。城に入りすぐにベランダに向かう。あいつの育てていた花壇は変わらず花を咲かせていた。本当になまえは出て行ったのか、と疑いたくなってその場を去った。次に向かったのは使用人部屋だ。乱暴に扉をあけて中にいた1人の胸ぐらを掴んだ。

「なまえはどこだ」
「…いま、せん…!」
「どこにいる」
「もう、いません…!この、国には…」

チッと舌打ちをしてその使用人を投げ飛ばした。なまえが居なくなったことを信じろというのか、あいつはおれに何も言わずにここを去ったというのか…。勢いのまま、この部屋をぶっ壊してやろうと拳を振り上げた瞬間に、後ろから声をかけられ止まった。

「ニジ」
「…父上」
「何をしている」
「………」
「来い、ニジ」

そう言われて歩き出した父上の後ろについていく。まだイライラが治らねェ。歩いている途中に何度も父上に質問したが帰ってくる答えは1つしかなかった。

「ニジ、お前の幸せを想ってあの女は去った」

なんでなまえがおれの幸せを想う必要があるだ。そんなもんなまえが居ればおれは要らねェんだよ。なんで、居ない?どこに消えた?おれを好きだと言ったのは嘘だったのか、色々な疑問が頭を回ってついに目眩がして壁に手をつく。そんなおれをみて父上がため息を吐いた。

「ニジ、あの女のことは忘れろ」
「わすれる…?」
「そうだ、もうあの女は居ない。死んだと思え」
「死んでねェだろ…」
「亡き者の影を追うな、ニジ」

父上の言葉で頭が真っ白になった。さっきまで考えていたことは全て消え去りおれの頭の中に入ってきたのは父上の“なまえを忘れろ”という命令だけだった。
そうして、おれは平常心を取り戻して全てを忘れることにした。少し楽になった気がする。おれは王族の王子だ。召使いだった女を切り捨てるなんて、簡単なことだ。

「なんだ、これ」

父上と別れて自分の部屋に戻ってきたらテーブルの上に見慣れないビンがあった。その中には青い花が一輪だけ入っていて、そういえば、この花はあの女の花壇に咲いている花だ。ということは、これはあいつの…。

「忘れないでくださいってか?随分、都合のいい置き土産だな」

鼻で笑ってそれを地面に叩きつけて割った。呆気なかった。こんなに簡単に割れるものか、と失望した。なぁ、なまえ。こんな脆いものなのか、お前の気持ちは。
割れたビンを冷めた目で見つめながら、電伝虫で部屋を片付けろと使用人に命令をした。

「これ…!」
「あァ?」
「いや、これ…なまえの…」
「なまえ?誰だ、それは」

慌てて飛んできた女の使用人は割れたビンを見て涙を流した。そういえば、あいつと仲良かったやつか。だが、そんな事はもう関係ねェ。父上の命令はなまえを忘れろとのことだ。思い出すことも許されない。だからあんなのがあったら邪魔なだけだ。早く片付けろ、と使用人に命令をしておれは部屋から出ていった。

「ごめん、ごめんね…!なまえ…!」

泣きながら床を拭くあいつさえも気持ち悪いと思った。


****


さて、この花壇はどうしてやろうかと顎に手を置いて考えていたらレイジュが通りかかって声をかけられる。何をしているのかと聞かれたからおれは口元を緩ませてレイジュの方を向く。

「この花壇をぶっ壊すんだよ」
「ニジ、あなた何を言ってるか分かってるの」
「あァ、分かってる。あいつの物を片っ端から消していくんだ」
「そんなことしたら…!」
「なまえが悲しむ、か?」
「っ!」
「別にいいじゃねェか、あいつはもういねェんだから」

悲しいなんて、気持ちは分からねェ。分かりたくもねェ。おれはこうでもしないと気持ちが治らねェんだよ。どうしようもなく溢れてくるこの意味分かんねェ感情を抑えるためにおれはあいつの全部を無くすことにしたんだよ、だから。

「邪魔すんなよ、レイジュ」
「ニジ…」
「…壊さなきゃ、消えねェ」

そう言って一思いに腕を振り上げて拳を勢いよく下ろした。そうすれば、先ほどまであった花壇はボロボロになって花も全て枯れた。これでいい。これで、あいつは消える。おれの中の意味分かんねェ感情も無くなるはず。これで、いいはずだ。

「それで、満足した?」
「………」
「なまえがあなたの中から消えたの?」
「……っ」
「あの子の存在を失くして、それで良いの?」
「っるせェ!」
「ニジ、あのね。どんなに壊してもどんなに消そうとしても、思い出だけは残っているものよ」

レイジュに言われたことに腹を立てまた花壇を壊した。今度はベランダごと地面に落ちていった。無残になったこの場所をみておれは、満足することはなかった。

「胸が、痛むんでしょう」
「…はァ?」
「何も知らないあなたに教えてあげるわ、ニジ」

それが、悲しいって気持ちよ。
そう言い残してレイジュは去っていった。悲しい…?これが、か?このずっと治らない痛みが、悲しいってことなのか…?
おれは壁に背をつけ座り込んでそのまま数時間そのままの状態で動かずに居た。