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たいせつ

毎日毎日、決まった時間にベランダに現れる女がいた。最初こそどうでもいいと、ずっとスルーしてたけど、ある日開けっ放しだったベランダの扉の向こうから鼻歌が聞こえてきて思わずそっちに目が向いた。
そこに居たのは取るに足らない、代わりがいくらでもいる使用人だった。暇つぶしがてら、絡んでやろうと思って歩き出そうとしたら足が止まった。ただ、花に水をやっているだけだ。なのに楽しそうにしやがって、なんでそんな笑顔なんだよ。何故かむしゃくしゃして絡む気をなくしてその場を去った。なんだ、これは。なんで苛立ってんだ。と気を立てながらそこらへんにいた兵士をぶん殴った。

次の日もそいつは決まった時間にベランダにいた。やっぱり楽しそうに花に水をやっていた。それをみてまたイライラしながら今度は壁を蹴った。ヒビが入った壁にその場にいた執事が絶望したような顔をしていたけど知らねェ。

次の日は時間になってもあいつは来なかった。なんだ、来ねェのかよと思ったが苛立ちはしなかった。
そうか、おれはあいつの存在が気に入らねェのか、だからあの使用人を見かけるたびにムカムカと気持ちが高ぶっていたのか。なら仕方ねェ、あの女を消そう。
そうすればきっとストレスにもなるだろうこの気持ちを抹消できるはずだ。さて、あいつを探すか、と廊下を歩いていたら丁度女がこっちに向かって歩いてきた。ジョウロを持っているのをみて今からベランダに向かうのか、と察したがもうそこに行く必要はねェ、お前はここで死ぬんだからな、と近づいていけば俺に気付いた女は端により頭を下げた。ここでおさらばだ、手からビリビリと電撃を出そうとして、出なかった。はァ?なんだ?と不審に思いもう一度試したけど電気は出ず、女の様子を見てみると先ほどと変わらずただ頭を下げているだけだった。またイライラとして殴ってやることも出来たのにおれはそうせずに舌打ちを1つして自分の部屋に帰った。さっきのはなんだったんだ、と疑問に思い再度、力を発揮してみれば難なくビリビリと電撃波がでた。なんでさっきは出なかったんだよ!とまた腹が立って部屋にあったもの全てを黒焦げにしてやった。駆けつけた使用人たちがまた絶望した顔をしていたけど、さっさと片付けろと言って別の部屋でその日は眠った。


「なんでまた、笑ってやがる…!」

来る日も来る日もあの女はいつもと変わらず笑顔で花に水をやっている。なんでなんだ、とイライラしていたら後ろを歩いていたレイジュがくす、と笑った。

「気になるなら、話しかければいいじゃない」
「はァ?なんでおれが…」
「だってあなた、いつも見てるわよ」

あの子、と言って指差したのは使用人の女だった。いつもなんて見てねェ、あの召使い女がおれの視界にはいってくるだけだと反論すればレイジュは頭を抑えて「呆れた…」とため息をついた。なんだよ、と言えば何も言わずに首を横にふってどこかへ消えていった。それに舌打ちをしてまたベランダに目を向ける。
あの女がおれを見かけるたびに頭を下ろして顔を隠しやがるから殺してやろうと何度も手を振り上げたが、いつもそのまま寸前で止まる手を握りしめてきた。くそ、なんで殴れねェんだよ!とその度に城のどっかを壊してきたが父上にやめろ、と言われたので今はこの気持ちをどこにぶつけてやろうかと考えている最中だ。

ある日、イチジと一緒に廊下を歩いているとあの使用人の女が向こうから歩いてきてまたおれを見た瞬間に端により頭を下げた。なんで、顔を隠してんだよとイラッとしたがイチジが女の前で立ち止まった。

「おい」
「はい!イチジ様!」
「今日の夕飯、おれの分は部屋に持ってこい」
「かしこまりました、そのように」

イチジに話しかけられただけでなんでこいつこんな汗ばんでんだ?と疑問に思い、歩き出したイチジについていく。あの女について少し聞いてみたけど「知らん」と言って心底、興味なさそうにしていたので本当に知らないんだろう。あいつが緊張してただけか?とその日はそれで終わった。
今度はヨンジと話しているところを見かけた。別に汗ばんでいる様子はなく多分普通に用を頼まれているんだろう。一言二言かわしてそのまま平然としていた。じゃあイチジの時はなんだったんだ?と少し考えるが、おれがあの女について考えるのすら苛立ってきてもうやめることにした。

「ねえ、あなた」
「はい!レイジュ様…!」
「紅茶が飲みたいの、用意してくれるかしら」
「かしこまりました!すぐに!」

レイジュと話す時は目がキラキラしている。あれは、多分憧れとかだろうか…って違う。なに考えてんだ、おれは!あの召使い女はどうでもいい!…おれと話す時はどんな表情をするんだ、ってちげェだろ、なんだよ、出てくんなよ!
召使い女がずっと勝手におれの頭に出てくるのを取り払うのに苦戦していたらベランダに居てまたあの女がおれの視界に入ってきた。そして思わず、声をかけてやった。

「おい、召使い女。お前そこで何してんだ」
「ニ、ニジ様…!申し訳ありません!すぐ持ち場に…」
「何をしていると聞いている」
「あ、その…花壇に水やりを…」
「なんでだ?」
「なんで、と申しられますと…その、早く芽がでるように、と…」
「まだ芽も出てない、ただの種に水をやるだけでなんでお前はそんなに楽しそうなんだ?」
「…成長を待つことは楽しいことではないですか?」

少し笑ってそんなことを言い出す女。今、おれに向かって笑ったのかこいつ。イチジには冷や汗かいて、ヨンジには平然として、レイジュには憧れの視線を送ったこの女はおれに笑いかけたのか。それはなんでだ、と考えながらおれはとりあえず名前を聞いてその場を後にした。

そして部屋でずっと考えないようにしてたあの女のことを考えていた。今日は全然イライラしなかった。あいつがやっとおれに顔を向けたから。全然むしゃくしゃしなかった。あいつがおれに笑ったから。なんだよ、それ…と自分に呆れながらベッドにうつ伏せになりそのまま朝まで眠った。

それからというものの、おれは何かにつけてなまえを呼び出しては絡むということ繰り返していた。またおれに笑うように、と色々してみてもなまえは全然笑わなくてむしろ怯えるような顔つきになっていったのには本当に腹が立つ。終いにはおれの呼び出しにもすぐに来ず、やっときたと思ったら仕事をやめたいと言い出してきた時におれの怒りは頂点に達した。
逃すわけねェだろ、おれのだろ。そう思ってついになまえを蹴り飛ばした。なんだ、こいつの前でも出んじゃねェか、電撃。なんで逃げたいのか聞いてみればおれが怖いと言い出す始末。はァ?いままでどんだけおれがお前を笑わそうと…、と思ってやめた。ため息をつきながら、すぐに横抱きにしてベッドに寝かす。

「“優しく”なんて出来ねェぞ」
「や、優しくても…こわいです…!」
「じゃあどうすりゃいんだよ!」
「わかりませぇん…」

そう言って涙をながすなまえに電伝虫を差し出して面接をとりつけた場所とやらの番号を打たせ、繋がった先になまえの声で断りの連絡をした。ざまあみろ。そうすれば怒った顔をしたなまえがおれの頬を叩いて啖呵切って出て行きやがった。

「気の強い女…ますます気に入ったぜ」

おれを主人と分かっていながらおれに手を出したなまえにさらに興味をそそられたのはいうまでもない。