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あなたと

外では雷鳴が鳴り響いていて雨の音も強くなる。私たちは教会の椅子に並んで座って肩を寄せ合っていた。雷が鳴るたびにニジ様の手を強く握る。その度にキスをされるのはとても歯がゆくて心地よかった。

「…雷、嫌いなのか」
「いいえ全然」
「ビビってんだろ」
「ビビってません」
「じゃあなんで」
「雷が鳴るとニジ様だ、って思うんです」
「…はァ?」

訳が分からないと言うような顔をしているニジ様にクス、っと笑う。多分、この気持ちを吐露しても理解してくれないだろうから内緒にしておこう。大事に、大事にしまっておくのだ。

「いつお仕事に行かれるんですか」
「…明日の朝だ」
「よかった、お出かけ今日にして」
「んなの、おれが帰ってきてからでも行けんだろ」
「…そうですね、そうだった」

自分を納得させるように呟くと外がピカっと光って驚いてニジ様に抱きつく。はっとしたら、上から「やっぱビビってんじゃねェか」と呆れた声で言われた。すぐに離れて反論しようとしたらニジ様の手が私の耳を塞いでキスをされる。強引に舌を絡ませて後頭部を押さえられ気付けば押し倒されていた。ここでは嫌だと首を振ったが聞き入れてくれるはずもなく行為は続けられる。

「ニジ様…!ニジさ、っん!」
「うるせェ」
「は…んっ…」

拒もうとしてもそれを許してはくれなくて、いつのまにかボタンを一つ一つ外される。
こんな、場所で…神様の見ている前で…きっと、きっと…。

「バチが…あたる…」

溢れてくる涙を押さえてそう言えば、ニジ様の手は止まった。顔を見ればすごく冷たい表情をしていて、息がつまる。それに戸惑っていたら急に腕を引っ張られて起き上がらせてくれた。そして、外したボタンをまた一つ一つ丁寧に付けてくれて、小さい声で名前を呼べば私の目に溜まる涙を拭ってくれた。

「なんだよ、バチって」
「し、神聖なる場所です…神様のいる前で、できません…」
「…そういうことかよ」

はぁ、と大げさにため息をついて頭を抱えたニジ様にどうしたのかと尋ねたらめちゃくちゃ不機嫌な声で「なんでもねェよ」と言われた。なんでもないような声をしていない。お、怒らせてしまったのだろうか…と不安になっていたら窓から光が差し込んで、外を見てみるとさっきまで悪かった天気は何事もなかったかのように晴れ渡っていた。雨に濡れた草木が輝いていて、空には虹がかかっていた。急いでニジ様の手を掴んで教会から出て空を見上げる。

「見てください!虹!」
「…そんなに喜ぶことかよ」
「だってほら、綺麗ですよ!」
「そうかよ」
「そうです!」

綺麗なものに関心がないニジ様に言い聞かせるようにすれば、全く興味がないという顔をされた。綺麗な女性には興味があるくせに、と小さく呟くと、うるせェと頭を突かれた。めちゃめちゃ痛かった。

「もう用は済んだろ、帰んぞ」
「え!も、もう少し居ましょうよ…!」
「おれが帰るっつったら帰るんだよ」
「ニジ様と、まだ2人でいたいです」
「…安心しろ、帰ってからも可愛がってやるからよ」
「すぐ部屋に直行じゃないですか!だ、ダメです…!」
「うるせェ!おれはさっきので我慢してんだよ!」

そう言われ言葉に詰まる。確かにさっきの状態では少しニジ様に申し訳ないことをしたとは思っている。だがしかし!ここで食い下がってしまえばあとはずっとベッドの上だ。最後なのだから、思い出を作りたいと思って島に連れ出したのにこれでは意味がない…!何か、ニジ様の興味をそそるもの…!

「だめだ、思いつかない…!」
「あ?なんだよ」
「あの!本当に、帰っちゃうんですか…?」
「そうだ、あとは朝までベッドから出してやらねェ」
「朝まで!?い、いやそれはさすがに…」
「つべこべ言ってねェでさっさとしろ」

そうして首根っこを掴まれて強制送還されてしまった私は泣く泣くニジ様の言うことを聞くしかなかった。
そのあと、色々理由をつけて逃れようと試してみたけど全然効果はなくて、城についてすぐ兵士たちのおかえりなさいコールを無視してニジ様のお部屋に連れ込まれ、すぐにベッドに押し倒された。飢えた獣みたいに必死で私を捕まえるニジ様についに折れてしまい、自分からニジ様のつけているゴーグルに手を伸ばしてゆっくり外した。

「そんなに私が好きなんですか」
「…煽んじゃねェ」
「ねぇ、ニジ様」
「なんだ」
「もし、私が居なくなったらどうします?」
「…まだ逃げようとしてんのか」
「例え話ですよ、」
「逃げねェ様に鎖で繋いでおく」

いっそのこと、そうしてくれた方がいいと考える私の思考は狂ってしまったのかもしれない。心も身体も全部がニジ様のものなのに。一緒に、いたいのに…。明日、彼がこの国から出航すれば、私も出ていなくてはならない。きっと、ロープや鎖で繋がれていようとそれを引きちぎってでもジャッジ様は私を追い出す。今は、今だけは…許されている時間の中で私はニジ様を想い、愛されることを受け入れた。


****


思い出なんて、作らなくてよかったのかもしれない。そんなのがあれば別れたあと、すっごく悲しくなるだけだ。もうこんな幸せな日々は訪れないと憂い泣くだけだったら、思い出なんていらない。

ニジ様のことを想いながら手塩にかけて育てた花壇から一本の花を摘む。それを自然乾燥させてドライフラワーにして瓶に詰める。綺麗な青は映えるなぁ、と思いながらオイルを入れて瓶に蓋をする。一輪でもこんなに素敵に出来た、と満足しながらそれを見つからないところに隠した。
私に出来ることと言えばこれくらいしかなかった。きっとニジ様を想うと、私のものなんて何一つ残さない方がいいんだろうけど、これが最後のわがままだと思って許してほしい。せめて、私を忘れないでほしい。あなたの側にいられなくても、あなたが他の女性と結ばれようとも、あなたの幸せを願った私がいたということを忘れないでほしい。

「本当は…本当はね、ニジ様。私があなたを幸せにしてあげたかったの…!」

誰もいないところで悔やんだあの日のことを夢に見て、涙が流れた。

目を覚ませば、いつもしてくれた腕枕は無くてすぐに起き上がる。すると腰の痛みが酷くて、すぐにへたり込んでしまった。あぁもう行ってしまったのか、と絶望していたら突然後ろから抱き締められた。

「起きたのか」
「…ニジ、さま?」
「…なんで泣いてんだ」
「さみしくて…」

あと、腰が痛い…と嘆くと高らかに笑われた。それを止めるように振り向いてニジ様に抱きつく。驚いたところを見計らってキスをした。目を開けながらニジ様とのキスを堪能して、あぁ、キスの時こんな表情してたんだと目に焼き付けた。舌が絡んで、お互いを求めるように唇を合わせているとまたベッドに押し倒されてニジ様はせっかく着込んだ服を脱ごうとしていたので慌てて止める。

「ニジ様、あの私は腰の限界でして…」
「んなの知らねェよ」
「知ってくださいぃ…!それと、もう時間です」

魔法が解ける時間だ。
とても不貞腐れながら私の上から退いたニジ様は舌打ちをして乱れた衣服を綺麗に整えた。最後にゴーグルを付け、マントを羽織って名残惜しそうにキスをする。

「いってらっしゃいませ」
「…あァ」
「どうかご無事で」
「当たり前だ」
「…好きです」
「…当たり前だ、バーカ」

そう言って、ぶっきらぼうに「行ってくる」と告げてニジ様は部屋から出て行った。腰の鈍痛を我慢しながら閉まった扉に近づいてそのまま座り込む。

「行かないで…!」

そんな私の叫びは誰にも届かなかった。