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デート中

長く続いた風邪もすっかり治って、天気のいいある日の朝。私は鏡の前に立って自分の格好を確認する。身なりを気にするのはいつ以来だろう。濃いメイクはするな、と前にニジ様から言いつけられたが、彼のためにしたことなら許されるだろう。青色のお花の形をした髪飾りを付けて、完成だ。我ながら完璧なんじゃないだろうか。しっかり、女の子になっている。いつもは自分の性別なんて忘れて仕事に熱中しているから今日くらいは可愛く居たい。あ、でもニジ様はどっちかって言うとセクシー系の方が好きかもしれない。でも、そんな格好私には似合わないしなぁ…と考えていたら扉をノックされて振り返ってみると、同僚がニヤニヤした顔で部屋に入ってきた。

「遅れちゃうよ、デート」
「分かってる…けど、」
「けど?」
「この格好…変、じゃない?」

そう不安そうに聞くと、同僚は優しく微笑んで「変じゃないよ、とっても素敵」と言ってくれた。それに嬉しくなって噛み締めていると電伝虫がプルプルプルと鳴り出した。それに出るのを躊躇っていると同僚が出てくれてもしもし、と言い終わる前にとても低いニジ様の声が聞こえてきた。

『なまえは』
「今、身支度を終えたところです。すぐ向かわせます」
『早くしろ、俺を待たせんじゃねェ』

そう言って通話は切れた。それに同僚は苛立ったように電伝虫を投げようとしていたので慌てて止める。

「なんなの!何様なの!」
「王子様だよ!」
「そうだけど!…待てないから早く来てハニー、くらい言えないの!?」
「言うわけないでしょ…!それにニジ様がそんなこと言ったら多分私もう好きでいれる自信ない」
「そうだけど!!せっかちな男は嫌われるわよ!って言っといて!」

そんなこと言えてたら今頃、私は何も悩まずにいれただろうな、と考えながら同僚をなだめてから催促されたし行ってくるね、と言って手を振りながら部屋を出た。

ジャッジ様とのやりとりは誰にも話していない。もちろん、同僚にも。バートンさんにはジャッジ様がお話ししたようで、少し気を使って対応される。でも誰にも知られるな、と釘を打たれたようで特に何を言われることはなかった。最後だから、着飾りたい。最後だから、一緒にいて欲しい。最後だから。

「ニジ様、お待たせしました」
「おせェ!何にそんな時間かかって…」

ノックをしてニジ様の部屋へ入ると私を見た途端、さっきまでの威勢が嘘のように静まった。…やっぱり、変なのかな。ニジ様の好みではなかったかな。不安になりながらゆっくり近づいて顔を覗き込むと、両頬を摘まれた。

「あの…」
「………」
「ニ、ニジ様…」
「…なんだ、その格好」
「変、です…よね…」
「今日は街に行くんじゃねェのか」
「はい!街に、ニジ様と…」
「だったら部屋から出したくねェ格好してくんじゃねェよ」

そう言ってキスをされた。今の言葉は、褒め言葉として受け取ってもいいのだろうか。怒ったように先に部屋から出て行くニジ様に頬を緩めながら追いかける。
今日はこの国の近くにある島に降りて、街を回る予定だ。ジェルマ王国のお出かけでも良かったんだけど、ニジ様が目立ちすぎるだろうと我儘を言って場所を変えてもらった。(その我儘を受け入れてくれるとは思ってなかったけれど)

「ホラ、手」
「…は、はい」

船に乗り込む時に、手を差し出されてニヤリと笑うニジ様はいつもの3割り増しでカッコよかった。たまにこういう王子様っぽいことするのに弱いんだよなぁ私。まあ本物の王子なんだけど。
島について、降りるときも同じことをされてさすがに照れる。今日はとても機嫌が良さそうでよかった。降り立った島は人口が多くて街には沢山人で溢れかえっていた。こんなに多いと機嫌を損ねてしまうんじゃないのかと心配して見てみると案外色んなものに興味を示していて怒る要素はなかった。良かったぁと一安心して、繋がれた手をギュッと握った。

「ニジ様、あそこで何かやってますよ」
「あァ?なんだ?」
「大道芸ですかね…?見たいです!」

そういえば、はいはいと言いたげに足を運んでくれる。今日はどんな我儘までも聞いてくれるのだろうか。使用人としてじゃない、1人の人間としてニジ様と接したい。そんなことを思って今度は図々しくも腕をからめる。するとニジ様が一度立ち止まったから、嫌だったかなと心配しながら顔を見上げたら嬉しそうな顔をしていたから嫌ではなかったんだ、と安心する。

街の中心で繰り広げられる大道芸は圧巻のパフォーマンスでとても素晴らしかった。見終わった後、テンションが上がってニジ様に「飛んで、回って、凄かったですね!」と言うと少しふてくされながら「それくらいおれでも出来る」と張り合っていて少し可笑しかった。

「お腹空きませんか?お昼にしましょう、ニジ様」
「何食べんだよ」
「じゃじゃーん!今日の朝、コゼットさんと一緒に作ったサンドイッチです!…好きですか?」
「…好きでも嫌いでもねェ」
「ふふ、よかった」

嫌いだったら食べてくれないから、とベンチに座ってお弁当を広げる。おしぼりをニジ様に渡して、お茶を入れる。「ピクルスは入ってねェだろうな」と言うニジ様に笑いながら入ってないことを伝えると乱暴にサンドイッチを1つとって口に入れた。

「お味はどうですか?」
「普通」
「…ふつう」
「普通」
「………」
「…普通にうまい」

それを聞いてえへへ、と笑って私もサンドイッチを食べた。いつもの食事の時でもうんともすんとも言わないニジ様がうまいって言ってくれたことが珍しくて、とても嬉しかった。照れ隠しなのか、お茶を一気飲みしておかわりを要求してくるニジ様が可愛く見えてくる。ニヤニヤしながらお茶を入れたコップを渡すとニヤニヤしてんじゃねェ、と片手で顔を掴まれた。

「いたたたた!いたい!いたいです!」
「ったく…」
「し、死ぬかと思った…手加減くらいしてくださいよ…」
「お前が悪い」
「…すみませんでした」

たくさん作ったサンドイッチもほぼニジ様のお腹に収められて満足していたら、向こうの空の様子が少し暗くなっているのが見えた。雨でも降るのかな、と心配になっていたらニジ様の電撃レーダーが反応したのか、「雷雨だな」と一言呟いた。さすが電気属性。
しかし困った。雨が降るなんて思っても見なかったので傘なんて持ってきてないし、すぐに城に帰ろうと思っても波が荒れてきて危ないだろうし、とにかくどこかに雨宿りできる場所はないかと、探していたらものの数分で雨が降ってきて、私たちは慌ててたどり着いた教会の中に入った。

「少し濡れちゃいましたね…」
「あァ、この調子だと当分止みそうにねェな」
「…残念。せっかくのお出かけなのに」
「でも見ろ、教会だ」

一足先に結婚式でもしておくか、と冗談風に言うニジ様に胸が切なくなる。式はおろか、結婚すらも本当は出来ないのに。ニジ様の手に連れられてバージンロードを歩いた。まるで夢みたいだと思った。一歩ずつ階段を上がってたどり着いた先で、誓いの言葉は交わさずにキスをする。きっと私は何も誓えない。ニジ様の側から離れていってしまう。このキスも無かったことになる。そう思うと、離れていってしまう唇が名残惜しくてニジ様の襟を引っ張って自分からキスをした。

この瞬間が永遠になればいいと、心の底から願った。