思い合い
「ちょっと!2がすこぶる機嫌悪いんだけど!なんなの!」
「あー、多分…私のせい」
「…風邪、長引いてるね。もう1週間よ」
「中々治らないの、なんでだろ」
私たちは結ばれないんですよ、と告げたあの日から私たちは2人で会っていない。その理由は私が風邪を引いてしまったからだ。しかも拗らせてしまったみたいで中々治らない。風邪を引いたままニジ様には会ってはいけないと接触禁止令が出されてしまって、いくら使用人専用の電伝虫で呼びつけてこようが、移してしまってはダメだからと断って貰っている。「おれは風邪を引いたことがねェ」と自慢げに話してくるニジ様に多少の苛立ちは感じだけど、あぁ馬鹿は風邪引かないしね、と無理矢理納得させる(頭は馬鹿じゃないんだけど)。
ニジ様以外にも、他の使用人たちに風邪菌をばら撒くなと言われてしまったので私だけ別の部屋で隔離されているが、1人でいる時の寂しさったらない。そんな時に休憩時間を利用して同僚がお見舞いに来てくれるのは本当に嬉しい。そして毎回おやつを持ってきてくれるのもとても嬉しい。
「2がね、ちゃんと飯食ってんのかって。寝てるばっかで太ってねェだろうなってバートンさんに言い寄ってた」
「なにそれ、ちゃんと食べて欲しいのか欲しくないのかどっちなの…」
「増やすなら胸にしろよ、とも言ってた」
「…余計なお世話よ」
アハハ、と笑う同僚にジト目になる私。やっぱりあの人はお胸のでかい女が好きだったのか。そういえば薄紫の髪の女の人も胸おっきかったな。考えても虚しくなるだけだから辞めよう。
「なまえ専用の電伝虫さえあればねぇ」
「どうせ盗聴されるだけよ」
「誰に?」
「私を隣の部屋に隔離させる物好き様に」
「…そうね」
その正体はジャッジ様だ。風邪を引いたことをいいことに私をニジ様から遠ざけたのだ。勿論、接触禁止令を出したのもあの人。まあでも私をどこの部屋に閉じ込めているかなんてニジ様には伝えていないみたいで、彼はしらみ潰しで私のいる部屋を探していると同僚から聞いた。まさか、自分の父親の隣の部屋だなんて思わないみたいでまだ見つかってはいない。ジャッジ様はもしかしたらこのまま私を国から追い出すかもしれない。ニジ様にはもう会わす気は無いようで、風邪が治ってもこの部屋からは出してはくれない気がする。それを思うとニジ様に会いたくて会いたくて仕方なくなる。
「2に会いたい?」
「…うん、とっても」
「そうだよね、寂しいよね。私もなまえと働けなくて寂しい…」
「う、嬉しいこと言ってくれるのね…!」
「それになまえが2と別れちゃったら私の取り分が全部消えちゃう」
「うんもう休憩時間終わったよね、早く仕事戻ったら」
「ごめん、つい」
「ついじゃないよ」
さっさと仕事いけ、と同僚を部屋から追い出してベッドに寝転がる。はあ、とため息が出て咳をする。この風邪はいつ治るのだろうか。それが今一番の不安である。
日も暮れてきたようでもうそろそろ晩御飯の時間だなぁと考える。そういえば私のいない間は誰か花壇の水やりしてくれてるかな。誰もしてなくて枯れてないといいのだけれど…。少し気になったので花壇の様子を見に行こうと部屋から出ようとした時に、ジャッジ様からこの部屋からは一歩も出るな、と強く言われていたのを思い出した。扉の前で肩を落としながら立ち尽くして、晩御飯を来るのを待とうと、ベッドに戻ろうとしたら扉の向こうから声が聞こえた。
「父上、ちょっといいか」
ニジ様の声だ。彼がこの扉の向こうにいる。部屋から出れば会える。でもここで出てしまえばこの先、一生会えない気がして足がすくんだ。そうこうしている間にニジ様がジャッジ様の部屋に入ったみたいで、会えなくても、声を聞くくらいならとジャッジ様の言いつけを破り、私は部屋から出た。幸いにもジャッジ様の部屋の扉は少しだけ空いていて中の様子は見えないが、声だけは聞こえる。部屋の前の壁に息を潜めながら2人の会話を聞いた。
「なんだ、ニジ」
「なまえがどこ探してもいねェ。あいつは何処にいるか知らねェか」
「私が使用人の居場所など、知るはずがないだろう」
「…それもそうか。ったく何処にいやがんだ」
声色1つ変えずに嘘を言うジャッジ様は今まで色んな嘘をついてきたに違いない。それにニジ様がジャッジ様を疑うはずがない。彼は、いや彼らがあの父親に逆らった所を見たことがない。だからニジ様はジャッジ様の言ったことをすぐに信じるだろう。私はここにいる、と叫びたいのに私の度胸がないせいで静かに涙をこぼす事しか出来ない。
「ニジ、お前本気なのか」
「あぁ、父上。お願いがある」
「…なんだ」
「なまえを俺の妻にしたい」
つい声が漏れそうになった口を手で押さえる。ニジ様が、私と一緒にいたいとジャッジ様にお願いをしている。私が結ばれない、なんて言ったからだろうか。好きならどうにかしてよと願ったことは彼に届いたようで嬉しくなる。
でも、問題はジャッジ様の答えだ。きっとダメだと言うだろう。そして父親に逆らえないニジ様はきっとそこで諦めるかもしれない。そうしたら私も、諦めるしかないんだろうか。
「…ダメだ、と言ったらどうする。ニジ」
「ならおれは誰とも結婚しねェ」
「あの使用人ではお前は幸せにはなれんぞ」
「あいつと居れておれは満たされている。それで充分だ」
それを幸せと言うことを彼は気付いていないのだろう。嬉しすぎて涙が止まらない。そんなに私のことを思ってくれていたなんて、考えもしなかった。今までこんなに嬉しい事を言われたことなんてない。
泣き声が部屋の向こうに聞こえないように必死で押し殺す。すると大きなため息が聞こえてきてビクッと肩が上がった。
「分かった。ただし、式は挙げんぞ。王族が使用人と結婚など、あってはならない事だ。」
「…わかった」
「あと、1つ条件がある」
そこまで聞いて、すぐに自分の部屋へ戻って扉を閉めてそのまま座り込む。止めどなく溢れてくる涙はきっと私を思ってくれたニジ様に対してではなく、息を吐くように嘘を言ったジャッジ様に対してだ。あの人が私たちが結ばれることを許すはずがない。私の居場所を知らないと平然と嘘をつく人だ、信じられるはずがない。きっと口約束だろう。最後に言っていた条件も私たちを引き離すための罠に違いない。
「ん?なんだ、その食事は」
「ニ、ニジ様…!これは…」
「父上の食事にしては質素だな、なんだこれ雑炊か?」
「いやあのそれは…!」
「…ここには父上の部屋しかないはずだ、何処に持って行くつもりだ」
「えーっと、その…」
「黒焦げにされたくなきゃ、さっさと答えろ」
外からニジ様の声が聞こえて身体を固める。ジャッジ様との話し合いは終わったようで廊下と遭遇した誰かとなにやら話していた。すぐに息を潜めてベッドの中に入る。掛け布団の中からニジ様が去るまで待っているけど、ニジ様と話している誰か、は食事を持っている。と言うことは多分この部屋に向かっているようで、中身が雑炊だったならそれは勿論、私の食事である。…ん?と言うことは…。
コンコン、とノックが鳴り響いてゆっくりと扉が開かれた。そこにいた人は食事を持ってきていた誰かではなく、ジャッジ様でもない。青色の人が部屋の中を確認して、私を見つけた瞬間にニヤリと口角を上げた。
「見ィつけた」
やばい、バレてしまった。