真っ直ぐ
情事後、眠れなかったので帰りたいと言うとダメだ、と断られてぎゅうと抱きしめられた。そのままニジ様は眠ってしまって絶賛困っている最中だ。今何時だろう?と部屋の時計を確認すれば針は深夜2時を指差していた。仕方ないからこのまま眠ってしまおうとニジ様の胸に擦り寄ると余計にキツく抱きしめられる。本当は起きてるんじゃないかと思ったけど、別に起きててもいいやとニジ様に包まれながら眠りについた。
目を覚ましたのは朝日が顔を出す時間だった。もうそろそろ使用人部屋に帰らないと、と申し訳なく思いながらニジ様を起こす。そういえば、寝起きを対応するのは初めてだなぁと少し緊張しながら身体を揺らして名前を呼ぶと、うーんと喉を鳴らして目をこすりながら離れてくれた。不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒にしておかなければ。ニジ様から解放されてベッドから出て、自分の服を回収しているとニジ様も起き上がってボーッと見つめられる。寝起き、悪い方なのかな…?と警戒しながら服を着て、まだ寝てていいですよと言うと彼は首を振って掠れた声で名前を呼ばれた。それが愛おしく思えて、ふふっと笑いながらニジ様のいるベッドに近付いて端に座る。
「…なに笑ってんだ」
「だってニジ様は私の笑顔が好きでしょう?」
「………」
「ふふ、ほらまだ眠そうですよ。お休みください、ニジ様」
彼の頬を撫でて、肩を押し倒す。寒くないように布団をかけておやすみなさい、と言うとものの数秒で眠りについたニジ様はまるで子供のようだった。こんな無防備な姿見たことない。これを特権というのだろうか。嬉しく思いながらニジ様の頭を撫でて部屋から出て行く。
使用人部屋に戻れば、同僚が私のベッドで寝ていた。きっとまた心配してくれたんだろう。それにしても寂しいからって私のベッドで寝るなんて可愛いやつめ…と頬を緩ませながら私はシャワーに向かった。
「世話がやけるわ…全く…」
そんなことを同僚が呟いていたなんて私は知るよしもない。
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いつも通りのお掃除中、そろそろ時間だと気付いて花壇に向かった。そしてマイジョウロに水を入れてお花にあげていた時、ふと思い出したかのようにポケットから一枚の紙を取り出す。それは本人写真ではなく、似顔絵の手配書だ。DEAD OR ALIVEと書かれたそれにはサンジと名前が書かれてある。このグルグル眉毛は間違いなくヴィンスモーク家のDNAを引いているだろう。なんで海賊なんてやっているんだろう。イチジ様に余計な詮索はするなと言われたが、気になるものは気になる。
ジャッジ様はこの手配書を見つけて、サンジさんの捜索を海軍に頼んだらしい。やっぱり愛する息子をずっと心配していたんだろうか。親バカのあの人らしい。兄弟の中で一番落ちこぼれだったけど、一番優しかった人か…。会ってみたいなあ、と思いながら水やりを終えて休憩室に向かっていた矢先に、廊下の前方からジャッジ様が歩いてきた。私はすぐに端により頭を下げて通り過ぎて行くのを待つ。すると私の目の前で立ち止まり足元をこちらに向けられた。
「自分の立場をお前は理解しているか」
「はい、ジャッジ様」
「ならニジと結ばれることもないと分かっているな」
「…はい」
「愛する息子をお前にはやらん。お前には時期にここを出て行ってもらうぞ」
「っ!…かしこ、まりました」
威圧感で震えが止まらない。ついに目をつけられてしまった。分かっていたことだけど、目の前で言われてしまったら現実感が帯びて余計に辛くなる。「これもニジの為だ。お前とでは幸せになれん」と言い残してその場を去ったジャッジ様。その背中を見送った後、私はその状態から少しの間動けなかった。
「おい、何やってんだ」
「…ニジ、さま」
声が聞こえてゆっくり顔を上げてみればさっきの話の根源であるニジ様がいた。あ、今顔見たら泣きそうになる、と思ってすぐに顔を俯かせる。そうすればすぐに顎を掴まれ上を向かされる。いつも思うのだけど、私とニジ様の身長差は約30センチあるのだから急に顔を上に持ち上げられると首が痛い。それを分かって欲しい、と思いながら少し息を吐く。
「なにかあったのか」
「いえ、なにも…」
「なにもじゃねェだろ、その顔は」
「ニジ様がお気になさるような事はなにもありません…!」
「…そうかよ」
突き放せば聞くのを諦めたニジ様は私の手を取って急に歩き出した。引っ張られる腕の力が強くて顔が歪む。どこに連れて行くのかと何度も聞いても答えてはくれなかった。
そして辿り着いた場所はニジ様のお部屋で、そのまま連れ込まれてベッドに投げ出されて押し倒された。抵抗しても意味のないくらいニジ様は頑丈で逃げ出すことは許してくれない。なんでこんな事…!と言うと噛み付くようにキスをされた。
「ん…っ、ニジ、さま…!」
「何がそんなに不安だ?何がお前にそんな顔させる?」
「そんなこと…!」
「言え」
「っ!…地位です、ニジ様の地位やヴィンスモークの権力が私の不安を煽ります」
「おれの、所為か」
「ちがい、ます…けど、そうです…」
朝はあんなに幸せだったのに。この幸せは長くは続かないと言われたようでとてもショックだった。私はレイジュ様に言われた通りにニジ様の言葉を、ニジ様の事を信じている。だけど、ジャッジ様にあんな事を言われてしまったらせっかく決心したことも揺らいでしまう。そんな脆い状態でニジ様の支えにはならない。どうしようもない気持ちが溢れてきて涙と一緒に流れる。
「なに泣いてんだ」
「…悲しい、からです」
「悲しい?なんだそれは」
「心が痛くて苦しくて、泣きたくなるんです…」
「おれには分からねェ」
「…本当に、可哀想な人」
ニジ様の着ているシャツのフリルを掴んで引き寄せる。そして彼を抱きしめて背中をさすった。戦士としては最強だ。でも人間としては不完全な彼に愛おしさを覚えることは間違っているだろうか。ニジ様に私の気持ちは一生理解されない。それでもいい、一緒にいたい気持ちは変わらないだろうから。でもこの先、ジャッジ様は私たちを引き離そうとしてくるだろう。それに負けない自信なんてない。私たちはいつか離れ離れになってしまう。それをニジ様はどう思うのだろう。
その時に、一瞬でもいいから悲しいと思ってほしい。
「ニジ様、知ってますか」
「なんだ」
「メダカは亀になったんですよ」
「…はァ?」
「だからいつか、亀が鶴になるといいな」
「ついに頭がイかれたか」
「ふふふ、例え話ですよ」
「意味わかんねェ」
いつか私は同僚にニジ様と付き合うなんてメダカが亀になるくらいありえないと言い切った。でもメダカは奇跡と呼ぶほどに成長して見事に立派な甲羅のついた亀になった。あんなに嫌いで、逃げたくて、関わらないで欲しかったニジ様に今はこんなにも好きで、もっと近付きたくて、一緒にいて欲しいと願っている。だから今度は綺麗な羽を持った美しい鶴になっていつでもニジ様の元へ飛んでいけるようになりたい。
だから、1つ彼に賭けてみよう。私たちの未来の鍵を握っているのはこの人だけなんだから。
「ニジ様、あのね」
「なんだ」
「私たちって、結ばれないんですよ」
この事実をどう捻じ曲げてくれるだろうか。ゴーグルの奥の瞳に、私が好きならどうにかしてよと願った。