01
仕事を終えて、スーパーに寄りお惣菜を買ってから一人暮らしをしているマンションに帰る。オートロックなんてそんな大層なものはないけど、外観の綺麗さと部屋の広さ、ベランダから見える景色が気に入って借りた部屋には物がとても少なかった。
「ただいま〜」
″おかえり″
「はあ…今日も疲れたな…」
″目の下にクマが出来てるぞ、休める時に休めとあれほど…″
零くんもね。と口うるさい住人にそう言うと苦笑いが帰ってくる。人のこと言えないくせして人の心配をしたがるその人に愛おしさも覚える。ありがとう、零くんと言うとむず痒そうに笑った。
買ってきたお惣菜をお皿に移してレンジで温める。ピーと温め終了の音が聞こえてそれをリビングまで持って行ってテレビを見ながら食べた。
″足を立ててたべるな、お行儀がわるい″
「はーい、ごめんなさーい」
″あと栄養バランスがなってない!茶色いものばっかりじゃないか!″
「だって揚げ物の気分だったし、からあげを久しぶりに食べたかったの!」
″まったく…″
呆れながらわたしの隣に座る零くんは足を組み直してテレビを見ていた。わたしに寄りかからない事をいいことにソファに存分に体重をかけて静まる零くん。あぁ、これが…なんて思ってもキリがないので寂しい気持ちをごまかすためにご飯を一気にかきこんで食べ終わった食器を片付けてお風呂に入るといって逃げた。きっと零くんはわたしがお風呂から上がるともう居なくなっているだろう。そう思いながらなんだか複雑な気分で湯に浸かった。
「え…なんで…?」
″なにがだ″
「なんで、まだいるの…?」
″居て悪いか″
「悪くないけど…珍しくて」
″…ちょっと気になることがあってな″
「気になること?なあに?」
″そんなことより、早く髪を乾かせ。風邪引くだろ″
「ふふ、零くんは優しいね」
そう言うと零くんは少し照れたように笑っていいから早くしろと返して来た。そんなちょっとツンツンしてる優しさ、好きだなあって思いながらわたしはドライヤーのコンセントを指して電源を入れる。髪の毛を乾かすわたしの前で真剣に見てくる零くんがおかしくて笑った。
「で、気になることってなに?」
″あぁ、今日あったことなんだが…″
「今日?なにかあったっけ?」
″惚けるな。あいつだ、あの男″
「おとこ…?」
″今日お前を事故と見せかけて抱きしめた奴だ″
「…ああ、あれ。…あれがどうかした?」
″どうもこうも…嫌なら嫌とはっきりと″
「嫌?そんなこと思ってないよ」
″…なんで思わないんだ″
「なにがいけないの?」
″なにってそれはな!″
「だって、あの人わたしの事気にかけてくれるし、わたしが困ってたら助けてくれるし、わたしの事…大切にしてくれそう」
″そんなのわかんないだろ!″
「少なくとも零くんよりはわかるよ!!」
″なに…?″
「…だいたい、なんで零くんがそんなこと言うの?そんなの気にしたって意味ないじゃん…」
″っ!俺はお前のことが心配で…!″
「心配…?なに言ってるの?私に触れもしないくせに?」
″それは…″
「零くんがそんなことするはずない」
″なんで…″
だって零くんは紙の中の人物だから…
そう真実を告げると彼は悲しそうな顔をして霧のようにわたしの目の前からいなくなった。
そう、これは全てわたしの妄想だった。あぁこれが現実だったらって何度考えたことだろうか。紙面の中にいる彼に恋をしてからなんど絶望を味わっただろうか。きっとわたしの他にもっと彼を好きな人がいる。だって彼は有名人だから。今のはわたしが作り上げた降谷零の妄想。そんな悲しいことを思いながら、寝支度を整えて頭を真っ白にして眠った。明日からもわたしは紙面の中の彼に恋をしながら現実を生きていくんだ。彼のいない世界で。