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すきま風

イチジ様に釘を刺されてしまったから書庫にはもう用はない。先程のことを思い出しながらぼーっと廊下を歩いていたら何かとぶつかって鼻を痛めた。

「いったた…あ、すみませ…壁…」

…なんてギャグコミカルみたいなことをしているんだ、私は。はあ、とため息をついて見るからに頭を落ち込ませる。そうすれば後ろの方から大きな聞き覚えのある笑い声が聞こえて一瞬、無視して去ろうかと思ったけど、人が人なのでそれは許されないだろう。ジト目で後ろを振り向くと、両手をポケットに入れながら大口を開けて笑うヨンジ様がいた。そのまま何かに躓いて顔から転べばいいのに。

「おっ前!本当ドジだなァ!」
「笑いすぎです…」
「笑わずにいられるか!今のは傑作だったぞ!」

まだ笑い足りないのか、ガハハ!とお腹を抱えて笑っている。もう気がすむまで笑えばいい。その分ヨンジ様の部屋の掃除は大雑把にしてやる。笑い声にむくれていたらヨンジ様は私の肩に手を置いて「で?何があったんだ?」と目に涙を浮かべながら聞いて来た。泣くほど笑う事か…。

「何がって…なんですか」
「ニジの機嫌が最高潮にいい。何があったかは聞いても答えないが、お前絡みだと予想する。」
「…末っ子様はなんでもお見通しなようで」
「はん、ついにニジと寝たのか」
「………黙秘します」
「否定しねェって事はそうなんだな。」
「くっ…!」

うまく隠せなかったことが悔しくて下からヨンジ様を睨んでいると怖くねェぞ、と一蹴された。それすらも悔しい。
不満そうに唇を尖らせていると頭をポンポンと撫でて(いや、叩いて)きて、「ま、お前はただのオモチャという事を忘れるなよ」と言って笑いながら去っていった。何をしに来たんだあの人は、と呆れながら私もヨンジ様とは反対の廊下を歩いていった。さすが兄弟と言うべきだろうか、イチジ様と言うことが全く同じである。二度の打撃に精神が若干立ち直れない程になっているけど、なんとか持ちこたえた。やっぱり昨日ニジ様が言った事はただの上辺だったのだろうか。本気にしたらダメ、なんだろうか。もう、何を信じればいいの…とまた、ため息をつきながら歩いていたら「悩んでいるようね」と声が聞こえてビックリして肩をあげる。声がした方を向くとキラキラ輝くピンク色の人が立っていた。あぁ、今日も美しい…。

「レ、レイジュ様…!失礼いたしました!」
「いいのよ、気にしないで。それより、弟のことで何か悩んでいるのでしょう」
「悩んで…いるというか…」
「女同士、少し話さない?」

そう言われて連れてこられたのはレイジュ様のお部屋だ。私はすぐに紅茶の準備をして、レイジュ様にくつろいで頂けるように務める。紅茶と一緒に何か茶菓子を…とワタワタしていたら「いいから座りなさい」と言われたので大人しく用意された椅子に座った。向かいに座られたレイジュ様は妖艶に笑い、足を組み直した。(エロさがやばい)

「貴女、ニジのお気に入りの子でしょう?」
「…そう、なるんですかね…」
「ふふっそれで?何を悩んでいるの?」
「そ、れは…あの…」
「遠慮しないでなんでも言って?」
「はい、…ニジ、様は…私のことを好き、と言ってくださいました…」
「あら、意外とやるわねあの子」
「で、でも!イチジ様と、ヨンジ様は私に…ただのニジ様のオモチャだから、って…」

俯き加減で先程の会話をレイジュ様に告げると少し怒った様子で「海王類に食われて死ねばいいのに」と言った。それに少しビビりながら聞いていると、レイジュ様は私が用意した紅茶を一口飲んで、私に問いかける。

「貴女はどうなの?」
「え…?」
「ニジのこと、どう思っているの?」
「どうって…それは…す、すき…です…でも、私は、使用人です。王子のニジ様とは…」
「だからなに?」
「だからって…!身分が違いすぎます!」
「関係ないわ」

だって貴女、ニジのことが好きなんでしょう?
そう言われて押し黙る。好きでも、越えられない壁だってあるじゃない…いくら気持ちが通じ合おうとも、それを世間は…ヴィンスモークの人は許してくれない…。ニジ様だってきっと飽きたらいらない、って捨てるはず…それを考えるだけで胸が苦しくて、怖くて仕方がない。それをレイジュ様にぶつけると、フワリと抱き締められた。

「あの子を信じてあげなさい」
「っ…!」
「他の誰がなんて言おうと関係ないわ、貴女はニジの言ったことだけを信じてあげて」

その言葉と一緒にまっすぐ見つめられた瞳は、私のことを好きだと言ったニジ様と少し似ていた。さっきまで思いつめていた心が浄化されていく気がする。レイジュ様の言葉で私は救われたように感じた。ニジ様のことが好き、そう認めた私の気持ちに嘘偽りはない。だから不安に負けないように、レイジュ様の言った通り信じよう、ニジ様の事を。
そう思えた瞬間に気持ちが軽くなって気付けば笑いが込み上げてきて、つい声を漏らしてしまった。ふふふ、と口に手を当てながら小さく笑っていると抱き締めていた腕を緩めて、レイジュ様と目が合う。はっ!1人で笑って気持ち悪いとか思われたのかな…!と不安になっているとレイジュ様は私の頬に手を当てて優しく撫でた。それに恥ずかしくなってレイジュ様の名前を呼べば、また妖艶に笑った。

「その笑顔、食べちゃいたい」
「えっ!お、美味しくないですよ…!」
「ふふ、いい事教えてあげましょうか」
「い、いい事…とは…?」
「ニジが貴女に構うようになったのはね、その笑顔に見惚れたからよ」
「みほ…っえ!そんなわけ…!」
「貴女、よく花壇に水やりをしているわよね。その時の様子をニジはずっと見ていたのよ」
「見られてたんですか…!は、恥ずかしい…!」
「その時の貴女は、とても楽しそうに笑っていてニジはそれをいつも不思議がっていたわ」
「あれ、そういえば…一度だけ、話しかけられた事があります…。なんで、そんな楽しそうなのか、って」
「へぇ…」

その日からだ、ニジ様がやたらと私を構うようになったのは。そう思うと顔から火が出てるように熱く感じて両の手のひらを頬にあてる。あの時からすでにニジ様は私のことを…?そう思ってしまえば急に襲ってくる羞恥心に悶える。だめだ…!ついでに昨日の夜のこともフラッシュバックしてきて余計に恥ずかしい…!容量がいっぱいになり頭がパンクしそうになっているとレイジュ様が私の頭を撫でる。

「まぁ、ニジ本人は自分が貴女を目で追っているなんて気付いてなかったけど」
「そ、そうなんですか…?」
「えぇ。貴女のことをいつも視界に写るあの召使い女、って言っていたわ」
「…な、なんとも言えない…」
「我が弟ながら呆れたわ、全く」

はあ、とため息をついて自分の頭を押さえるレイジュ様。姉も姉で苦労しておられるのであろう。一生懸命、労わろう。
2人して笑っていたら不意にレイジュ様の顔が切なそうになって、どうしたんだろうと心配しているとポツリとレイジュ様が呟いた。

「ニジを、変えることができるのは貴女だけよ」
「レイジュ、様…?」
「あの子から逃げないであげてね」

そう告げたレイジュ様の顔はとても寂しそうで、とても苦しそうで、とても美しかった。