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ようやく

目を覚ませば知らない天井があって、寝返りを打てば大きな手のひらが見える。ん?と思って振り返れば、いつもしてるはずのゴーグルが外されていて眠っているニジ様がいた。
これは所謂、腕枕というやつで、この状況は朝チュンというのだろうか。瞬きを数回して激しく後悔をする。あぁやってしまった…流れに流されてついに私はニジ様と境界線を超えてしまった。昨日のことを思い出して顔が赤くなるのがわかる。とりあえず急いでここを出よう…今何時だ…?と部屋の時計を見るとまだ使用人の皆んなが起きてくるまで時間があった。そーっとニジ様を起こさないようにベッドから出て脱衣所にある私の服を着込む。どうせ後でシャワー浴びるからいいやといそいそとそれを着てすぐに部屋から出た。早歩きで使用人部屋へ急ぐ。誰も起こさないよう、物音立てずに部屋へ入ると誰か1人起きている。誰だろう?様子を伺っていると扉の開いた音に反応してこっちへ振り向いた。それは泣き腫らした目をした同僚だった。

「え、泣い…」
「なまえ!よかったぁ!」
「ちょ!どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!どこ行ってたのよ!」
「それ、は…」
「もう…もう…2に殺されたのかと思ったぁ…」

感情のままに泣く同僚を宥めると次々と人が起きてきて私達を見て目をまん丸くした。そしたら皆んなが皆んな帰ってこない私の心配をしてくれていたみたいでよかったぁと安堵の声が響き渡った。いい人たちすぎる…!そして今までその2といけない事をしていたなんて口が裂けても言えない…!どうしよう、と悩んでいたら同僚はふと泣き止んで何かを察したかのように仏頂面になった。

「殺されてなかったのは良かったけど、私に何か報告は?」
「あー、えーっと…」
「はぁ、とにかくシャワー浴びてきて。話は朝食を食べながらね」
「はい…」

可愛く泣いていた同僚はいつのまにかぷんぷん怒っていて、心配をかけてしまったのは申し訳ないなあと思いながら着替えを持ってシャワー室に向かう。服を脱いで鏡で自分の姿を見たとき、驚愕した。
後、アト、あと…跡だらけだった。なにこれ…やけに噛み付くな、痛いなと思っていたらこんなに赤くなっているなんて…。そして一番酷いのが首元で、皮膚が真っ赤になりうっ血しているようだった。噛み跡だってある。下手したら服を着ても見えるところにつけられていてもうため息しか出ない。これは…

「愛が重いわね」

シャワーを浴び、髪を乾かしてすぐ同僚に食堂へ連行される。サラダを食べながら見える跡を指差して、それを指摘してきた。私は恥ずかしくてたまらなかった。全くどうやって隠せばいいんだ、こんなところ!首元を気にしながらスープを飲んでいると「最初から最後まで詳しく話してくれるわよね?」と、とっても素敵な笑顔で言われたので、逆らわずにそのまま昨日の経由を話し出した。喋っている途中からだんだんと眉間にシワが寄っていく同僚にビビりながら続けていって、話終える頃には顔を俯かせて拳を握っていた。

「お、怒ってるの…?」
「呆れてるのよ…」
「あきれ…なんで…?」
「結局はなまえの笑顔見て完全に落ちて風呂にまで連れ込んで泡で遊ぶなまえが可愛くてしょうがなくて我慢できなくて抱いたって事でしょ?は?なんなの?ベタ惚れじゃない!!」
「お、怒ってるじゃん…」

握っていた拳で机をどんどんと殴って怒りを表現する同僚に机にある料理が溢れないように上へあげる。これをどう抑えようか考えていたら同僚は自力で落ち着いたようで「まぁ、いいわ」と言ってとんでもない事を言い出した。

「賭けは私の勝ちね」
「ちょ…!」
「皆んなー!聞きなさい!ついにニジ様となまえがくっ付いたわよ!首元のキスマークがその証拠!さあ、負けた人はどんどん私にお金を持って来なさい!」
「薄情者ー!!」

同僚が食堂中に叫べば、あちらこちらから「ちくしょー!」「王族のプライドはどうした!」「儲かったー!」「ニジ様やるなー!」と言う声が聞こえて来て、使用人だけじゃなくて兵士たちも賭けをしていたことが判明してもう収拾がつかない。せめて勝った方の七割は貰わないと気が済まないわ…。

「兵士さんたちまで巻き込むなんて…」
「何言ってるの?最初言い出したのはあいつらよ?」
「許さん…」
「まあまあ、2とは上手くいったし、私は儲かったしいい事だらけじゃない?」
「解せん…」

私にはなんの得もなかった賭けなんて放っておいて残っている料理を流し込む。ごちそうさま、と手を合わせ食器を片付けてすぐに自分の仕事に戻った。
今日は主人たちとは関わらないシフトだったので安堵する。何処かで鉢合わせしなければ必然的に会うこともないだろう。流石に昨日の今日じゃニジ様に会うのは気まずい。大人しく城のどこかへ隠れておこうと息を潜めながら掃除場へ向かった。

廊下を歩いていると少し扉が開いている部屋からなにやら騒がしい声がして隙間から覗き込む。そこは兵士たちの休憩所でなにかの紙を持ちながら会話していた。

「おい!聞いたか?サンジ様が生きてるらしいぞ!」
「なんだって!?お亡くなりになったんじゃないのか!」
「それがみろよ!この手配書!…似顔絵だけどこのグルグルまゆげ!間違いない!海賊、黒足のサンジ!懸賞金7千7百万ベリー!」
「海賊!?なんだってまた!」

聞こえてくる内容に耳を疑った。死んだと言われていたのは嘘で…本当は生きてて海賊やってる、ってこと…?でもなんで、ジェルマ王国から消えたの?それになんで海賊なんて…。
数々の疑問が思い浮かぶ中、足元に何かが飛んで来た。それを見れば1枚の紙で、先程兵士たちが噂をしていた人の手配書だった。それを持ち上げて、似顔絵らしき顔と見つめあう。

「…画伯」

一言つぶやいて、それを折りたたみポケットに入れる。調べて見れば情報とか出るかなぁと好奇心からくる考えを抱えながら書庫へ向かう。思い出をしまうならこの辺りだろうか、と本棚を探していたら曲がった先に赤い人がいた。

「イ、チジ様…」
「何をしている」
「書庫の、整理を…」
「…そうか」

二、三冊本を抱えて私の横を通り過ぎるイチジ様。そのままこの部屋から出て行くのかと思っていたら足音が消えて振り返って見れば、私の数歩先で立ち止まっていた。この人の前だと汗が湧き出てくるのは城で働き始め
た時からずっとだ。緊張で心臓の音が早くなる。何か用でもあるのか、とイチジ様の行動を待った。

「余計な詮索はするなよ」
「…なんの、ことでしょう」
「ふん、まあいい」

少し口角を上げながら近づいてくるイチジ様に身体が強張る。そして私の目の前で立ち止まり、耳元まで顔を近づけて忠告をする。

「浮かれているようだが、1つ言っておく。…お前はニジのオモチャだという事を忘れるな」
「っ…!」
「身分違いのお前が王族に取り入ろうなんて馬鹿な事はしないほうがいい。いずれお前は捨てられる」

それだけは覚えておけ。
そう言ってイチジ様はこの部屋から去って行った。何も言えなかった私はただ下唇を強く噛んで耐えるしかなくて、いつのまにか口の中が切れて血の味がした。
分かってる、そんなこと。私は童話の中の主人公じゃない。だから王国の王子と結ばれるなんてそんな夢物語はないのだ。魔法使いは存在しないし、ネズミは友達じゃない。むしろ追い出さないといけない。そんな私に幸せに暮らしましたというエンディングは用意されていない。

「そんなの…最初からわかってる…!」

拳を強く握りながら、私はやっぱりイチジ様が一番苦手だ、と思った。