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好きとは

結局ニジ様のご機嫌取りは深夜まで続いた。ようやく眠ったあの人から逃げるように部屋を出て、使用人部屋に帰ってきた頃にはもうヘトヘトだった。シャワーは明日の朝に入ろう…。とにかく今は眠い…。
一目散に自分のベッドへ向かって倒れ込んだら同僚が心配そうに覗き込んできた。

「おつかれさま、大丈夫だった?」
「うん、傷は増えてないから大丈夫」
「コゼットさんが今日の夕飯の残りキッチンの冷蔵庫に入れてるよって言ってた」
「あー!コゼットさんの料理食べたい…でも今はもう口が甘い…」

あの後もチョコ食べ合い合戦は続いて、遠慮しているのに無理矢理口に入れてくるニジ様の表情といったらなんとも楽しそうだった。まあ…楽しいなら楽しいでいいんだけど…。そのおかげで空いていたお腹はチョコで満たされている。あー歯磨きしなきゃ…でも瞼が重い…

「はっ!片付けごめん!放ったらかしで!」
「全然いいよ!むしろ無事に帰還したから安心した」
「ありがとう…!」
「じゃあ、もう寝るね。おやすみ」
「おやすみ」

どんな時でも心配してくれる同僚はなんて優しいんだ。ヴィンスモーク兄弟に是非見習ってほしい部分である。
落ちてくる瞼と戦いながら洗面所まで行って歯磨きをしてからまたすぐベッドに寝転がる。そしてすぐに夢の世界へと旅立った。

****

使用人部屋にアラームが鳴り響く。もうちょっと…あと5分でいいから寝かして…と布団の中に潜り込むと「起きなさい!」とそれを持ち上げてくる同僚がいた。やめて!昨日の優しさはどこへ行ったのよ、薄情者!と叫ぶと「早く起きてシャワー行け!」と鬼の形相で言われてしまったのだからそれに従うしかない。怒った女は本当に怖いな、と自分のことは棚に上げていそいそとシャワールームへ向かった。

さっぱりしたら頭もなんだか冴えてきて、気持ちいい寝覚めになった。髪を乾かして顔に化粧水を塗る。軽くメイクをしたらキッチンへ足を運んで昨日、コゼットさんが作ってくれたご飯を食べに行く。楽しみだなぁとルンルンで厨房に入ると朝食を作るためにシェフたちが勤しんでいた。いい匂いが立ち込める中、お目当てのものを冷蔵庫から取り出して空いてるレンジで温める。待っている間、匂いで今日の朝食は何か当てようと鼻をスンスンさせていたら、何やら甘い匂いがしてきてあっちの方でコゼットさんが一生懸命何かを泡だてていた。これは、パンケーキだなと推理するとレンジから音がなって温まった料理を取り出す。食堂へ向かい適当なところで座って食べると頬がとろけそうなくらい美味しい料理だった。あとでコゼットさんに何かお礼の品をあげよう。だいたいお菓子だけど。
お腹いっぱいで満足して食器を片付けてからすぐに自分の仕事へ向かう。そろそろ主人たちは朝食を食べにダイニングルームへと向かっただろうか。それを見越してベッドメイクをしに行く。割り当てられた配分表を見れば今日はヨンジ様の部屋か…。ニジ様じゃなくて良かったけど、ヨンジ様も少し気が重い。朝食から帰ってくるまでにさっさと終わらせようと部屋に向かい恐らく居ないだろうけど一応ノックしてから部屋に入った。

「失礼しま…げっ」
「おい主人に向かってげってなんだ、げって」
「し、失礼しました。と言いますか、なんでまだ部屋に…?」
「今起きた」
「えぇ!もう朝食のお時間ですよ!」

早く降りてください!と急かしても大アクビをしながらベットから出てくれない。このままだと仕事が出来ない。あぁ、これだったらニジ様のお部屋の方がまだマシだった。それこそいない間に終わらせてすぐ出て行けばいいのだから。でも今は違う。この鋼鉄とも言える人をどうやってベッドから引きずり出そうか…。頭をフル回転させながら考えているとヨンジ様がベッドに端をトントンと叩いてきた。なんだ?と疑問に思っているとまたトントンと叩いて急かしてくる。

「あの、なんでしょう…?」
「どう考えても座れの意味だろ」
「…言ってくださらないと分からないです」
「いいから、早く座れよ」
「いやしかし私は今仕事中でして…」
「主人の命令は絶対じゃねェのかよ」
「…はい。」

有無を言わさず座れと命令してくるヨンジ様に半ば呆れながら控えめに座る。そしたらもっと深く座れ、と威圧的に言われたがこれが私の度胸の限界であることを伝えたら不満そうだけど納得してくれた。

「で?」
「で、と申されますと…?」
「昨日あれからニジの部屋に行ったんだろ?流石に手は出されたんだろうな」
「………」
「………」
「………や…べつに」
「はああ!?なんでだよ!!」
「知りません!それはニジ様に聞いてください!そして私は別に手を出されたい訳じゃありません!」
「なんだよ!抱かれろよ!」
「私の身体を粗末に扱わないでください!!」

お前らなんなんだよ、と深いため息をつくヨンジ様。こっちからしたらアンタがなんなんだよ、と言いたいのだけど。だからなんでヨンジ様は私がニジ様に抱かれることを望むの?まさかこの人も賭け事をしているんじゃ…!と怪しんでいるとぐうう、とヨンジ様のお腹の音が鳴った。

「腹減った、朝食を持ってこい」
「こちらで召し上がるのですか?」
「下まで降りんのがめんどくせェ」
「かしこまりました、取ってまいります」

朝食を食べに行っている間にベッドメイクをしようと思っていたのが無残に打ち砕かれたが、主人の命令なら仕方がない。それに従うしかないのだ。料理を持ってこようと部屋から出ようとしたところで1つ思い出したことがあったので一応、ヨンジ様に報告しておく。

「そういえば…」
「あ?」
「ふ、触れたか、触れてないか…分からないキスならこめかみにされました…」

自分で言いながらだんだん恥ずかしくなってきて、言い逃げするようにすぐに部屋から出れば「純情かよ!!」というヨンジ様の叫び声が廊下まで響き渡った。



ダイニングルームの扉を開けようとしたところで丁度誰かが出ようとしたのか先に開けられてしまったのですぐに廊下の端に寄り、その人が出てくるのを待つ。そうしてその扉から出てきたのは青色の人で、私は本日二度目のげっ、を心の中で呟いた。

「なまえじゃねェか」
「お、おはようございます、ニジ様」
「何してんだ、こんなとこで」
「ヨンジ様に朝食を部屋まで持ってくるよう言われましたので…」
「はァ?なんだそれ」
「下まで降りるのがお辛いようなので…」
「ケツでも蹴って降りて来させろよ」
「そんなこと出来ません…!」
「俺には叩いたくせになァ?」
「そ、それは…」

返す言葉もありません…。ぐぬぬ、と小さくなっているとニジ様は「あの時の威勢はどうしたんだよ」と意地の悪い顔で言った。そして何も言えない私の髪の毛のひと束を持ってそれを口に持っていく。き、急に何するんだこの人は…!と焦っていると「昨日とはちげェ香りだな…」と呟いた。

「朝、シャワーを浴びましたので…」
「俺の部屋で浴びてきゃ良かったのによ」
「そんなこと出来ませんってば…!」
「ベッドには寝転がったのにィ?」
「あれは不可抗力です…!ニジ様が…!」
「昨日は楽しかったなァ?」

ニタニタ笑いながら顎を持たれて顔を近づけてくるニジ様。顔が熱い、きっと赤くなっている。朝から何をしてくれるんだ…!と後ろに一歩下がって顔を下げてニジ様から離れる。簡単に距離が出来たことに安心してすぐに「ヨンジ様が待ってますので…!」と言ってその場から離れようとしたらニジ様の手が私を捕まえる。逃してはくれないようだ。

「行くな」
「…そう、言われましても」
「他の召使いにやらせればいい。お前は行くな」
「ニ、ニジ様…離してください…」
「離さねェ」
「どうしてですか!」
「お前をヨンジのとこに行かせたくねェからだよ!」

…今、この人なんて言ったの?
発言の意味が全く理解出来なくて少し頭の中を整理する。まず、初めに…って何を初めにしたらいいんだ…?どこから整理すればいい?今ニジ様が言った言葉って何語?
混乱している最中に頭の中に一つだけ浮かんだことがあった。まだ何も理解していない。何が起こったかも分からない。それなのに、パニック状態にある私はそれを口にしてしまった。

「ニジ様…私のこと、好きなんですか…?」