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笑うこと

ベランダにある花壇に新しく植えていたお花たちが次々と花開いてきた。色とりどりに咲いたそれは風が吹く度ゆらゆら揺れてとてもかわいい。育てて良かった。自然と笑みが零れる私にお花たちも笑っているような気がしてとても嬉しい。今日は天気もいいし、仕事も効率よく回ったので気分がいい。これであと例の呼び出しさえなければ完璧なんだけど…。

「お前もそんな顔出来るんだな」
「っ!よ、ヨンジ様…どうしてここに…」
「歩いてたらお前の姿を見かけたからな、からかってやろうかと」
「からかわなくて結構です!」

ニジ様が帰ってきてからもヨンジ様は私を見つけては色々ちょっかいをかけてくる。お守りが1人増えたようで、破天荒暴れん坊将軍を2人も面倒みるなんてメンタルがやられる…。はあ、と小さくため息をつけばヨンジ様のぐるぐる眉毛がピクッと動いた。あ、バレないようにしたため息に気付かれてしまった…。やばい、何かされるかも…と身構えていたらいきなりヨンジ様が私の両頬を抓ってきた。

「いらい!いらいれふ!」
「お前は最近ため息ばっかりだな」
「よんりはま…!はらひれくらはい…!」
「何言ってるかわかんねーけどとりあえずお前、笑え」
「らんれふか!ほう!」

抓っているヨンジ様の手を持って離すように急かすとよくやく離してくれた。ヒリヒリする両頬を覆うように手を添えて赤くなってないか窓で確認すると少し赤みが帯びていてショックを受ける。全く、この兄弟たちは力加減というものを覚えて欲しい。本気で頬っぺたとれると思うくらいに痛かった…。

「で?ニジが帰ってきて抱き潰されたか?」
「されてません」
「はあ!?じゃあ何されたんだよ!」
「何も!されてません!前も言いましたけど、私とニジ様はそのような事は致しません!」
「…口止めされてるとかか?」
「それもありません!もういい加減にしてください!もうすぐお夕食ですので失礼します!」

一応、礼を一つしてベランダから出て行く。本当にからかわれただけだった。なんでヨンジ様はそんなに私がニジ様に抱き潰されるのを望んでいるの?それをネタにして私をからかうつもりなのかな。そうだったら本当に性格が悪い。ヒリヒリする頬を撫でながら食事の準備に向かう。厨房に行けば湯気のたった美味しそうな食事が並べられていてあとはあの無駄に馬鹿でかいダイニングルームに持って行くだけだ。匂いにつられてお腹がぐうとなりそうで、美味しそう…とそれを眺めていたら料理長のコゼットさんにヨダレ出てるわよ、と笑われてしまった。

「コゼットさん、これ余りあります?」
「ふふふ、なまえちゃんがそういうと思って少し多めに作ったわ。あとで食べて」
「コゼットさん毎日言ってますけど大好きです」
「嬉しいわ、ありがとう」

にっこり笑顔がとてもかわいいコゼットさん。彼女の作る料理は本当に美味しくて毎日おこぼれをもらうくらい大好きだ。私を甘やかすコゼットさんはお姉ちゃんみたいで、私もすごく慕っている。
あとで食べる食事を楽しみにしながら料理をワゴンに乗せて運ぶ。テーブルにお皿を並べているところでヴィンスモーク家が一堂に入ってきた。全員揃うと迫力やばいなあ、と思いながらテーブルセッティングを終えてそこから離れる。部屋から出て行こうと一礼して振り向いたら急に名前を呼ばれた。

「おいなまえ、水」
「はい、ただいま」

席に着いた瞬間に置いてあった水を一気飲みしたのか、お代わりを要求するニジ様。別にお代わりすることは問題ないけど、早すぎないか。食べる前に胃を水分で満たすんじゃない!と心底思いながら、ピッチャーをもってニジ様の元へ向かう。グラスにお水を入れるときにヨンジ様から「零すなよ、ドジっ子ちゃん」となにやらからかう声が聞こえてきたけど、主人たちの前だ、取り乱すな…!と、とりあえずにっこり貼り付けた笑顔でヨンジ様に一礼をする。そしたら急に腕を引っ張られてバランスを崩してグラスに入れていたお水を零してしまった。そしてその零れた水はニジ様のシャツにかかってしまって、もう最悪だ。

「申し訳ございません…!ニジ様、すぐタオルを…!」
「お前今何した?」
「な、なにと、申しますと…?」
「笑ったか?」
「わら…?い、いえあれは笑ったと言いますか…はり、貼り付けた笑顔ともうしますか…!」
「お前はヨンジに笑いかけたのか?」
「ニジ様…!それよりシャツが濡れて…!」
「笑いかけたのかって聞いてんだよ!」

ニジ様の怒鳴り声が響いて目を瞑る。掴まれていた腕はビリビリと電気が走って痺れて痛い。なんでこんないきなり怒り出したのか分からない私はただ耐えるしか出来ない。すると仲裁に入るかのようにイチジ様の声で「やめろ、ニジ。食事中だぞ」と言った。それを理解したかのようにビリビリした電気は消えて力が抜ける。へたり込もうとした身体をなんとか持たせてニジ様に今、タオルをお持ちしますと言うと「いらねェ」と言って立ち上がった。そして腕を持たれたまま引っ張られて部屋から出て行こうとする。

「ニジ、食事はどうするの?」
「いらねェ」
「趣味が悪いぞ」
「うるせェ」

私の心配より食事の心配をするレイジュ様に少し悲しくなった。そしてイチジ様のセリフの前には言わずもがな“女の”が付く。本当失礼な人だ。ゲラゲラと聞こえる爆笑は怒りの原因であるヨンジ様でイラっとする。ひ、人の気も知らないで…!

腕を引っ張られたままダイニングルームを出て長い長い廊下に連れられる。あぁ、そういえばワゴン置きっぱだし食事の片付けもしなきゃいけないのにそれまでには解放してくれるかな、トホホ…。と思いながら着いた場所はニジ様のお部屋で、入ってすぐ電気もつけずにベッドに放り出された。なにを…!とニジ様の行動を凝視していたら濡れたシャツを脱ぎ捨てそのままベッドに倒れている私の上へ多い被さった。あ、やばい。このままだとヨンジ様の望んでいる通りになりそうと冷や汗が出る。

「お前はヨンジが好きなのか」
「な、なぜそのようなお話に…?」
「お前がヨンジに笑ったからだ」
「いや、あの…あれは、違うというか…笑いかけたわけじゃなくて…」
「じゃあなんだ?」
「なんだ、と聞かれましても…」

笑えって言われたから嫌味のつもりで笑っただけだし、そんな深い意味はない…。っていうか私は笑っちゃダメなのかな。笑えばニジ様を不快にさせるのかな、そうだったら私はこれから笑顔禁止令を出されるに違いない。

「なんで、お前はおれの前で笑わねェんだ」
「わらわ…え?わ、笑ってませんでした…?」
「は?いつもいつもブスくれた顔しか見てねェよ」
「あ…そ、れは…申し訳ありません…」

そういえば、ニジ様の前ではいつも気を張っているし痛いことばっかりされているわけだから笑った事、ないかも…?いやまず笑える瞬間がなかったぞ、これ全責任は私にあるのか?と疑問に思いながらニジ様に謝る。そうするとはァ、と長いため息をつかれて倒れ込んでくるニジ様。全体重を私にかけているようでものすごく重い。ぐえ、と変な声が出て鼻で笑われて少しイラっとした。そしたら顔が近づいてきておでことおでこがくっつく。あと数センチでキス出来そうな、距離。

「なあ、おれの機嫌を直せ」
「え、そ、そう言われましても…ど、どうしたら…?」
「それはお前が考えろ」
「えー…じゃあ、あのまず…」

身体を退けてもらいませんか…?
勇気出して言ってみれば、無表情のまま私を見てくるニジ様にビビる。やっぱりこのまま、私はこの人に無理矢理抱かれてしまうのかな…!と困惑していたらまた、ため息をつかれて目尻横に触れたかも分からないくらい小さく唇が触れてニジ様は横へ寝転がった。私はそのまま起き上がって平然を装い、電気を付け、ニジ様の新しいシャツを取りにクローゼットへ向かう。その心中、え…?今キスした…?目の横、キスした…?触れた?触れなかった?どっち?と忙しなく、激しく動揺していた。

「と、とにかく…目のやり場が困りますので、これを着てください…」
「…お前が着させろ」
「は!?あ、いや失礼しました!え、えとシャツというものは自分で着る物でして、人に着させるというのは…」
「とやかく言ってねェで早くしろ」
「はい…」

シャツを渡す時にニジ様とは別の方向を向いて差し出すととんでもない発言をするわがまま王子。確かに機嫌を直せとは言われたけど、そんなことして治るの!?満足なの!?と顔を赤くしながら断る理由を探していると催促されてしまったので仕方なくそれを着せる。手が肌に触れる度、恥ずかしくなって顔が熱くなる。今は仕事!これ仕事!絶対仕事!と自分に言い聞かせて腕の通したシャツのボタンを一個ずつ閉める。頬が熱い、心臓の鼓動も早くなってて私は今ニジ様にドキドキしている。いつもしてる恐怖からくるドキドキじゃなくて、これはもっと…。

「あとお前のせいで夕食、食べ損なったからこれを食べさせろ」
「チョコ…」
「早くしろ」
「はい…」

有無を言わせずやらしてくるワガママ王子。こんなんで機嫌は取れてるのかな?と顔を見ると今は意地悪そうな顔で笑っていて、あぁ、もう機嫌治ってる…と呆れる。高級そうなチョコレートを1つ手に持ってそれをニジ様の口に持って行くと、指ごと食べられる。それは食べ物じゃないんだけどなあと思いながら見ていると指についたチョコまでしっかり舐められた。そんなに好きか、チョコ…。
「ん!」と急かしてくるのでまた一つ取って口に運ぶ。美味しそうだなあと思っているとそれを察したのかニジ様は私が持っていた箱からチョコを一つ持って私の口の前に持ってくる。

「い、いや…私は勤務中なので…」
「はやく食え」
「んぐっ!」

無理矢理口に入れられたチョコレートはとても甘くてすぐにとろけた。それに感動しているとニジ様は満足そうに笑ってチョコがついた自分の指をペロリと舐めた。
あ、またドキッとした。