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嫌いな人

結局、面接には行けなかったし身体は痛いし散々だ。同僚に回収された次の日、事情をバートンさんに話せば心配してくれながらも喜ばれてしまった。無念じゃ。
念のため、病院に行って痛いところを見てもらうと数カ所の打撲と、軽度の熱傷、手首の捻挫だと診断された。骨が折れてない事が奇跡かもしれない。いやしかし身体をボロボロにされたわけで、もうやだ嫁入り前なのにこんなことになってしまうなんてもうお嫁にいけないと嘆けば「大丈夫、2が貰ってくれるわよ」なんて言うもんだからため息しか出ない。絶対に嫌だ…。

「とにかく、そんな包帯だらけだと痛々しいし、身体も言うこと聞かないでしょ?1週間は安静にって医者に言われてるんだから大人しく寝てなさい」
「…はーい」
「運良く、今日から2はレイジュ様とまた戦争に行っちゃったし呼び出しもないわ、安心して」
「ありがと…」

じゃあ安静にね、と言って同僚は仕事へ向かった。安静にって、例え身体の傷が癒えたとしても心の傷は癒えないと思う。それくらい私はニジ様を嫌いになった。っていうか今日どっか行くなら私を引き止める意味ないじゃん!自分勝手にも程があるわ!と内心怒っていたら部屋の扉が開いた。そして入ってきた人物に目を丸くした。

「お前がなまえか」
「よ、ヨンジ様…」
「ニジが気に入ってる召使いっつーから見にきたけど…」
「…?」
「お前どんなことして気に入られたんだ?」

普通すぎて手も出ねェ。
そう言って潮笑うヨンジ様から逃げようにも身体は動かないから出来ない。一体何しにきたんだ、この人。なんて王子に対して失礼な事を思いながら凝視する。

「顔も普通、身体付きも普通かよ。レイジュの侍女の方がいいの持ってるぜ」
「な、なんですか、その手…」
「胸だよ胸!なんだ?ニジに色でも仕掛けたんじゃねェのか」
「し、しませんよ!そんなこと!」
「じゃあどうやって落としたんだよ?」
「落とすってそんなことしてませんし、寧ろ何もしてません!ニジ様が勝手に…!」
「なんもしてねェことないだろ、あのニジが構う召使いなんて。お前を専属に就かせたのも気に入ってる証拠だ」
「だから、知りませんって!私は本当に何もしてません!」

言い切ってみてもヨンジ様はジロジロと私を見てくる。軽く変態だぞ…国の王子がそんなことするでない…!問い詰められても私からニジ様に何をしたとかはないし、というか気に入られようともしていない!仕掛ける色もないし、そんなことして私には何のメリットもない。専属につけば給料が上がるとかなら頑張るけど生憎そんな制度もない。結論、何故ニジ様が私を構うかなんて知らん!
不機嫌な顔でヨンジ様を見上げると、ふっと笑って顎を取られて上を向かされた。そしてそっと唇を撫でられて背筋が凍る。甘い雰囲気なんて微塵もないその空間でヨンジ様の顔が近付いてくる。
あれ?これヤバくない?

「ストップ!」
「…なんだよ」
「なにしようと…してる、んですか…」
「なにって、キスだよ」
「なんで、ですか…?」
「ニジが気に入ってんのがどんななのか、舐めてみようと思って」
「あの、お言葉ですが…私、ニジ様とそのような事したことは一度もないです…」

そういえば、は?と固まったヨンジ様。
そして急に「え?あのニジが?手を出してない?健全?あのニジが?え?嘘だろ?」とぶつぶつ呟きながら頭を抱え出した。健全もなにもそういう事を仕事にはしてないし、ニジ様だってしたいなら私よりいい女性を選ぶだろう。
そういえば、結構前は頻繁に連れ込んでたな。女の甘い匂いが廊下に漂ってて、不愉快だったのを覚えている。最近は…あれ?最近は、そういえば夜はニジ様に呼び出されて一緒にいるな…特別なことは何もしていない、ただニジ様のくだらない遊びのお相手をしていてあの人が寝ればひっそりと出て行っている。…あ、そりゃ勘違いされても仕方がないのか…。

「毎日毎晩部屋に呼び出されて何もされてないのか?」
「何も…うーん、トランプとか…ジェンガ、とか…?その、ヨンジ様が考えていることはなにも…」
「あのニジが…プラトニックじみた事をするなんて…」
「プラトニックって…。とにかく関係は持ってません!なのでヨンジ様も私を、その…舐めるとか、おやめください!」
「はあ、今日のところは衝撃が強すぎた…。部屋に戻る。」
「今日どころか明日からも何もしないでください」

片手で頭をおさえながらふらふらと退出していったヨンジ様。兄弟ながら意外すぎたんだろうか。というかヨンジ様の考え方がおかしい事に気付いて欲しい。私はただの使用人で、それ以上でもそれ以下でもないのだから。ニジ様が私をそういう目で見ることなんてこの先、一生ないだろう。まあ、それはそれで女としては少し悲しいけど、別に私はニジ様に好かれたいわけじゃないからどうだっていい。うんうんと頷きながら結果論が出たところで眠たくなってきたので、そのまま眠った。


それから1週間が経ち、なんとか仕事復帰も出来た。しかし、まだ痛むところは少しあって万全の状態とは言えない。腕にはまだ包帯が巻かれていて完治にはしばらくかかりそうだ。くそう、早く次の仕事を見つけよう。そして見つけてもあの人の前では絶対に口には出さないでおこう。はあ、とため息をつきながら廊下を掃除する。
あ、あそこに埃が溜まってるなと思って歩き出したらカーペットに足を取られて転んだ。う、うわあ。ダサい…今最高にダサいぞ、私…と四つん這いになった身体で羞恥を噛みしめていると後ろの方でゲラゲラと笑い声がした。また来た…!

「わ、笑わないでください!ヨンジ様!」
「ダッセェ!今の転び方最高にダセェ!」
「人が転んだら大丈夫かと聞くのが紳士なんですよ!」
「は?紳士?なんだそりゃ」
「優しさのかけらもない…!」

悔しい…!と顔を歪めているとヨンジ様が近くまで寄ってきた。あの日から暇さえあれば私のところに来て観察をしてくる四男坊。だいたいドジった所を見られてバカにしてくるだけなんだけど、特に打たれるとか二の腕を握りつぶすとかはしてこないからニジ様よりは平和な絡みができる。しかしながら掃除をする後をついて来られるのは困っている。もし埃が舞って風でヨンジ様のとこへ飛んでいってしまったらきっと怒ってくるに違いない。そういえば、ニジ様に最初の頃、夜 部屋に呼び出された時何をしたらいいか分からなくて掃除をしようとしたら怒られたなあ…埃一つでも舞えば黒焦げにすんぞって言われて、身の危険を感じた事もあった…。なのでヨンジ様も掃除をしている時は近付かないでほしい…。潰されそう…。

「今日の夜はニジが帰ってくるぜ?」
「そ、そうなんですか。早い、ですね」
「まあ今回は視察だからな」
「そうですか…」

ニジ様が今日帰ってくる…最後にあったのがあの啖呵切った夜だから物凄く怖い…。会った瞬間殺されたらどうしよう…隠してあったお菓子は休んでたこの1週間で全部食べてしまったから棺桶から一緒に旅立ってくれるものは何もない。買い足しておけばよかった…!
「帰って来た時のニジの反応を楽しみにしてるぜ。そうだな、抱き潰すに1票」と言って去っていくヨンジ様の発言が意味不明すぎてついていけない。だからニジ様とはそんなことしてないって何度説明すれば分かってくれるんだ…。

夕日が沈む頃、兵士たちの騒ぎ声が聞こえてベランダのお花に水をやっていた私はその様子を伺った。そしたら遠くから歩いてくるピンクと青が見えて、あぁ帰って来たのかと分かって少し気が重くなる。その光景をずっと見ていたら視界から青色が消えて気付けば目の前に立っていた。それにビックリして思わず尻餅をついて倒れた私をその人は笑って見ていた。

「おい、なまえ。おれが帰ったぞ」
「お、おかえりなさいませ…ニジ様…」

地べたに座るようにして倒れた私の視線に合うようにニジ様もしゃがんだ。その口元はとても楽しそうに歪んでいる。

「なんだその包帯」
「こ、これはあの夜に受けた傷で…」
「俺がつけた傷か」
「うっ…そ、そうです…」
「そうか、じゃあ傷が痛むたびに俺を思い出したか?」

え…?と顔を合わせればニジ様は嬉しそうな表情をしていた。何を言いだすんだ…!傷が痛むたびにニジ様の事を思い出すなんて…そんなことあるはずがない…思い出したとしても悪いことばっかりでニジ様のいない間はとても不愉快だった。それは、居ても居なくても一緒なんだけど…。

「お、思い出してなんか…いません…」
「はっ!そうかよ」

俺はお前に叩かれた頬に手を当てる度、思い出していたのになァ。
そう言って私の利き手を持ち上げて打った頬に添えられた。とても嬉しそうなのは、打たれたのが嬉しかったから…とかなのかな。もしそうだったら、この人多分相当やばい。