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いざ面接

「はい、分かりました。ではそちらに着き次第また連絡します!はい!ありがとうございます!」

ガチャと電伝虫を切り、むふふとニヤケ面をすれば同僚に気持ち悪いと言われたけど今の私にはそんな攻撃は効かない。なにしろ、先程希望する会社の面接を取り付けたのだ!わはは!と仁王立ちで勝ち誇っていると同僚が不思議そうに私を見る。

「そんなに条件のいいところなの?」
「んー、まあ良いか悪いかと聞かれれば良い方かも。給料は下がるけど、環境が良さそうなところなの!」
「へえ、それは楽しみね。」
「私がいなくなるからって泣かないでね」
「いや、泣かないけど…」
「そこは泣いてよ」

あの王子から逃げることしか考えていない私はこの国から結構離れている場所、且つ見つからないような場所を必死に探した。そして見つけたのは小さい島の平和そうな会社。町の環境も良さそうで、いい人たちも沢山いそうな場所だ。ラッキーと思っても、まだ面接を取り付けただけだ。ここからが勝負。受かったらそのままその島にいるつもりだから一応荷造りもしないと。絶対受かってしてみせる。なんたって私がここから抜け出したい精神は伊達じゃないんだから!

「2にはなんていうつもりなの?」
「諸事情があり、ここにいられなくなりました。さようなら」
「…それでいけると思ってるの?」
「無理かな」
「無理でしょ」
「はあ、私がいなくなった後なんとか誤魔化してよー」
「私はまだ命がおしい。自分でなんとかして」

まあそうだよね、王子に嘘つけるわけないし面接の時だけなんとかしたら後は手紙かなんかで納得してくれないかなぁ、なんて考えながら使用人の長、バートンさんに面接を取り付けたと報告しにいった。そしたら残念そうに引き止てくれたけど、私の意思を尊重して応援してくれた。その島までは近くまで行くという船に乗せてもらうことになった。なんて運がいいんだ。私はついている。出港は明日だそうで、急いで準備をし始めた。使用人部屋でリュックに自分の服やらお金やらを押し込んでいる時に勢いよく同僚が入ってきた。

「なまえ!大変!」
「ど、どうしたの?」
「2が呼んでる!急いで来いって!」
「急いでって…なんかあったの?」
「さっきからなまえを呼んでるのにいつまでたっても来ないからって機嫌損ねちゃって、もう2の部屋ボロボロらしくて…」
「なにそれ…聞いてない…」
「おじじ先輩が血相変えて探してたよ!」
「え!嘘でしょ!」

ちょっと行ってくる!と冷や汗ダラダラでその場を駆け出した。呼んだけど来ないって、私は呼び出されてもない…!泣きそうになりながら走っているが、廊下は基本走ってはいけない。でも今はそんなこと言ってられない。必死でニジ様の部屋に向かっていると本当に血相変えたおじじ先輩が私を探していた。

「なまえちゃん!どこ行ってたの!探したんだよ!」
「す、すみません…!ちょっとバートンさんとお話ししてて…」
「すぐに向かってくれ!もうニジ様のご機嫌が…」

話を続けようとしたおじじ先輩を遮るように聞こえてきた破壊音。2人して顔を青ざめてとりあえず、すぐ行きますとまた走り出した。ニジ様のお部屋について一つ深呼吸をしてからコンコンと小さくノックしたらさっきまで何かを壊していた音は止んでコツコツと扉に近付いてくる音が聞こえた。心臓はどきどきして、心なしか手も震えている。口に溜まる唾を飲み込みながら待っていたら、そっと扉が開いてその隙間から手が伸びてきて腕を取られそのまま部屋へ引きずりこまれた。

そして気付けばボロボロの部屋の真ん中に立っていて私を引きずり込んだ張本人、ニジ様からは怒りのオーラがビンビンに出ている。恐怖だ。やばいこのまま殺されるかも。明日まで待って、そしたら私ここから出て行くから!なんて祈りながらその背中を見ているとそろりとこっちを向いた。

「なんで呼びつけにすぐ反応しねェ」
「す、すみません…ついさっき聞いたもので…」
「ついさっき?オレが呼んだのは30分も前だぞ。その間、何をしていた?」
「今後の件につきまして、バートンさんに少し相談を…」
「今後…?なんだそれは」
「私、は…明日から、この国を離れます…」
「なんだと…?」

上から睨んでくるニジ様の威圧がやばい。ゴーグルをしているからその目を見ることはできないけど迫力がすごい。あぁ、私は無事明日の朝日を拝むことができるんだろうか。そして無事にこの国から出て行くことは出来るんだろうか。恐怖に震えていると掴まれた二の腕がミシミシと音を立てる。

「いっ!痛っいたいです!ニジ様!」
「理由を言え、内容によっては腕を折る」
「そんな…!痛…い…!」
「なんだって?聞こえねェな!」
「ニジ様…!わた、私は…!」

この仕事を辞めたいんです…!だから新しい職場に…!
言い終わる前に、ニジ様の綺麗な足さばきで私は蹴られて部屋の隅にぶつかり転げた。背中を強く強打して起き上がることが出来ない。それに少しピリピリする…それは恐らくニジ様の電撃で、今まで感じたことない痛みとニジ様に対する恐怖感で身体がすくむ。私はこのまま殺されるのか…今まで生きてきた思い出が頭の中で過ぎて行く。これが走馬灯ってやつなのかな。私の命はここで尽きてしまうけど、やっぱり私の隠してあるお菓子だけは絶対、一緒に火葬してください。

「おい、起きろ。」
「っは…はあ…うっ…」
「仕事を辞めたいだと?辞めて、俺から逃げんのか?」
「…はい、逃げた、い…です…」
「…なんで逃げんだよ」
「こ、こわい…から…」

ニジ様が、怖くて仕方ないから…
そう泣きながら告げれば、ニジ様は何を考えているか分からない表情で、そっと私の頬を撫でた。そして一つ、ため息をついて起き上がれない私を持ち上げてくれて自分のベッドに寝かしてくれた。な、なんだ…なにをしてるんだ…!最後だから優しく殺してあげる的なあれか…!まだ涙が溢れて流れるのをニジ様が拭ってくれた。「何泣いてんだ」なんて言ってるけどこれは本当しょうがないと思う。自分の行動をしっかりと理解してほしい。

「“優しく”なんて出来ねェぞ」
「や、優しくても…こわいです…!」
「じゃあどうすりゃいんだよ!」
「わかりませぇん…」

痛くて動かせない身体がもふもふのベッドに沈んでる。その端に座って私を見下ろすニジ様の言動はやはり理解出来ないものがある。最初からニジ様に“優しく”は期待していない。出来ないだろうし、もし万が一出来たとしたならそれもそれでこわい…と考えていたらいきなり電伝虫を出してきて、「とりあえず、これにその新しい職場とやらに繋げ」と言ってきた。何をするつもりなんだ…と、命令に逆らえずおそるおそるその場所の番号を打ち込んだら電伝虫がプルプルプルと鳴り始めた。そしたらニジ様の左手が私の喉をつかんだ。ひ!こ、今度こそ殺される…!と思っていたら「喋んなよ」と言われて口を噤む。本当に何をするつもりだろうか。しばらくしたら向こうの電伝虫に繋がったようでそれが表情豊かに話し出す。すると、なんということだろうか。ニジ様の口から私の声が聞こえる。そして言葉巧みに面接を断っている。「ちょ…!」と声を少し出せば喉をつかんでいる力が強くなって苦しい。なるほど、喉を人質にとっているから下手なことはするなということか。悪役にもほどがあるぞ…。

「はい、では失礼します」
『ガチャ』
「…ケホッ!ゴホッ!」
「これで今後も安心だな」
「ど、して…こんな…」
「お前は絶対に俺からは逃げられない」
「なん…で…ケホッ」
「なんで?そんなの…お前は一生、俺の召使いだからだよ」

パシンっ!
悪い顔と悪い声で悪い事を言い切るニジ様に溜まっていた鬱憤を晴らすようにその顔を叩いた。溢れ出した涙は止まらないし、私の決断した事を踏みにじられたから怒りが収まらない。ジェルマがなんだ、王子がなんだ。そんなの知らない、私はここから出て行こうとしてるんだから今更、王子の顔を叩いたって何も怖くない。…いや、やっぱりちょっと怖いけど。でも、私はこの人を許すことは出来ない。

「私は!感情を持ち合わせていない可哀想なあなたとは違うんです!一生、召使いって言われてはい、そうですかとは言えません!私はひとりの人間です!意思もあります!だから!私は諦めません!それでは失礼します!」

まだ悲鳴をあげる身体にムチを打ちながらベッドから降りてカッコの悪い歩き方でニジ様の部屋を出た。廊下を数メートル歩いていたら限界がきてその場に座り込む。汗と涙が止まらない。やってしまった。今度の今度こそ殺される…!私はなんてことしてしまったんだ、と憂い喚いてるところを同僚に見つけられそのまま回収されてしまった。

「気の強い女…ますます気に入ったぜ」

そんな事をニジ様が呟いているなんてつゆ知らず。