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#4

「これじゃあまるで、ハニートラップみたい…」

そう言われた時、一瞬動揺してしまった。すぐに持ち直して軽く笑ったが、不自然だっただろうか。おやすみと言ってから部屋に出て、扉を完全に締め切ってから大きなため息をついた。バレてはないが、危ないところだった。現在進行形で行なっている組織の仕事を進めながら、組織の人間からの情報も得る。それが、俺の仕事だ。ゼロはあのブロンド美女相手だから苦戦するだろう。なにしろ組織の秘密主義者、ベルモットだ。ここは俺がジンに近い人物、ロゼから何かしらの情報を得なければ厳しいかもしれない。俺が知ってるロゼの情報は10年前からこの組織にいるってことぐらいだ。下っ端時代じゃ顔も見たこともない。俺からしたらこの女の方が秘密主義者なんじゃないかと思えてくる。でも軽く口説いてみたら少し顔を赤らめる女らしい仕草はする。すぐにハニトラ疑惑を向けられたが、うまくかわしたつもりだ。やっぱりジンの下にいた人物だ、女だからと甘くみるわけにはいかない。その日は眠らずにライフルの手入れをした。

朝になってもうロゼが起きてくるだろうと一文メールを打ってロビーに降りる。チェックアウトを済ませてソファに座って待っているけど全然返事が返ってこない。まだ寝ているのか?緊張感がないのか、ゆるいな。気長に報告やら確認やらだスマホを操作していたらエレベーターからロゼが降りてきた。1時間はかかったな、まあ一応本人も気にしているようで遅れたことを謝っていたので、頭をなでて許してやる。ロゼのチェックアウトを済ませてホテルから出て俺の車に向かう。たしかターゲットはまだ部屋から出てきてない。コンビニで食料を買って車で出てくるのを待つか。……やってること警察とあんまり変わらないな、と思っているとロゼが急に立ち止まった。どうした?と振り向いて彼女の言葉を待つ。可愛らしくお願い事を聞いてほしいというロゼの顔は真剣だった。なんだその顔は、もしかしてお腹でも空いたのかと言ったらそうでもないみたいで。

「おはようのキス、しないと頭が冴えないの…」

一瞬、ぽかんとなってしまったが、すぐに理解した。あぁ、昨日の仕返しか。そんなんじゃ俺は落とせないな。昨日彼女が言ったことと同じことを言いながらこちらに向けられた顔の顎を上に向かせる。そのまま驚いて半開きになっている唇に、自分のを重ねた。離れるときはわざとリップ音をならせてロゼを挑発する。

「ちゃんとしたんだから、頭働かせてよ。センパイ」

なあ、ロゼ。組織を破滅させるために俺に落ちてくれよ。そしたら、俺の勝ちだ。


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「そこまでよ、おじさん」
「な、なんだ!お前は!」
「動かないでね、下手に動けばどこかであなたの頭を狙ってる私の仲間に狙撃されるよ」

死にたくないでしょ?そう言ってわたしも拳銃を構える。わたしだって殺したくはない。一応、上からは用が終わったら殺せという命令が出ているけど、殺すつもりはなく、脅して田舎でも海外でもどこでもいいから姿を消してもらう予定だ。さっさとこのおじさんの全財産をいただいて退散しよう。

「都合よく1人になってくれたのは感謝するわ」
「なんなんだ一体!!」
「1人になったのは、これから不正取引をしにいくため?その大きな荷物は、現金かしら?」
「な、なんの話をしているだ…!」
「取引場所に向かっても無駄よ、さっき私たちが先に彼らと取引したからね」
「なんだと!?」
「不正取引のこと、世間様には内密にしてあげるからそのかわり身を引けってね」

この写真見せたらあっという間に逃げてったわ、と証拠をおじさんに突き付けたら膝から崩れ落ちてなにが目的だ…、と諦めたように言った。これで終わりだ。

「その取引で使うはずだった大金を全て私たち組織に寄越して。そうね、あとは責任を持って会社を辞めて」
「…簡単に言ってくれるな」
「簡単よ、言うだけだもの」
「家族はどうしたらいいんだ!」
「不正に手を染めた自分自身を恨むことね」
「なら、いっそここで殺してくれ…狙ってるんだろう?俺を」
「…哀れね」

この会話は私の無線を通してスコッチにも聞こえてるはずだ。ジンなら容赦なくこの時点で撃っているはずだが、スコッチに動きはない。指示を出すのは私の方だから当たり前か。私がやる、と合図を出して無線のスイッチを切る。スコッチの視覚になる場所へおじさんを誘導した。

「ねえ、哀れなおじさん。逃がしてあげる」
「な、なにを言ってるんだ…?」
「私の仲間に見つかる前に裏口から逃げなさい、あとは私が誤魔化すから」
「なぜ私をたすける…?」
「家族がいるんでしょう、守ってあげて。そのかわりこれからの人生は私たち組織に見つからないようにひっそりと生きることね」

忠告をして早く逃げて!と急かしたら、おじさんは周りを確認して裏口から一目散に逃げていった。それをみてあぁ、私もあのときああいう風に逃げればよかったのかと、その裏口を見ていたら後ろから声をかけられた。

「ロゼ、ターゲットはどうした」
「……殺して近くの川に捨てた」
「発射音が聞こえなかったぞ」
「拳銃を使うなんて誰が言ったの?毒針をクビに刺したのよ」
「…ロゼ1人の力であの男を川に運んだのか?俺が来るたった数分間で?」
「しつこいな、そう言ってるのよ。もう行くわよ」
「……逃がしたのか?」
「わたしは組織の人間よ、そんなことしたらどうなるかくらいわかってる」

スコッチをひと睨みしてからその場を去る。早々と歩く私の後ろから彼が駆け寄ってきて、私に疑いの目を向けて来る。それを無視して彼の車に向かった。帰りの車内でもずっと私は無言だった。スコッチは何回か質問してきたが、答える気ないと察したのか黙って運転に集中していた。窓の外を見ながら報告をどうしようか悩む。もし私が先ほどの報告をしてもスコッチが不審な点を組織に告げ口をしてしまったら私は疑われて抹殺されてしまうだろう。それにせっかく逃がしたおじさんとその家族すらもこの世界から消されてしまう。さて、どうしようか。

「……誰にも言わない」
「は?」
「組織にも報告しない」
「なんで?」
「俺はなにも見てないからだ」
「なにそれ、いい人ぶってるの?」
「あぁ、ぶってるよ。俺は優しいからな」

窓枠に肘をかけ手で口元を隠す。運転する横顔に何をやっても格好がつく男に腹が立つ。1つ借りを作ってしまった。こんなことになるならもっと上手く嘘をつけばよかった。消えそうな声でお礼を言えば、視線だけこっちに寄越して見えない口元の口角が上がった気がした。