-->小説 | ナノ

#3

スコッチとのはじめての仕事の前日。ターゲットが泊まるというホテルの部屋の1つ上の階、そこに私はいた。部屋には盗聴器を仕込んであるのでそれを聴きながらのんびりと私は足の爪に色を塗っていた。パステルカラーは目立つし、赤は剥がれた爪を思い出すので却下。やっぱり黒かな、なんて思っていると部屋のドアが3回ゆっくりとノックされた。そのドアに近付き、こちらからは1回ノックをする。そしたら今度は2回ノックが返ってきた。

「カラスの色はー?」
「………まっしろけ」
「どうぞー」

合言葉が正確だったので、部屋のドアを開けるとそこには不服そうな顔をしたスコッチがいた。重そうなギターケースを持っているが中には物騒なものをいれてるんだろう。快く迎え入れると、少し戸惑いながら部屋に入ってきた。

「その、合言葉なんだが必要か?」
「ノックだけじゃ信用出来ないよ」
「……ならカラスまっしろけはやめてくれ」
「真っ黒けなんて答えられたらそいつこそ真っ黒けだよ。」
「他になんかないのか」
「山、川、的なの?…古いよ」

会話をしながらベッドに座ってさっきの続きをする。何色にしようと思ったんだっけなあ、と色を選んでいるとスコッチが椅子に座って流れてくる盗聴器の音を聞いていた。さっきからどうでもいい話しかしてなくて情報なんて一個も収穫できていない。このままだと明日はノープランで任務をしなければならない。お酒ばっか飲んでないでなんか情報喋りなさいよおじさん!と苛立つように言い放つとここでそれ言っても意味ないぞ、とスコッチがジト目で見てきた。生意気だなあ。

「それ」
「ん?…あぁ、これ?」
「何色にするんだ?」
「…興味あるの?」
「すこしな」
「…え」
「いや俺じゃない。お前のつま先だ」
「なにそれ…塗りたいの?」
「塗っていいのか?」
「ええ!…別にいいけど」

綺麗に塗ってね…と若干、引きながらネイルケースを渡す。ベースは塗ってあるので、あとは好きな色を乗せるだけだ。色は決めてるのか聞かれたけど「まだ決めてないから好きな色を塗っていいよ」と言ったらすごく嬉しそうな顔をして男は色を選び出した。なにがそんなに嬉しかったのだろう。ネイルできるのがそんなに嬉しいか?この男は少女趣味でも持ち合わせているんじゃないかと怪しい視線を投げているとそんなに睨むなと笑われた。

「…こうゆうの好きなの?」
「え?べつに?」
「じゃ、なんでそんな嬉しそうなの」
「だって、君の爪に自分の好きな色を塗れるなんて、まるで自分のものだと主張しているようで嬉しいよ」

え、今わたし口説かれてるのかな。一瞬、ドキンと胸がなって女の子になっちゃったけどすぐに現実に戻ってきて、瞬きを数回する。この人はなにを言ってるんだ。仮にも今は仕事中だ。ベッドの上だから?場所が悪いの?もしかしてそういう気分になっちゃった?頭をぐるぐる回していたら動揺が伝わったのか、スコッチはわたしのつま先に色を丁寧に塗りながら、大声でわらった。

「ははは!ごめん、からかっただけだよ」
「……次やったら蜂の巣にしてやる」
「あれ照れてる?可愛いところもあるんだな」
「やっぱり今すぐ蜂の巣に…!」
「おっと!動くなよ、ヨレるだろ」

わたしよりわたしのつま先の心配をしてくれるこの男の考えてることが全く読めない。盗聴器から意味深な発言があるとすぐ真剣になるし、ラメつけてもいいか?なんて上目遣いで聞いてくる顔も計算でやってるの!?ってくらいかわいい。なんなの、こんなのって。

「これじゃあまるで、ハニートラップみたい…」
「…ふ、なに言ってるんだ」

そんなわけないだろう、と片足が終わったのかもう片方の足も持ち上げられ同じ色を塗られていく。気のせいだろうか、この男一瞬、ほんの一瞬だけ眉毛がほんの少しだけうごいた。まるで動揺したかのように。もしかしてスコッチは、と鎌をかけようとしたら盗聴器から大きいイビキが聞こえてきて、2人してため息をついた。あーらノープラン決定だな。明日のわたし頑張れーなんて思っていたらスコッチが満足そうによし!と呟いてわたしのつま先にふう、と息を吹きかける。それがくすぐったくてたまらなかった。

「我ながら綺麗に塗れたな」
「…ありがとう」
「この色、かわいいだろ。ロゼにピッタリだ。」
「…こんな綺麗な色、似合わないよ」

彩られたつま先を眺めながら小さく呟いた。それを聞き取れたのか、少し微妙な顔をしながらスコッチは立ち上がる。

「どこいくの?」
「部屋に戻るんだよ」
「ここで寝ればいいじゃん」
「…なんのために別の部屋を取ったと思ってるんだ」
「知らないわよ、わたしは別に一緒でも気にしなかったし」
「はあ、襲われても文句言えないぞ」
「…襲うつもりだったの?」
「そんなわけないだろう」

じゃあ、おやすみ。そう優しく微笑んで部屋を出て行くスコッチを見送る。なんであんな優しい笑顔を持ってる人がこんな黒々しい組織に染まってしまったんだろう。疑問が思い浮かんでは消えていった。別に明日は早くはないしもうちょっと夜更かししようと足を動かさないようにベッドに寝転べば、いつのまにか眠っていた。

夜景を見ようと開けっ放しにして閉めるのを忘れていたカーテンから眩しい太陽の光が大量に入り込み暑苦しくて目覚めた。最悪の目覚め方だ。スマホを見ればロビーで待ってる、という一文が届いていてそれが1時間前だったのに気付いて頭を抱え込む。そんなに待つくらいならモーニングコールでもなんでもしてくれたらいいのに!急いで支度を済ませて最低限しか持ってきていない荷物を持って部屋を出た。エレベーターで下にさがりながら思ったのはやっぱり昨日のことで。足のネイルは朝になれば完璧に乾いていて、それを見せびらかすようなボーンサンダルを履いた。口角が上がってるのに気がついて何だかんだこの色、気に入ってるじゃんなんて苦笑いしながら一階についたエレベーターからおりる。スコッチはギターケースを背負ってるからすぐに気付いた。同時に向こうも気付いたようでニコリと笑って片手を上げた。なんて爽やか好青年なんだ、ますます黒に染まった理由がしりたい。

「おはよう」
「…おはよう、待たせてすみません」
「そんなしおらしくなるなよ、そんな待ってないから」

はははーと笑いながらわたしの頭をポンポンしてくるこの男に思わずカップルか!!と突っ込みたくなる。会話も行動もデートの待ち合わせか!今からそんな華やかなことしに行くわけじゃないぞ!むしろ真逆だ!昨日といい今日といいなんか遊ばれている気がしてならない。悔しく思いながらホテルから出る。エントランス付近で立ち止まり、このままやられっぱなしじゃ性に合わないわたしは仕返ししてやることにした。

「ねえ、スコッチ」
「どした?」
「お願い事してもいい?」
「なんだ?お腹でも空いたか?」
「ち、ちがくて…その…お、」

おはようのキス、しないと頭が冴えないの。
最後の方は恥ずかしくなってきたので声は小さくなっていって顔もだんだん横に背けてしまった。情けない。こんな陥れること1つも出来ないのかわたしは…。

「それ」
「………」
「まるでハニートラップ、みたいだな」

そう言われて背けた顔を前にした瞬間、顎クイされて唇を塞がれた。え、わたしの仕返しは…?

「ちゃんとしたんだから、頭働かせてよ。センパイ」

わざとリップ音を鳴らしながら離れたスコッチはしてやったりの顔を向けながら先に歩いていった。ほんとは動揺したスコッチの顔を見てわたしがその顔をするはずだったのに、野望は無残に打ち砕かれた。