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#1

※コードネーム固定
※名前変換無

「いいかい?黒い服を着た男を見つけたら一目散に、逃げるんだ」
「いちもくさん?」
「振り向かずにってことだよ。顔も見られてはいけない」
「どうして?」
「君の命をまもるためだよ。」

大丈夫、絶対死なせないから

そう言ってくれた人は2日後、黒ずくめの男に殺された。それを目撃したのはたまたまだ。私は、彼の言ってくれた言葉を忘れてずっとその光景を見ていた。


****


「今日もひでぇ顔してるな」
「うるさい」
「そんな顔してると次のターゲットに怪しまれるだろうが」
「黙れって言ってんの、頭ぶち抜かれたいの?」
「お前が打つ前に俺がお前の頭をぶち抜いてやる」

お互いの頭を標的に拳銃を構えあっている男女がいた。男はニヒル笑いをうかべ、女は不機嫌に眉間に皺を寄せていた。それを男の後ろにいたサングラスをかけたふくよかな男がなだめに入る。

「兄貴、よしやしょうぜ!ロゼ、お前も兄貴に拳銃むけんのやめろ!」
「ジンが下ろしたら私も下ろす」
「なら一生このままだな」
「……で、つぎはどんなターゲット?」

相変わらず、拳銃を構えあっているがこのままだと話が進まないと踏んでロゼと呼ばれた女が口を開く。ジンと呼ばれる男から聞かされる内容はいつもいつも現実味がない。アイツを見張れ、アイツに取り入って情報を聞き出せ、囮になれ、その他諸々。でも何故か、殺しの仕事だけはさせない。何故かジンはロゼの手を汚したくないらしい。ロゼもそれを疑問に思ったが特に口にせず、ジンからもらった仕事に素直に頷く。今日も今日とて、政治家の息子に取り入って父親の懐に入り込めとの命令だ。出来るだけ情報を掴んで用がなくなればジンが始末するらしい。

「相変わらずつまらない任務ね」
「黙って働け」
「働くわよ、黙らないけど」
「てめぇ、次喋ったらその口に拳銃突っ込んで息の根を止めてやる」

チッと舌打ちひとつ残してロゼはその場を去った。仕事のために一度、自分の部屋に戻ってターゲットに近付く為の準備をする。寝不足の顔はメイクで隠し誘惑するようなスパイシーで甘い香水を吹きかける。髪はうなじが見えるように横に流し、靴にはとっておきの9cmのピンヒールをわざと履く。鏡の前にたって完成された自分をみて吐き気がしたが、すぐに家を出た。綺麗な格好をしながら俯き歩くロゼはなんてつまらない人生なんだ、こんなに退屈ならあの日あの時、私の命はあの人と一緒に朽ち果てれば良かったのに。そんなことを思っていた。その時、プチンっと急に手首につけていたブレスレットが千切れて落ちた。立ち止まってそのブレスレットを見つめると急に不安になった。まるで、ロゼを責めているかのように。まるで、あの人が怒っているかのように。ロゼは怯えながらそのブレスレットから逃げるようにその場を去った。あの人はロゼの命を守ろうとしてくれた。15年前、ロゼの隣で息絶え絶えに「この子だけは…この子、だけは…!」とそれだけいって死んだ、あの人の為にロゼは生きなければならなかった。その事を考えるだけで、思い出すだけで彼女は冷静になれた。

「私は…まだ死ねない…」

ぽつり独り言をつぶやき、前を向く。彼女の歩く先は天国か、地獄か。妖艶に塗った口紅で着飾った唇の口角があがる。向かう先はターゲットの男のところ。きっと私の虜になってくれる。ロゼはそう自信満々で胸を張って歩いた。


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「…ん?」
「どうした、スコッチ」
「あ、いや…なんでもない」
「…なに拾ったんだ?」
「目敏いな、…バーボンは」

ポケットに拾ったキラキラ光るロゼ色のブレスレットを入れながら苦笑いして連れの元にかける後ろ姿に、彼女は気がつかなかった。