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VS.ウォッカ

目が覚めたら知らない天井があった。なんだ死んでないのかと一番はじめに思ったのは仕方ないだろう。ツンと香る消毒液の匂いと薄い白のカーテンからここは病院だということがわかった。誰かが私を見つけて通報してくれたのか、分からないがここは感謝しておくべきだろう。持ち上げた腕には包帯が巻かれていて腹を触ればズキリと痛みが走った。これが生きているということなのだろうか。現実は厳しいなと痛みに耐えながら上半身を起こす。そしたら丁度いいタイミングでウォッカが病室に入ってきた。ビックリして目を丸くしていたら、彼もビックリした顔をしていた。(残念ながら目を丸くしているかどうかはサングラスをしていてわからなかった)

「起きたんですかい?具合は?」
「お腹がちょっと…いや、かなり痛みます…」
「兄貴の蹴りがいいとこに入ったからな」
「…どうしてここに?」
「あのあとやっぱ心配だからとりあえず下っ端に回収しに行かせたんだが、お前の息が浅くてな。死なれちゃ困るから病院に連れてきた」
「そう、だったんですか…」

死なれちゃ困るってあなたの慕う兄貴とやらは簡単に私に死ねと言ってきましたが。そんなん言ったって仕方ないか。ありがとうございますと消え気味の声でウォッカに伝えた。あのあと、社長等は捕らえられたのか聞くととりあえず、私から証拠を奪い去った男は捕まれられたそう。社長はあと一歩のところで逃げられたそうだが、その男を使ってまたおびき寄せる作戦に切り替えたらしい。まだ取り引きできる道は残っていて安心した。ジンはまだ怒っているだろうな。顔を合わせたらもう1発くらい殴られそうだ。

「その任務にはお前は連れて行かない」
「…はい。」
「じっくりその傷を治せ。兄貴の命令だ。」
「は、い…」

自分で傷つけて置いて傷を治せと命令するなんて私のこと振り回しすぎじゃない?ツンデレか、と思わず突っ込みたくなる。ナースを呼んでくると言ってウォッカは私の頭をひと撫でして病室からは去っていった。数分後、来たのはナースさんだけで、ウォッカはそのまま帰ったのだと知らされた。


****


一応、検査入院を1日だけして次の日には退院した。まだお腹は痛むけど、寝てるほどでもない。一旦家に帰ってシャワーを浴びて服を着替えた。向かう場所はこの間の取り引き現場。連れて行かないということは私が足手まといだと言われたようなもんだ。だから何か少しでもと協力を…なんてそんな優しいことはしない。ただ単に私はその場所に″落とし物″をしてしまったんだ。いつものロングスカートで隠してる足に忍ばせていた愛用の拳銃。これもジンにバレれば即死刑なことは間違いない。やっぱりこんな殺風景な場所には落ちてないか…どこで落としたかは覚えていないが、誰かに見つかりでもしたらすぐに警察に届けられるものだろう。そしてもしも手がかりが見つかってしまえば私の頭は迷いなくスパンと撃ち抜かれるだろう。ジンに殺されるのだけは嫌だとこないだ思い知った所なので必死に証拠隠滅を図るため拳銃を探す。

「お探しのものはコレかな?」
「っ…!」
「君が死にかけている時に奪ったんだよ」
「…仕込んでいたのは太ももですよ?随分と変態な様だ」
「恨むなら失態を犯した自分を恨むんだな」

そういってセーフティを外して私の頭に探していた拳銃を突きつけてきたのは今回の取り引き相手、私が交渉を失敗したあの社長だった。なぜ彼がこんなところに…!と咄嗟に身体をずらそうとしたら動くな!と怒鳴られて身動きが取れなくなってしまった。俺はいつでも撃てるってことですか。随分と強気な社長だな。私を人質にとって組織との取り引きを断念させる気だ。私が人質に取られても意味がないってことまでは考えていないらしい。

「…組織は私を殺してでも取り引きの交渉をしてくるはずです。」
「はあ?お前の地位はそれくらいなんか」
「地位もクソもない。血も涙もない連中ですよ、彼らは」
「ふん、ハッタリになんか応じるか」

ハッタリじゃないよ。事実なんだよ。実際、ヘマを犯して人質に取られてしまった幹部クラスがその場で殺されてるのを私は目撃したのだから。そして私もその幹部クラスと同じ道を辿るのだろう。なんてやるせない。ちらりとその社長の顔を覗き見る。焦点が合ってないのか目が泳いでいる様に思える。しかも腕がひそかに揺れている。拳銃を持って怯えているのか?きっと初めて人に向けて銃を向けているのだろう。しかも殺そうとしている、そりゃ戸惑いや身震いもあるだろう。だけど、それを敵に知られてしまったらもうあなたに勝ち目はない。

私は隙を見て社長の腕を蹴って銃を手放したのを確認して背後に回り相手の背中を思いっきり蹴った。よろけている間に地面に落ちた拳銃を拾って社長の頭にそれを突きつける。

「形成逆転、ですね」
「な、なにを…!」
「私だってクソ猫なんて汚名、返上しなければならないのでね」
「お願いだ…!殺さないでくれ…!」
「それはあなたの返答次第ですね、不正の証拠だって人質だってまだこっちが握ってる」
「言うことはなんでもきく!だから…!」
「オイ、てめえなにしてやがる」

ドスの効いた低い声が心音に響いた。この声はジンだ。チラリと視線だけ向けると苛立った様子のジンと戸惑ってあわあわしているウォッカの姿があった。見つかったのが形成逆転後でよかった。しかし自分のターゲットを自分より先に制圧しかかってるのが許せないのだろう、殺気がダダ漏れである。傷を治せと言う遠回しの大人しくしてやがれって言う命令を聞かなかった私が悪いが、先に仕掛けてきたのはこの社長であるからして私の非は一ミリもないと思うんだけど。そんな言い訳を考えてもきっとジンは聞く耳も持たないだろう。さて、どうしようか。

「見てわからない?社長と取り引きの交渉を…」
「てめえは大人しく死んでろって言っただろうが」
「…そんな命令受けてませんけど」
「うるせー、減らず口を塞いでやるよ」
「あ、兄貴!待ってくだせぃ!キティは命令には背きましたが、社長を完全に落とし込んでやす!」
「チィ!……さっさと終わらせろ」

壁に寄りかかり傍観者スタイルになったジン。よかった、とりあえず社長と一緒にあの世へゴーは免れた訳で、フォローを入れてくれたウォッカに感謝をする。これが終わったら上等なお酒を買ってあげよう。

「茶番は終わったので、取り引きの続きをしましょう。社長さん」
「オイ、茶番ってのはさっきのことか!」
「兄貴!今は!しーっ!しーっ!!」
「…なんでもする、って言いましたね、さっき」
「あぁ、なんでもする!靴でもなんでも舐めるさ!」
「……一億。」
「え!」
「1時間以内に一億をこの場に届けさせてください」
「そんな無茶な…!!」
「出来ないならここで死ぬしかありませんね」
「わかった!わかったから!!」

そう言ってすぐに携帯で電話をかける社長が部下に現金を持ってくる様に指示をしている。交渉成立だ。にやりと口角があがったのがわかった。それから1時間もしないうちに部下が現金を持ってきてそれをジンが確認した。社長は開放したら部下たちと一目散に逃げていき、その場は私とジンとウォッカの三人になる。非常に気まづい。

「前回のヘマを挽回したつもりか」
「ちがう、そんなつもりはない」
「てめえのケツはてめえで拭くのが当たり前だ、子供じゃねえんだからな」
「…わかってる。汚名返上できたみたいで何よりよ」

フンと一つ鼻を鳴らして私の頭をひと撫でしてジンはその場を去って言った。…え?今、褒められた…?信じられない…あのジンが、私を褒めた…なんてありえないことだ。明日槍でも降るのかな。なんて惚けていたら苦虫を潰したような顔をしたウォッカがくっ、と悔しそうな声をだしてジンの後をおった。…もしかしなくても今回の任務はウォッカの見せ場だったっぽいな。それは美味しいところを持っていったみたいでごめん…。上等なお酒2本で許してくれるかな。なんて思いながら、私はまた家まで歩いて帰った。