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VS.ジン

※暴力、嘔吐表現あり
※コードネーム固定

今日も今日とて、任務が終わればジンはそそくさと帰って行った。故に帰りの足がない。ここをどこだと思っているんだ。深夜の港だぞ。電車なんてとっくに終わってるし、大通りまでの道のりも長い。仮に大通りまでやっと出れたとしてもタクシーが通ってるかも分からない。運良く通ってもそれは人が乗っているから止まってくれないだろうし…こういうのを詰んだというのだろうか。あー、マジでどうやって帰ろう…。ヒッチハイクでもしてみようか。いやここは日本だし多分不審者か幽霊かに間違われて素通りされるのがオチだろう。くそう…次ジンにあったらあの長い髪の毛で遊んでやる…!ツインテールか、ギブソンタックか…三つ編みでもいいな…なんてトボトボ歩きながら呟いていたら携帯がなった。確認してみると画面にはまさかのベルモットの文字。こんな時間に何の用だ。

「Hi、終わった?」
「終わっていつも通り″歩いてる″」
「あら、可哀想に。迎えに行ってあげましょうか?」
「ベルモットが?」
「いいえ、バーボンが」
「ならいい。顔を合わせるくらいなら歩いて帰る」
「おんなじ組織の人間なんだからいいじゃない」
「組織の人間と必要以上に関わりたくないと何度言わせるの」
「あらでもあなた、どうやって帰ってくるつもり?」
「…ハーレーダビ」
「いやよ、気が変わったら連絡ちょうだい。see you」

食い気味に言いやがったあの悪魔め…いやほんとの悪魔は私を置いて帰ったジンだけど。何のために連絡をしてきたんだ、あの女。嫌味か、からかうためかどっちにしたってタチが悪い。誘いを断ってしまったからやっぱり歩いて帰るしかないなあ…はあ、歩き始めてもう1時間はたったか。港からはずいぶん離れたけど、土地勘がない分、絶対迷っていることは確かだろう。道なりに歩いているけど暗いから道路標識が見えづらい。携帯の充電は45%、朝まで持つかなあ。とにかく駅を見つければいい。そしたらタクシーだって止まっているはずだ。携帯で位置情報をオンにして近くにある駅を探す。あと20-30分も歩けば結構大きい駅にたどり着くはずだ。よし、頑張れわたし!と息巻いていたらそこへ丁度向かいから空車のタクシーが走ってきていて思わずその車にジャンプして存在をアピールした。そしたらちゃんとタクシーは止まってくれて一安心。ほんと運がいいのか悪いのか…。

「あの東京の…」


****


ドンっと音がして衝撃が来たのはお腹の真ん中だ。2日前にわたしを置いてけぼりにしたジンは帰ってきたわたしを連れてすぐに次の任務へと連れて行った。鬼すぎる…なんて心の中で愚痴を散々言いながらその背中についていく。今回の任務は不正を行なっている会社の社長を脅してお金を巻き上げることが目的でその第1段階の途中で事件が起こった。しくじったのだ、私が。不正の証拠を餌に社長に近付こうとしたところ、背後から忍び寄る影に気がつかなかった私はいとも簡単にその証拠を取られてしまった。2人はすぐにその場から逃走し、もう逃げる背中も見えない。一応すぐに組織の下っ端が後を追っ駆けに行ったが捕まるかどうかはわからない。私はやばいどうしようと冷や汗がんがんにかきながら近づいてくる悪魔から逃げる事は出来なかった。

「おい、キティ」
「いや…あの、ごめ…っ!うっ!」
「てめえ、まじで死ぬか!ぶっ殺されてーのか!」
「ぁ…いっ…!!」
「てめえみたいなノロマは一回死なねえとわかんねーのか!そのしけたツラぶっ潰すぞ!クソ猫!!」
「ぃ…ゃ…ごめ…」
「あ、兄貴…!その辺にしてくだせぇ!まだ証拠はありやすぜ!尻尾はこっちが握ってる!」
「うるせえ、てめえは黙ってろ!これは躾だ!」
「兄貴…!!」

腹を蹴られた後も何発か蹴りを入れられてしまいには顔を踏んづけられた。仮にも嫁入り前の女だぞ…嫁になんていけるはずがないんだけど、それにしても酷すぎる…。蹴られた反射で出た胃液が服を汚す。助けに入ってくれたウォッカにもかかるが、彼は気にもしないで私とジンの仲裁に入ってくれた。
ジンにとって任務先から帰り道までは私の″散歩″だ。そしてヘマをすれば怒られる。これを彼は躾だという。キティなんてコードネームをつけられてしまったが故に私は呑気な野良猫から凶暴な飼い主の飼い猫へと成り下がってしまった。飴をくれるのはウォッカかベルモット。ジンはひたすら鞭しかくれない。それじゃあ飼い猫はひねくれるぞ。まだ気は治ってないだろうが、蹴ることはやめて唾をひとつ吐いてジンはその場から立ち去った。ひとまず安心したが、どうせまた置いて帰られるだろう。ウォッカは心配そうに見つめてくれていたが、私は少し笑って見せて彼に行っていいよ…と掠れた声で告げた。申し訳なさそうに振り返りつつ去っていく大きな背中を見送ってゲホゲホを咳をする。あー、口の中で血の味がする。このあとどうしようかな…立てないし動けない。このままいれば死ねるのかな。それはそれで本望だ。死ねたらいいな、なんて思いながら私は意識を手放した。