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風見と運命

「え、裕也くん。わたしとの出会い覚えてないの?」

やっと想いでプロポーズをして、泣きながらそれを受けてもらい、2人で決めた日付に籍を入れようと決めたのが今から1ヶ月前。婚姻届を書きながら明日だね、と嬉しそうに話す彼女は幸せそうに笑った。そんな時に彼女が入れてくれたコーヒーを飲みながら、お互いのどこに惹かれたとか、あの時の感情だったりとかを話していたら出会いの話になっていた。

思い当たるのはあの日、とても晴れた日のことだった。俺は対象の尾行をしていて、完全に黒だという事実を突き止めそれを上司に連絡した。報告を済ませた後は部下に任せて自分は別の場所で待機と命を受け、街を歩いていた時に彼女は話しかけてきたのだった。

「あの!!ここら辺に郵便局があったと思うんですけど…知りませんか?」
「え、ゆ、郵便局ですか…?えぇと…」
「スマホの地図を見てるんですが、中々たどり着かなくて…」
「その地図見せていただけますか?」
「あ、はい!どうぞ!」
「失礼します……、あぁはいはい。この道まっすぐ行って一つ目の角を左に曲がったら直ぐですよ」
「ほんとですか!ありがとうございます!すみません、わたし方向音痴でして…」
「いえいえ、ではお気をつけて」
「はい!ありがとうございました!」

とても愛想の良い人だと思った。最後に見た顔は少し頬を赤く染めてとても嬉しそうな笑顔だったので好印象だったのを覚えている。ただ、今はまた仕事の途中。すぐに切り替えて待機場所へ向かった。

次にあったのは、上司に近状報告をしていたお昼の公園だった。上司は最近飼い始めたという犬を連れていて、ベンチに座りながら戯れている。その背中越しのベンチに座り、報告をしている時に上司の犬が急に走り出し、こちらに向かって歩いて来た女性に向かって飛びついていた。激しく尻尾を振って遊んでくれとも言いたげに吠えている犬を見かねて上司が回収しに行った。

「うわ!あはは、くすぐったいよ!はは、わかった、わかったから!」
「こら、ハロ!やめろ!」
「あ、飼い主さんですか?」
「あんっ!」
「お前が返事をするな…すみません、やんちゃでして」
「いえいえ、可愛いですね!ハロって言うんですか?」
「あんっ!」
「そうかそうか、ハロちゃんよろしくね!」
「あんあんっ!」

犬の構って攻撃を受けた女性は、しゃがみこんで頭を撫で回していた。それに答えるように犬が女性の顔を舐めていたところに上司が声をかける。意気投合したのか、その場で犬と遊びながら世間話をする2人を眺めながらスマホを触る。報告も丁度終わったところだし、そろそろ行くかと腰を上げた時に「あ!」と言う声が聞こえた。そちらに顔を向ければ犬と戯れていた女性がこっちを向いて驚いた顔をしていた。なんだ、え、俺か?と目を泳がせていたら彼女が話しかけていた。

「あの!こないだ、道案内してくださった方ですよね?」
「え、えっと……あ、あー!あの時の!」
「覚えてて下さいましたか!あの時はありがとうございます!」
「いえいえ、郵便局にはたどり着けましたか?」
「はい!無事に!」
「それは良かったです」

よく見ればこの間、道案内をした女性だった。右手にランチバッグを持っていたのでこれから昼飯でも食べるのだろうと思っていたら「隣いいですか?」と聞いてきたので、それは隣に座ると言うことなのか、どうぞと言って自分も上げた腰を下ろす。そしたら上司が何に気を遣ったのか、「では」とニコッと笑って犬を連れて帰っていった。「ハロちゃんばいばーい!」と名残惜しそうにでも笑顔でそう言う彼女に目をパチクリさせる。

「犬が好きなんですね」
「ふふ、そうなんですよ!実は実家で犬を飼ってるんです。犬って可愛いですよね」
「そうですね」
「…えと、お忙しかったりしましたか?」
「いえ、少しなら大丈夫ですよ」
「本当ですか!あの、良かったらお昼ご飯一緒に食べませんか?…作りすぎちゃって…」

照れ笑いしながら彼女が出してきたのは可愛らしい箱に入ったサンドイッチだった。具にはトマトやらハムやらいい色をしたレタスが挟まれていて不意にも喉がなってしまった。しかし、不要に他人から貰ったものなど食べないからどうしようかと悩んでいたら少し悲しそうな顔をして「お腹いっぱいでした…?」と聞いてくる。頼むからそんな顔しないでくれ…気付かれないようにため息を吐いてじゃあ、ひとつだけと言ってもらう。

「…ん、うまい」
「本当ですか!」
「あ、あぁ。美味しいよ」
「やったー…うれし…」

嬉しさを噛みしめるように下を向いてにやけている彼女が目に入って、可愛らしいなと思った。数秒その姿を眺めていたら、スマホの音がなって呼び出しだとすぐに気付いた。

「すまないが、これで失礼するよ」
「あ、はい!呼び止めてすみませんでした!」
「いや、サンドイッチ美味しかったよ。ではまた」
「はい!また!」

何故自分がその時、″また″なんて言葉を使ったのかよく分からなかった。彼女とまた会える保証なんてないのに。掛かってきた電話に出て、すぐ本庁に戻る。デスクに着いたらもうさっき食べたサンドイッチの味と彼女の事は忘れていた。

次に彼女に会ったのはひどい雨の日だった。急に降り出してきた雨はバケツをひっくり返したような土砂降りで、ゲリラ豪雨だったら止むまで待つか、と丁度近くにあったお店の屋根で雨宿りをしている時だった。迎えの歩道で傘もささずに走っていく女性を見かけた。あれは確かこの間の…と見ていたら少し様子がおかしい様に思えて何かあったのかと監視していたら後ろから全身黒い服を着て帽子を深く被っている男がその後を追っていた。事件の香りがビンビンにしていたので、雨なんか目もくれず走り出した。彼女に追いついた男は腕を掴み強引に路地裏へ彼女を引っ張って行った。これはもう黒確定だな、と部下に連絡を入れ車を寄越すように頼んだ。連れ込まれた路地裏に入ると男は彼女を押し倒していて暴行している最中だった。

「や…!いた…!やめ、やめて…!」
「うるさいうるさい!僕のものになると言わないからだ!君が!なんで!僕はこんなに愛してるのに!!」
「…なにをしている」
「っ!誰だお前は!」
「なにをしていると聞いている」
「邪魔するな!僕と彼女は今から愛を確かめ合うんだ!」
「いや…!やめ…」
「彼女は合意しているとは思えないが」
「うるさい!どっかいけ!」
「合意していないとなれば、強姦わいせつ罪で…」

現行犯逮捕だな、そういいながら警察手帳を見せて脅すと男は目を見開いて顔を青くした。逃げようとした瞬間に腕を掴み地面に押し付けて手錠をかける。男を見せないように自分の来ていたジャケットを彼女の頭に被せて遮る。ものの数分で来た部下たちに男を渡して、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「大丈夫、じゃないですよね…」
「う…、ひ、う…」
「まずは病院に行きましょう、怪我してますよね」
「こ、こわ…こわかった…」
「安心してください、あの男はもういません」

彼女の肩を持ってゆっくり立ち上がらせる。まだガクガクと足は震えているが、歩ける様で安心した。部下が用意してくれた車に乗り込ませて、女性の部下を付かそうと声をかけたら袖を掴まれた。彼女はなにも言わなかったが、袖は離してくれなそうだったので着いていってもいいか、と聞くと小さくゆっくりと頷いたので、一緒に車に乗り込んだ。運転は女性の部下にしてもらい自分は彼女の隣に座る。病院へ向かっている最中もずっと彼女は泣いていて、俺の袖口をずっと握っていた。何を言ったらいいかわからない歯がゆさと犯人への怒りで俺の拳はずっと震えていた。

病院に着いて手当をしてもらった彼女が診察室から出てきた。女性の部下に付き添ってもらっていたので少し落ち着いたようで、事情聴取の受け答えもしっかりしていた。聞けばストーカー被害にあっていたらしく、待ち伏せをされていてあんな目にあってしまったらしい。思い出したのかまた少し震え出した身体を部下がさすっていた。ふと彼女が俺の目をみて涙を流した。

「あの…あり、がとう…ございました」
「いえ、お力になれず申し訳ない」
「そんなこと…ないです…助けてくれたのに…」
「でも被害を事前に止めることは出来なかった」
「それでも来てくれた、それだけで十分…」

痛々しく笑う彼女に何も言ってやれない自分に腹が立つ。傷は軽傷でも心の傷は重傷だ。俺は彼女に何もしてやれない。たかが道案内をしただけだ。たかが美味しいサンドイッチを貰っただけだ。たかが、その笑顔に絆されてさしまっただけだ。とても悔しい。

「あの…警察さん、なんですよね」
「…はい」
「よかった…正義感強いのは相変わらずだ…」
「…?あの、なにか…?」
「あ、いえ。なんでもありません」

彼女が何か言った気がしたのは気のせいだったのか。声が小さくてなにを言っているか聞き取れなかったが誤魔化されてしまった。そしたら少し照れた様に下を向いて俺に近づいてきた。目の前に来た彼女は、上目遣いとか細い声で「あの…」と言う。

「抱きしめて貰っても、いいですか…?」

その衝撃発言で、周りがぽかんとした。もちろん自分もだが、すぐに意識を取り戻して自分に向けて指をさし、俺に言ったのかと確認をすると顔を赤くしながら彼女は頷いた。部下は気を利かせたのか先に本庁へ戻ってますと言い残しその場を去った。すると必然的にふたりになる。くそ、何故こんな状況に…!と困っていると彼女は不安そうな顔をしてきたので、もうどうにでもなれと彼女を優しく抱きしめた。

「もう大丈夫、俺がいるから」

そのあと、連絡を取り合うようになりよく会う約束をして、彼女に惹かれていってお付き合いをしてプロポーズをした。これが正解だと思っていたので、これじゃないの?と聞けばすこぶる不機嫌な顔をして「違うよ!」と彼女は怒った。

「信じられない!全然気付いてないの!?」
「え、な、なにが?」
「わたしはずっと好きだったのに!」
「お、俺もずっと好きだったよ…?」
「ずっとの期間がちがうの!!」

もう!と怒って彼女が投げてきたのは俺の高校の卒業アルバムだった。あれ、これ持ってきた覚えないのに…と思って開いてみたら寄せ書きページを見つけて、あれこれ俺のじゃないと気付いた。まさか、と思いクラスのページを探してみると俺の個人写真が載ってるページと同じところに彼女の名前と顔があって。

「あ…え、うそ、だろ」
「嘘じゃないよ!会えた時、すっごく嬉しかったのに!裕也くん全然気付かないんだもん!」

まさか今まで気付いてなかったとは思わなかったわ!!と叫ぶ彼女に、まさか高校の同級生だったみよじさんが今目の前にいるなまえと同一人物だったなんて思わなかった。と呟いたら信じられないと言う顔で信じられない!と言った彼女が怒って部屋に閉じこもってしまった。

「わ、わるかった!気付かなくて!許してくれ!許してください!」
「裕也くんのばか!」
「はあ、どうしたら許してくれるんだ…」
「………すっごいえっろいキスしてくれたら許す」
「じゃあまず部屋から出てくれ。そうじゃないと出来ないだろう」

そう言って承諾したらゆっくり扉が開いて期待してますと顔に書いてにやにやしてる彼女に愛おしさを覚えて仕方がない。一生大事にするという気持ちを込めてお望み通りのキスをしてれば満足そうに彼女は笑ったのであった。


____



裕也くんと初めて会ったのは高校生の時だった。入学式に生徒代表の挨拶をしていた彼を見て、頭良さそうな人だなあとは思っていたが、実際やっぱりそうだったみたいで。テストの発表があるたび彼は上位に君臨していた。それをさも興味なさそうな顔で眼鏡をクイっと上にあげながら去っていくのが印象的だった。まるでその順位にいるのが当たり前だというような感じだったので周りには嫌味に感じていたらしいが、わたしにはそれがかっこよく見えて仕方なかった。短髪、眼鏡、高身長。わたしの好みドストライクだったからだ。それから裕也くんを影で想う日々が始まった。自分をアピールして猛アタック!なんて真似は絶対に出来なかった。その当時のわたしは地味目の暗い存在感のない女子生徒だった。なので、まずこんなにたくさん同級生のいる中でわたしなんか風見くんの目にも入らないだろうと諦めていて、彼の姿を見るだけで満足だった。そんな時、進級して2年なったクラスになんとあの風見くんがいた。初めは信じられなかったけど、自分の頬をつねって現実かどうか確かめて見る。めっちゃ痛い。よし、現実だ。こんなにも嬉しいことなんて最近あっただろうか!これから毎日、風見くんを眺めて、見つめて、見とれられるんだ…!最高の1年になること間違いなしだ。だめだニヤケが止まらない。そんな幸せ絶頂だったある日の事だった。次の担当の先生に教材を持ってきてくれと頼まれてその教材を置いている準備室に向かっているのだけど一向にたどり着かない。なんでだ、道はこっちで合ってるはずなのに…この学校、迷路すぎじゃない?と困っていたら後ろから声をかけられた。

「みよじさん、何をしてるんだ?」
「え?あ、か、風見くん…!」
「教室はあっちだが」
「あ、えっと…社会科準備室にいこうと…」
「社会科準備室?なら真逆だが?」
「え!そうなの!?」
「ああ、そっちには音楽室しかないよ」

風見くんがわたしという存在を知っていたことにも驚きだが、自分が行きたい場所へもたどり着かないわたしの方向音痴さにも驚きだ。なんだか情けなくなってきて、時間を無駄にしたのを後悔した。

「あ、ありがとう風見くん、わたし方向音痴だから迷っちゃって…」
「意外だな、みよじさんしっかりしてそうなのに」
「そんなことないよ!風見くんに比べたらわたしなんて…」

ミジンコ以下…言ってて悲しくなった。でもあの風見くんと会話をしている!それだけで十分だ。そのままありがとう!と風見くんにお礼を言って目的の場所に向かった。後ろから「あ、左じゃなくて、右…」と言う声は全然聞こえなかった。

季節はあっという間に冬になり、寒さは容赦なく攻撃してくる。そんな中、犬の散歩に出かけていた。こんな寒空の下でもうちの犬のベティはとっても元気で、嬉しそうにリードを思いっきり引いてくる。待ってよーなんて華の女子高生でもあろうわたしは全く体力がなかったので10分も歩けばもうヘトヘトだ。もうすぐ日が落ちそうな夕方、疲れたので少し休憩と公園に入ってベンチに座った。それでもベティは元気にはしゃいでいる。全くお前は元気だねえとわしゃわしゃと頭を撫でていると向かい側から誰かが走ってきた。何かの部活かな?でも1人だなと思ってよく見ると走っていたのは風見くんで。え!なんで!どうして!?なんて思っていたら口が勝手に風見くんを引き止めていた。

「風見くん!」
「あ、みよじさん」
「走り込み?なんか部活やってたっけ?」
「いや、ただの体力作りで走っていただけだ」
「体力作り…」

汗はかいているが、全く息を切らしていない風見くん。そのきらめく汗が眩しい。学校終わったから今日はもう風見くんを見れないなあ、なんて思っていたところにとんだご褒美だ。ベティ、散歩へ誘ってくれてありがとう!

「わんわん!」
「うわ、え、ちょっ!」
「ああああ!ごめんなさい、うちの犬が…!」

いつのまにか、ベティが風見くんに飛びついて彼の顔を舐め回していた。なんてことを…!咄嗟にハンカチを取り出して、風見くんに差し出すとくすぐったそうに少し笑って「いや、いいよ」と断って袖で顔を拭った。ものすごく申し訳ない。

「君の犬?」
「うん、ベティっていうの。ごめんね」
「いや、いいよ。遊びたかっただけだろう」
「あ!でも走り込みの邪魔だよね?」
「い、いや…」
「もう帰るから!じゃあね!風見くんまた明日!ほらベティ行くよ!」
「あ、あぁ。また明日…」

これ以上、風見くんに失礼な事は出来ないとすぐにリードを持って公園から出て行く。ベティはもっと遊びたそうにしていたけど、今日はもうおしまい!と言い聞かせて家路に着いた。

それから半年後の出来事だ。わたしは買い物に出かけていた。やっぱり女の子だしおしゃれしたい!と意気込んでメイク用品を探しにきていたお昼な街中で事件は起こった。

「きゃー!ひったくりよー!」

という叫び声が聞こえて後ろを振り向けば勢いよく走ってくる男の人がいた。目の前まで来たその人はどけっ!とわたしを押して、思いっきり倒れ込んでしまった。その衝撃で手を軽く擦ってしまって痛かったが、その犯人を追うような形で後ろからものすごい速さで追っていく人がいた。風見くんだった。それに驚いて終始その光景を眺めていた。いつもしてる走り込みの成果か、どんどん犯人に距離を詰めていき、ついに風見くんの手が犯人の首根っこを捕まえて一緒に倒れ込んだ。大丈夫かな、とその現場を見に行けば風見くんは倒れ込んだ隙にその犯人に寝技をかけていて抑え込んでいた。もう凄いしか言いようがない。周りからは拍手が送られていて、「拍手じゃなくて警察を呼んでください!」という必死な風見くんはやっぱりかっこよかった。

現場についた警察に取り押さえていた犯人が連れていかれ、取られたバッグは無事に被害者の元へ返された。わたしは思わず風見くんに近付いて声をかける。

「風見くん!大丈夫だった!?」
「あれ、みよじさん?どうしてここに?」
「たまたま、買い物に来ててそれでたまたま事件に居合わせちゃって…」

だんだん擦れた手が痛くなってきて血が滲んできたけど、それを隠すように後ろにやれば、すぐに彼は気付いて手を掴まれた。「これは?」と少し責めるように聞いて来たので犯人とぶつかって転んだと素直に言えば呆れたようにため息をつかれた。怒らせちゃったのかなと不安になっていたら、手を掴まれたまま風見くんは歩き出して近くのドラッグストアに入った。消毒液とガーゼと包帯、諸々を買ってそこから1番近い公園に移動した。公園の水道で傷口を洗ってからあれよあれよと風見くんに手当をしてもらって処置は完璧だった。

「風見くんって凄いね、なんでも出来るんだ!」
「…それくらい出来ないと困るからな」
「さっきも犯人捕まえちゃうし、ほんと凄いよ!」
「………」

褒めれば褒めるほど黙ってしまう風見くんに嫌がられたのかなと不安になる。様子を伺うように横を見れば少し照れくさそうにそっぽを向かれてしまった。まさかあの風見くんが、テストの結果を見ても動じない、犯人を捕まえて賞賛されても冷静でいるあの風見くんが、照れている…?わたしの言葉で…?なにそれ嬉しい。嬉しくなってこっちまで照れていたら風見くんから口を開いてくれた。

「……警察官を目指しているんだ」
「え!そうなの?」
「あぁ」
「凄い!なれるよ!風見くんなら!だって頭いいし!運動も出来るし!正義感も強い!」
「……っ」
「風見くんが警察官になったら日本は安泰だよ!」

がんばって!と精一杯応援するとまた照れたようにメガネを上げた。そのまま風見くんは立ち上がって、もう行くと言って走り出そうとした。その時に一度立ち止まって、わたしの方を向いた。

「ありがとう、頑張る」

照れ臭そうにでも嬉しそうに笑って行ってしまった風見くん。また心を持っていかれてしまった。今のはカッコよすぎる…とその場にしゃがみ込んで嬉しさを噛み締めて悶えていた。

それからはあっという間で、あの事件から風見くんは近所でちょっと有名人になっていた。名門大学も推薦をもらえたようで、やっぱり風見くんは凄いなと思った。季節は冬から春に変わる時。わたしたちは卒業しようとしていた。わたしは頭も良くないし推薦をもらえるような事もしていない。風見くんと一緒のとこに行きたかったけどそんな学力もないわけで。やりたかった専門職を目指して専門学校に行くことにした。だから風見くんとは、この学校でさよならだ。気付けばあの入学式からはあっという間だったな…あの時初めて風見くんを見かけて、飾らない姿を見て好きになって、たまに見せる笑顔とかもかわいくて、それからそれから、それから。だめだ、思い出したら泣けてきた。本当に好きだったな。今日で最後だし、気持ちを伝えようか悩んだけど、彼の真っ直ぐな表情を見てしまったら、この気持ちで邪魔をしてはいけない気がして、そっと心にしまった。彼の夢が叶うよう、届かないその背中にそっと「がんばれ」と寄り添うように小さく声を掛けた。そのまま寄せ書きを書いてもらおうとクラスメイトに混じって騒いだ。それを彼が見ていたとも知らずに。


あれから12年の時が過ぎた。すっかりわたしも30歳になってしまい、結婚してない、彼氏いない、寂しい独り者だ。何人かの男性とお付き合いはしたが、なかなか続かなくてこの歳になってしまった。わたしはいつ幸せになれるのだろうかと、落ち込んでいた時、彼を見つけた。

間違えるはずがない。あんなに好きだった。付き合ってきた男性が居ても無意識に彼を遠くで見てた。あんな気持ちになったのは彼が初めてで、忘れられなかったのも彼が初めてだった。その時に気付いてしまった。幸せというものは自ら掴みに行くものだと。早足で行ってしまう彼を逃がしてしまわないように駆け出す。今度こそ、今度こそ、この気持ちが届くように。

「あの!!ここら辺に郵便局があったと思うんですけど…知りませんか?」

しまってあった気持ちの引き出しを開ける時が来た。