安室さんに惚れそう
※オリキャラでます。
仕事帰り。今日は珍しく定時で帰れたー、なんて浮かれながら電車に乗り込んだ。車内は帰宅ラッシュ寸前で結構な人が乗っていたので椅子には座れず、吊革を持ってスマホをいじっていた時、ふと後ろの会話が聞こえてきた。
「でさー、俺の返事が気に食わなかったのか、聞いてるのー?とか言ってきて。思わずうるせーなんて言っちゃったわけよ」
「まじかよ、ひでー」
「いや酷くないって。あいつもさーしつこくてー」
「大事にしてやれよー彼女なんだからさー」
友達同士だろうか、片方の彼女の話をしていて盛り上がっているので思わず聞き耳を立てる。そういえば、私もこないだ同じようなことされたなー。私がずっと話してるのに、んーとかへーとかしか返してこないからイラっとしてちゃんと聞いてるのかと怒ってしまった。向こうは向こうでうるせーよ!って逆ギレされてそのまま家出ていくし、せっかくお家デートが台無しになった。そのあとすぐごめんって送ったけど返事がなくて電話も何回かかけても繋がらなくて数日経ってやっときたメッセージにはなに?の一言だけ。なにじゃねーよと思いながら喧嘩を長引かせるのはいやだったから素直にこの間は怒ってごめん、って送った。そしたら別にいいよとしか返ってこなくて、いやそれ以外になんか言うことないの?俺もごめんとか次はちゃんと話し聞く、とか。全部私が悪いみたいになってるのが気に食わなかった。
「もう好きじゃねーし、別れたいんだよねー」
「まじで!彼女かわいそー」
「でもさ、あいつ俺にゾッコンだからなー」
「さすがモテる男の言うことは違うなー」
ははは!なんて笑ってるけど、本当えげつない事言ってるのわかって?話を整理すると彼は彼女のことをもう好いてない、別れたいと思ってる。でも彼女は彼が大好きってわけか。本当彼女が可哀想。
顔も知らない子に同情していたら乗っていた電車が米花町についたので降りるついでにその彼氏がどんな面構えが見てやろう!と思って振り返って見た顔に私は絶句してしまった。
私の彼氏だった。開いた口は塞がらないわ、降りようと思ってた駅に降りられずに扉は閉まるわ、彼氏に見つかるわ、大変だった。思わずお互い気まずい雰囲気になって彼の友達も「え?お前の彼女?え、やべーじゃん」と言っていたが本当にやべーのである。ちなみにその喧嘩をしてから会ったのが初めてだ。帰ってきたメッセージにイラっとしたのは昨日であって今日の再開。あれ、これってもしかして終わる?私たちの関係ここで終わってしまうの?呆けていたら次の駅に到着していたので私は思わず降りてしまった。降りるときに名前を呼ばれたがそれを無視して私はホームの階段を一心不乱に駆け下りた。改札を通って乗ってきた電車とは逆の方に走って、息が切れそうだったのでその場で立ち止まった。はあはあ、と必死に息をしながら後ろを振り向けば誰も追ってきてなくて。そこは追ってこいよーと半泣き状態でその場に座り込んでしまった。はあ、と大きく深呼吸をして思い出すのは先ほどの会話。要するに、しつこくて彼にゾッコンな彼女が私で、思わず冷たい態度を取ってしまうくらい好意がなくて別れたい彼氏が、私の彼氏で。なんかもう情けなくなってしまった。なんであんな人を好きになったんだろうとか、酷いことを言われようと許してしまうくらいにはまだ好きなんだとか色々な感情が混ざり合ってもう涙が溢れてきて大変だ。無意識のうちに体を持ち上げ足が動く。気がつけばついていた場所はいつものおなじみのお店だった。
「いらっしゃいまー…って!なにそのひどい顔!」
「梓ちゃーん!」
「なまえちゃん!?どうしたの!?なんかあった?と、とりあえずカウンター!あそこ座って?」
「ひっ、う、あり、ありがとう…」
泣きじゃくりながら梓ちゃんに連れられてカウンター席に座った。周りのお客さんはなにがあったんだと言わんばかりの目を向けられていて多少恥ずかしかったが、そんなことは気にならなかった。出されたおしぼりで顔を抑えてとりあえず落ち着くことを優先する。えぐえぐと泣いていたがだんだん感情が抑えられて落ち着いてきた。まだ鼻はすんすん鳴らしているけど、もう大丈夫そうだ。おしぼりと一緒に置かれていたお水を一気に飲んでポーチを取り出しカウンター迎えにいる梓ちゃんにメイク直してくると伝えてトイレにこもった。鏡に映った顔は案の定酷いことになっていて目の周りはパンダだし鼻周りのファンデも取れて素肌が出てる。前髪もぐしゃぐしゃだし、はあとため息をついて1つずつ直していく。やっと見せれる顔になってトイレからでてカウンターに座れば真剣な顔をした梓ちゃんにどうしたの?と問われたのでゲンドウポーズをしながら私からも質問をした。
「ねえ、梓ちゃん。付き合う定義ってなんだと思う?」
「え、いきなり?つ、付き合うってそりゃあ好きだから?」
「だよね?そうだよね?梓ちゃん今彼氏いる?好きな人とか」
「なによ、急に…い、いないわよー」
「そう、じゃあ梓ちゃんは相手のどんなところをみて、あーこの人と付き合いたいなあって思う?」
「そ、それは…一緒にいたいなってもっと良く知りたいなって思ったら、じゃない?」
「ですよねー!」
なにが聞きたいの?とジト目で見られるが私自身もなにが聞きたいのかよくわからない。ただ、私はなんで彼と付き合ったんだろうってさっきから頭をぐるぐる回していた。その時、丁度カランカランと来店を告げる音がしてそっちに顔を向けたらめちゃくちゃいいところに蘭ちゃんとコナンくんが立っていた。私は思わず蘭ちゃんに近づいて引っ張るように私の席の隣に座らせる。若干引いているのは見て見ぬ振りだ。またもやゲンドウポーズをしながら私は蘭ちゃんに問いた。
「ねえ、新一くんのどこが好き?」
「え!急に!なんなんですか!もうやだあ!」
「お願い教えて!このままだと好きのゲシュタルト崩壊しちゃうの!」
「ええ!だ、大丈夫ですか!?…えぇと、新一の好きなところ…ホームズのことになると夢中になるところ、とか推理になると真剣になる顔とかあと…なんだかんだ私を守ってくれるところ、ですかね」
えへ、と顔を赤くして照れる蘭ちゃんに隣でそっぽを向きながらこれまた照れてるコナンくん。いやいやコナンくんが照れるところじゃないからねと心でツッコミを入れてそのまま机に伏せた。だめだ、蘭ちゃんの話でお腹いっぱいで胸焼けしそう。好きが溢れてこっちまで恥ずかしくなってきた。高校生はちゃんと純愛しているのか…と羨ましくなってきてまた少し泣きそうになった。そしたらコナンくんが私の裾を引っ張ってきた。
「ねえねえなまえさん、どうして蘭ねーちゃんにそんなこと聞くの?」
「いやあ…ちょっと色々あって…」
「色々って?」
「…ミステリーが生まれてしまったのよ」
「なにそれ!僕、詳しく聞きたい!」
「子供にはまだ早いの!こんな薄汚れた話、聞かせられない!!」
「では、大人の僕になら話してくれますか?」
コツコツと靴をならしながらスタッフルームから出てきたのは最近ポアロで大人気のイケメン店員安室さんだった。話を聞かれていたことに唖然としたし、安室さんみたいに綺麗な人にもこんな話は聞かせられない。どう言い逃れしようかと迷っていたら梓ちゃんが「間違ってたらごめんね、もしかして彼氏となんかあった?」…あぁ話さなければならない雰囲気になってしまった。
「電車、に乗ってたら…ぐ、偶然後ろの人の会話が聞こえてきて。カップルの喧嘩の話だったんだけど、彼女がしつこいからもう別れたいって、言ってて。それでその、偶然顔がみえちゃって…そしたらそれが…」
「あなたの彼氏だったと、そういうわけですね?」
「は、はい…そうです…」
「それでなにがミステリーなんです?」
「……一番初めに思ったのが、別れるのが嫌だって。でも、なんで嫌なのかわからなくて。好きじゃないって聞いてそれを純粋に受け入れてしまって…。私も彼のなにが好きだったか、考えたけど、出てこなくて…」
「なるほど。別れたくないけど彼のどこに惹かれたか自分でもわからなくなったと」
「はい…」
「うーん、僕に言わせればそんな最低な彼氏はさっさと別れた方がいいと思いますが、離れたくないんですよね?」
「は、はい…」
「安室さん容赦ないわ…」
「あ、すみません…つい。では、思い出して見てください。そしてこれを口にして。彼といてどんなことが楽しかったですか?」
楽しかったこと…?そんなのいっぱいある。初めてご飯に行った日猫舌のくせに熱いスープを飲んで笑わせてくれたこと、周りのカップルが手を繋いでいるのを気にしながら指を一本ずつ繋いだ手。お酒を飲まないと勇気が出ないからと少し酔っ払いながら抱き締めてくれた腕。優柔不断だからいつもなに食べるか悩んでいる横顔…言い出したらきりがない。ひとつひとつ言葉にしながらゆっくり思い出してきた。だから一緒にいたいって思ったんだ。は、として目の前にいる安室さんの顔を見たら優しく微笑まれて、答え出ましたね、と言った。
「ちゃんと話し合います」
「それがいいと思います。」
「私、応援してるわ!がんばれ!」
「私も!なまえさんの気持ち届くといいですね!」
「僕も応援してるよー!」
みんなありがとう!!なんて感激の涙を見せながら励まされて、彼とちゃんと話し合おうと、向き合おうと決めて私は彼と会う約束を取り付けた。しかし、その1週間後。私はまたポアロに泣き寝入りするはめになった。
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「わがればじだー!!」
「えー!なんでー!話し合ったんじゃないの?ちゃんと伝えてきたんでしょう?」
「う、うん!でも、彼が、わか、別れるの一点張りで…!」
ポアロに入店してすぐにカウンターへ走ってきて梓さんに飛びつく女性に驚いてしてしまった。すぐにこないだの事を言っているのがわかったけど結果は良くない方に言ったらしい。バカだなあ、この人。なんて思いながらも顔には出さない。今の僕は優しい安室透だからだ。熱いおしぼりももって彼女に近づく。
「なまえさん、大丈夫ですか?よかったらどうぞ」
「あ、あむろさぁん…」
「ほらほら泣かないで、せっかくの顔が台無しですよ」
ふ、と笑って対応する。安室さん優しさが身にしみる…と余計泣き出してしまったのは予想外だったが、すぐに次の対応にうつった。あまり人のいない時間帯でよかったとホッとしながら暖かいココアを入れて彼女の目の前に差し出す。なんだこれは、という表情をされたが口に人差し指を置いて僕からのサービスですよと言えばすぐに泣き止み変な顔でお礼を言われた。
この間、相談に乗った時はめんどくさい人だなと思いながら彼女をいい方向に向かわせたが、結果が結果だったのでまた落ちこんでいるらしい。まあ男女の仲は難しいからな、どっちかが好きでもどっちかが好きじゃないならうまくいかない。しかも話に聞くと相手は結構最低なやつだ。そんな相手のために涙を流せるなんておめでたい人だな。ちょびちょびココアを飲む彼女をみて小動物を連想してしまったのは仕方ない事だとは思う。おいし、と呟きながら小さく笑う。本当ころころ表情が変わる人だ。
「落ち着きましたか?」
「はい…騒いじゃってすみません…」
「いえいえ、少し元気になったみたいなのでなによりです」
「ありがとうございます…」
「それにしても、なんで別れることになったの?」
「…私は思ったことちゃんと言ったの。好きになったきっかけとか嫌になったこともあるけど、そこも含めて好きでいたいから一緒にいてほしいって…」
「そしたら彼はなんて言ったの?」
「ごめん、でももう…好きな人がいるって…」
「え!なにそれ!!別にいたってこと!?」
「そうゆうことみたい…」
だから僕は別れた方がいいと言ったんだ。最低な男はどこまでいっても最低だな、フラれる前にフってやればよかったものを…と思っていると梓さんも同じことを思っていたようで、そのまま口に出していた。でもまだ失恋のショックを引きずっている彼女にはキツイ言葉だったようでまた涙を浮かべ出した。忙しい人だなまったく。
「納得いかないけど…でも、終わったことだし、忘れよう、と、してるんだけど…」
「なまえさん…」
「やっぱり忘れられなくて…」
「あのね、なまえさん。忘れなくていいと思うの。」
「え…?」
「辛かったこと悲しかったことは忘れて、楽しかったこと嬉しかったことは覚えていたらいいんじゃないかしら」
思い出に浸るくらい自由でしょ?そう言う梓さんはとても優しい表情をしていた。さすが梓さん、言葉に説得力がある。僕もそれには賛成です、と隣で食器を拭きながら笑いかける。
「あ、でも物は捨てるのよ!もらって嬉しかった物でも残してたら次に進めないからね!」
はっとした表情をした彼女は梓先生の言うことが身に染みているようだった。
あれから数日が経って、ポアロの買い出しをしてお店に戻ろうとしてた帰り道。ふと前を見たら髪をバッサリ切って服装の系統も変えたなまえさんがいた。
「あれ、なまえさん?」
「わ!安室さん!」
「髪、切ったんですね」
「イメチェンってやつです」
えへへーと笑う彼女に似合ってますよと言えば軽く照れていた。もうあの男のことは忘れられたのか、と聞けば貰ったものは梓さんに頼んで捨てて貰ったそうで、今は考えないように頑張っているそうだ。そんな努力しないで自然と思い出さなくなるように彼女の隣に釣り合うような人が現れてくれればと祈った。
「なまえさんは何してるんですか?」
「気分転換に買い物をしようと出掛けてたんですが、買う気が起きず…」
「なるほど、そう言う日もありますよね」
「はい…なので安定のポアロに行こうと!すみません、なんかいつもお世話になっちゃって…」
「いえいえ、ご贔屓にしてくださって僕も嬉しいですよ」
「えへへ、安室さんは買い出しですか?」
「はい、ちょっと買いすぎちゃって」
「片方持ちましょうか?私の右手空いてるんで!」
「いえいえ!女性にそんなことさせられないですよ」
そう言って彼女の前を歩いた。小走りですぐ隣を歩く彼女と他愛もない会話をしながらポアロに向かっていた。すると彼女が前に乗りだして僕に質問をしてきた。
「そういえば、安室さんって探偵なんですよね?」
「そうですよ。なにかお困りごとでも?」
「あ、いやいや。最近解決しましたし…」
「そうでしたね」
「探偵してて、一番大変だったこととかってありますか?」
「大変…ってほどでもないですけど、依頼された女性に惚れられてしまい…ストーカーまがいな事をされたことはあります」
「整った顔をお持ちですとやっぱり大変ですね…」
「いやいやそんなことはないですよ」
「いやいやそんなことあるんですって、自分の顔鏡でみたことありますよね?」
「毎日みてますね」
「その顔が世間でいうイケメンなんですよ!…とゆうか安室さん彼女いるんですか?」
「……僕は彼女を作らない主義でして」
「へえ!そうなんですね!もったいない!」
「いやいや」
「彼女を作らないしゅ……え、もしかしてゲイですか?」
「違います」
「即答でしたね、冗談ですよー」
くすくす笑う彼女をみてこっちまで笑ってしまう。おかしな人だ。さっきまで寂しそうな顔をしていたくせにもうこんなに笑ってる。本当に表情が忙しい人だなと思っていたら急に彼女が立ち止まって、強張った顔をしながら下を向いた。心配するように顔を覗き込めば硬く瞼を閉じていて何かに怯えているようだった。どうしたんですか?となるべく優しく問いかける。そしたら小さい声で彼がいると答えた。疑問に思って彼女の前方をみたらスマホをいじっている男性がいた。視線に気付いたのかこっちを向いて話しかけてきた。
「あ、なまえ!」
「…!」
「こないだ言ったことなんだけどさ、やっぱり取り消さねー?俺らやり直せると思うんだけど」
図々しく彼女に話しかける男は例の元カレらしい。腐ってもコイツは最低だなと思いながら2人の間に立つ。態とらしく「何の用ですか?」と聞くと不快そうな顔をして「誰だよ、お前。なまえのなんなんだよ」と言い放ってきた。あくまでもまだ自分の所有物として彼女を扱う気なのか、まったく呆れた男だ。
「なまえさん、知り合いですか?」
「っ!」
「知り合いもなんもおれら…!」
「知らない!」
「は?」
「こんな人知らない…」
勇気を出して言葉を発した彼女によく出来ましたと頭を撫でて、自分が持っていた荷物を少しの間、彼女に持っていてもらう。知らないと聞けばもう用はないだろう。さっさと立ち去ってもらおうか。
「知らない人と言ってますので、どうぞお引き取りください」
「は?ちょ!なんだよ!知らないって…!痛っ!」
「帰れって言ったのが聞こえなかったのか」
彼女に掴みかかろうとした腕を掴んで捻って背中につける。痛そうに顔を歪ませて倒れ込んだ。関節を外す直前まで痛めつけて彼女から距離を取る。最後に彼の耳元で彼女にも聞こえるように言葉を言い放った。
「二度と彼女に近づくな。いいな?」
ドスの効かせた声を出してやれば男はうんうん頷いてその場から立ち去っていった。呆然としていた彼女に安室透の顔をして荷物を受け取り早くポアロにいこうと言う。
「やば、かっこいい…」
惚れそう…。
その言葉は聞かなかったことにした。