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09

会社帰り、夜ご飯を買いにスーパーへ寄った。いつものお惣菜コーナーに足を運んで、まだ残っている食材を手にとって食べたいものを考える。コロッケもいいなぁ、でもこの唐揚げも美味しそう…。たまにしか自炊しないわたしにとってここは天国と言っても過言ではない。毎日毎日、仕事に追われて帰ってきてご飯作るなんてそんなことは出来ないし、休みの日に作り置きをしようしようと思いながら1日はすぐに過ぎていく。結果、スーパー様様に頼りっきりで、わたしの胃袋をしっかりキャッチしてくれているのだ。

うーん、焼きそばも捨て難いなぁと悩んでいた時にスマホがなって確認してみるとメッセージが入っていた。送ってきたのは零くんで、それにはご飯作って待ってるから“早く帰っておいで”とのことだった。何あの人、わたしより目まぐるしい生活を送っていてもご飯はしっかり作るなんてめちゃめちゃできる男じゃない…!さすが、トリプルフェイスを使い分けるだけあるな…、と感心しながらすぐ帰るよと返信する。ついでに、スーパーにいるけど何かいるものある?と送るとすぐに“寄り道してないでさっさと帰ってこい”というメッセージが届いた。心なしかなんかさっきのと温度差が違うな…と苦笑いしながらスーパーから出ようとして思いとどまる。

「お酒くらい買ってってもいいよね」

誰に言ったわけでもない独り言を呟いてお酒コーナーに向かった。缶チューハイ、ビール…んー、零くんいるならウイスキーにしようかな、と足を動かして、ウイスキーの売り場を見ながらあれを探す。

「えーっと、あ!あった!っあ、すみま…せ、ん…」
「いや、こちらこそすみません」

零くんと言えばバーボンだよね、と見つけたそれに手を伸ばしたら丁度隣にいた人も同じのを取ろうとしたのか、手が当たってしまった。すぐに謝って横を見てみるとあら、見たことあるこの人。

「どうぞ、僕は後ろにあるやつを取るので」
「あ、いや、やっぱやめようかな…」
「どうして?これを探していたんでしょう?」

これと言ってその商品をとってわたしに差し出してくる男の人、もとい沖矢昴さん。なんでこのスーパーにいるんだろうか、ここは米花町から結構離れているんだけどな…絶対この人の買い物領域じゃないよね…、と困惑していたら「どうかしましたか?」と声をかけられた。それに動揺しながらどうもしないです、と返すと小さく笑った気がした。

「遠慮なさらずに、どうぞ」
「あ…じゃあ、すみません…ありがとうございます、では…」
「バーボンお好きなんですか?」
「え、あ…その…」

では、って言ったよね。わたしはそのままバーボンを受け取って帰ろうとしていたのにまさか引き止めてくるとは…!バーボンが好きなのはあなたでしょう、と言いたかったのだが、それに言ってしまえばベルモットの二の舞になってしまう。そこは学んだぞ、あんな怖い思いはもう絶対にしたくない…!

「すみません、怪しいものではないですよ。つい、手と手が触れ合ったから何か縁でもあるのかと思いまして」
「し、小説かなにかの読みすぎでは…?それに、そういうの…もう古いですよ…」
「あれ?そうでしたか?僕としたことが…すみません」

手で頭をかきながら恥ずかしそうに笑う沖矢さんの可愛さに少し気が動転してしまった。この人が本当にあのクールで大人な赤井さんというのだろうか…!少しわたしのいい男フィルターがかかっているのかもしれない、そうだこれはわたしの妄想なんだからそうに違いない。絶対そうだ…!

「では…これで」
「はい、引き止めしまってすみませんでした。」
「いや大丈夫、です…それでは」
「はい、もう夜なので帰り道気をつけてくださいね」

みよじなまえさん。
フルネームで名前を呼ばれて背筋が凍った気がした。このまま振り向いてはダメだ、と思い早歩きでレジに向かいすぐに袋詰めしてスーパーを出てバーボンを抱えながら家まで全力疾走をした。途中何度か躓きそうにもなったけれど、気合いで踏ん張りそれはもう女子を捨てて帰ってきた。マンションの玄関に入ってすぐに限界を迎えてしゃがみ込む。
なんだ、なんだったんだ、なんであの人がわたしの名前を知っているのだろうか。ベルモットとは逆の展開で、めちゃめちゃ焦った。知らない人が(いや実際は知ってるんだけど)いきなり自分の名前を呼んだらこんなに怖いものなのね…そりゃベルモットも拳銃向けて威嚇してくるわ…その節はどうもすみませんでした…!はぁはぁと息を切らしながら数分そのまま座り込んでいたらマンションの中から急いで走ってくるような足音が聞こえて、そちらを向いた。

「…?あ、零…くん?」
「なまえ!何をしていたんだ!こんな遅くまで!」
「ご、ごめん…ちょっと…」
「どうした?何かあったか?痴漢にでも襲われたか?」
「いや!そんなことはなかったんだけど…」
「じゃあ、なにがあった!」

沖矢さんに会いました。なんて言ったら零くんはきっと怒り心頭だろう。口が裂けてもそんなことは言えない。でも息を切らしながらマンションの玄関に座り込んでいるこの状況をなんて説明すればいいんだろう。うーん、と悩んでいたらガバ!と零くんが抱きついてきた。

「中々、帰ってこないから…心配したんだぞ…」
「ご、ごめんなさい…」
「せっかく作った食事も冷めてしまったよ」
「わたしが温めなおすよ」
「じゃあ、お願いしようか」

2人して抱き合いながら落ち着いて、ゆっくり立ち上がって手を繋ぎながらわたしの部屋に帰る。玄関を開けると零くんがおかえり、と優しく笑ってくれたのでただいま!と勢いよく抱きついた。それにも動じず、ちゃんとわたしを抱きしめてくれる零くんにやっぱりかっこいいなぁと、思った。

「じゃん!せっかくスーパー寄ったし、買ってきたの」
「…まさかこれを買ってて遅くなったなんて言うんじゃないだろうな」
「ちが、いや、そうだけど…」
「言い訳があるなら言ってみろ」
「…だってバーボンだよ」
「それがなんだ」
「零くんも、バーボン」
「だからなんだ」
「…なんでもありません」

もうなにも言えなくなってしまったところで、両手を上げて降参する。零くんの飴と鞭は本当に手厳しいな、と思いながら作ってくれていたクリームシチューを火にかける。とろとろで美味しそうだなぁ、混ぜていたら腰に手が回って背中に温もりを感じた。

「…あまり可愛いことをするな」
「え?したっけ?」
「僕のこと思って買ってくれたんだろ」

わたしの肩に顔を埋めながらこもった声でそんなことを言う零くん。なんだかんだ、嬉しかったのかなとうまく甘えられない子供みたいで零くんの方が可愛い。

「あとで、晩酌しようね」
「あぁ、その前に食事だな」
「…ねぇもしかしなくてもこのシチューにセロリ入ってる?」
「当たり前だろ、それがどうしたんだ」
「…いや、別に」

本当にセロリ大好きだな、とシチューを混ぜながらどうやってセロリをお皿に乗せずに出来るかを必死で考えた。