Please keep holding my hands.


確かナマエが俺の誕生日にわざわざスタバのチケットを送ってくれたから、なんかお返ししねーとな、と思って聞いたんだった。

「ミョウジさんって誕生日いつ?」
「え?あ、12月19日です」
「千冬と一緒じゃん」
「ちふゆ?」
「あー、前に言ってた、団地で黒猫飼ってるダチ」
「へぇ、ちふゆさんって珍しいけど素敵な名前ですね」

ナマエとのやりとりを思い出すのと同時に、この一言にすらちょっとイラッとしたことをついでに思い出して、コイツのこととなると途端に心が狭くなるのも余裕がなくなるのも相変わらずだな、と小さく溜息を吐いた。それから一虎から送られてきたメッセージを確認して更に大きな溜息を吐き出す。

『19日の夜20時集合。いつもの店な』

毎年恒例、誰かの誕生日は集まれるやつで集まって飲み会。ただ飲んで騒ぎたい名目に誕生日っていうのはちょうどいいらしい。今年の俺の誕生日は彼女がいるからと翌週の金曜日に開催された。「なー誕生日カノジョに何貰った?」「場地が女と暮らしてるって想像つかねーわー」と俺の両脇に座る一虎とマイキーに一生茶化されて終わった。まぁ、そんなことは今はどうでもよくて。千冬の誕生日と彼女の誕生日。そりゃ世間一般で言えばナマエを優先させるべきなのはわかっているんだけど。

「前に19日は千冬さんの誕生日って言ってませんでしたっけ?」
「そう、だけど」
「飲みに行かないんですか?」
「まぁ…飲み会はあるけど、」

当たり前のように「え、行かないんですか?」と首を傾げるナマエに頭を抱えたくなる。いや、なんでだよ。「お前だって誕生日だろ」と言うと「なんか昔からクリスマスと一緒にされること多くて、別に当日に祝わなくてもいいかなって」どうせ平日だし、仕事もあるし、いっそクリスマスの方が誕生日感あるんですよねぇ、と特に気にする様子もなく向かいの席で夕飯を食べる手を進めている。それでいいのか?そんなもんなのか?そういや千冬も「誕生日とクリスマスは基本セットなんでケーキもプレゼントも1つっスよ」って言ってたな。いやいやいや、それがだめだってことはさすがの俺にもわかる。

「友達付き合い大切にしてくださいよ」
「…お前が絶対行けって言うなら行くけど」
「わたしに構わず楽しんできてくださいね」

「その代わり、クリスマスは楽しみにしててもいいですか?」と少し恥ずかしそうにはにかんだ顔にはやっぱり弱いらしい。誤魔化すように「わかった」とだけ返して、ナマエが作った、うちの母親が作るものよりも少し味の薄い味噌汁を啜った。


「えっ、場地さんそれで本当にきちゃったんスか!?」
「…うるさ」

「それはだめでしょ!何やってんすか!」と耳元できゃんきゃん喚く千冬から距離を取る。そもそも千冬に女がいればこの会も開催されなかったわけで。手にしていたビールを煽りながら「お前さっさと女作れよ」と吐き捨てると、「会社の可愛い後輩に手出して同棲し始めたばっかの場地さんは幸せそうで良いですね」と小さく睨まれた。

「それクリスマス本気でやらないといけないヤツっすよ」
「うっせーな。言われなくても分かってるわ」
「えー、プレゼントはもう渡したんでしょ?何あげたんスか?…指輪?」
「…っ、ちげぇわあほ!」

勢いのまま千冬の後頭部を叩いたら、パシンと思いの外良い音がした。夜中の出来事を思い出して、胸の奥を掻きむしりたくなるような衝動に駆られる。

誕生日に放ったらかして外に飲みに行ってるんだから、クリスマスはちゃんとしないといけないことぐらい俺にだって分かっている。だから柄にもなくあれこれ悩んで、悩みすぎた挙句に指輪を買って、買ったそれをしばらく眺めたあとに「…さすがにこれは渡せねぇだろ」と鞄の奥深くに仕舞い込んだ上で別のプレゼントを用意した。マジで我ながらきもい。昨日、というか今日の夜中、日付が変わってすぐに渡したプレゼントに、ナマエが何度も瞼をぱちくりとさせて俺の手元と顔を「え?えっ?」と言いながら交互に見ていた。

「…なんだよ」
「えっ、だってクリスマスのディズニーって、だってチケット取れ…え!?」

いつもテレビでやっている特集を観ながら「行きたいなぁ」とぼやいていたし、今年だけでも数回同期やら友達やらと行っていたから、これなら間違い無いだろうと思って用意したテーマパークの入場券。ちなみに海の方。ちょうど今の部署にナマエと仲の良い同期で、そういうのに詳しい女子社員がいたから恥を忍んでお願いしてクリスマス当日のチケットを手配してもらった。

「だって、クリスマスってめっちゃくちゃ並ぶんですよ!?どこも人だらけで!ご飯食べるのも!トイレ行くのも並ばないといけないんですよ!?」
「別に、行きたくねーならいいけど」

そんなこと言ってません!と俺の手から慌ててチケットを奪ったナマエが、「行きたい!絶対行きます!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。

「クリスマスにディズニーデート?場地さんが?」

正気っすか?と虚な目で酒を煽る千冬が「こんなん俺の知ってる場地さんじゃねー」とケタケタと笑う。「でも女に振り回されてる場地さんてなんか良いっすね」と机に頬を引っ付けながら、今度はへらりと力無く笑った。俺はこの日何度目かわからない「うるせーな」というセリフと共に千冬の頭を軽く叩いた。誕生日とクリスマスと、あと付き合い始めて1年の記念日も12月25日だったから。ついうっかりらしくもないデートプランを用意してしまったわけである。


クリスマス当時の朝は7時に叩き起こされた。昨日まで「本っ当に良いんですか?」とか言っていた割に、こいつはこういうところがある。

「…いや、そんな薄着じゃ無理ですよ。12月のシー舐めてるんですか」
「あ?大丈夫だろ」
「ちゃんと防寒していかないと、夜になってからブランケットとかマフラーとか買い足すはめになりますよ。キャラクターの、かわいいやつ」
「………」

俺がそんなものを身につけているところを想像しただけでキモすぎて寒気がする。結局ナマエに言われるがまま分厚いニットとダウンに着替えた。

「場地さん、わたし今めちゃくちゃ浮かれてます」
「…だろうな」

そわそわしながら列に並ぶナマエの様子は微笑ましいけれど、開園前の入場口にずらりと並んだ人を見るだけで既に帰りたい気持ちしかない。寒いし。そんな俺を見上げながら少し困ったように笑うナマエが、「実はね、彼氏と来るの初めてなんです」と小さく呟いた。

「いつも行きたいって言っても興味ないって言われて…場地さんもこういうところ、本当は興味ないですよね」

「だから、本当に嬉しいです。ありがとうございます」と目尻を下げて笑った。元カレの話なんて別に聞きたかねーけど、そんなことを言われたら俺の単純な脳みそは人混みでも寒くても連れてきて良かったと思ってしまう。と、まぁそんなことを考えていたのもやっぱり最初だけで、数少ない喫煙所で煙草の煙を肺いっぱいに取り込んでから、はぁ…と大きく吐き出したのは8割ぐらい溜息だった。帰りてぇ。アトラクションはまだ良い。俺でもそこそこ楽しめる。絶叫系とかは元々好きだし。ただもうよくわかんねー亀に絡まれたのがマジで無理だった。ぼーっと眺めていたらいきなりマイクを向けられて、無理やり謎の挨拶をさせられて、羞恥プレイもいいところだ。マジで最悪。居た堪れない俺を他所にみんなからの爆笑を一人で掻っ攫っていく亀を意味もなく睨みつけてしまうぐらいには最悪だった。隣にいたナマエは笑いを堪えるのに必死だったらしく、手で口元を押さえて小さく肩を揺らしていた。もう一度深く吐き出した煙がいつもより白くはっきり見えるのは、それだけ気温が低いからだろう。ナマエの言う通り厚着してきて良かった。それでも寒ぃけど。

「あ、場地さん」

喫煙所の近くで壁を背にして立ったまま、来て早々に買ってやった入れ物に入ったポップコーンを摘んでいたナマエに声をかけると「もういいんですか?」と聞かれた。

「…お前ずっとポップコーン食ってて飽きねーの?」
「飽きないしお腹もいっぱいにもならないんですよ」

家だと飽きるのに不思議ですよねぇ、と歩きながらまたひたすらポップコーンを口に運ぶナマエの頭の上では、これまた着いてすぐに買ってやったよく知らないキャラクターの耳が揺れている。買うときに「お揃いしたいです」と言われたけれど、それは即却下した。

「場地さんも食べます?」

はい、と差し出されたそれを口元に持ってこられる。あほか、と頭を叩くと「こんなとこで誰も他人のことなんか気にしてませんよ」と笑われた。お揃いの被り物をしたり、当たり前のようにベタベタと引っ付いたり。千冬なら気にせずやりそうなだな。確かにカップルで溢れ返るクリスマスのテーマパークでは他人のことなんて誰も気にしちゃいないんだろうけど、さすがに自分がそういうことをする気にはならない。ナマエもそれを分かっていて言っているんだろう。楽しそうに綻ぶ口元がかわいくてちょっとムカつく。



場地さんが覚えてるかは分からないけど、12月25日は付き合って1年の記念日だったから、「クリスマスは楽しみにしててもいいですか?」なんて言ってしまったわけだけど。まさかディズニーデートを、あの場地さんが、してくれるとは夢にも思わなかった。

イースターもハロウィンも好きだけど、クリスマスのパークがやっぱり1番好きだなぁ。少しずつ暗くなるにつれてキラキラと輝き出したパークを眺めながらぼんやりと考える。なんでディズニーで飲むココアってこんなに美味しいんだろう。外だからだろうか。普段でも十分非日常感を味わえるけれど、クリスマスシーズンはとりわけそう思う。大きなツリーにも、園内に流れる音楽にもずっとわくわくしている。そんなわたしに呆れたように半歩後ろから追いかける場地さんにほんの少し申し訳ない気持ちはあるけれど、楽しいものは楽しいんだから仕方ない。場地さんがお喋りな亀に絡まれたときのものすごーく嫌そうな顔にすらきゅんとしてしまうぐらいには浮かれている。ゆるんだ口元が引き締まらなくて、多分ずっとだらしない顔をしてしまっていると思う。何も言わずにわたしが乗りたいと言ったアトラクションに付き合ってくれて、長蛇の列にも文句を言わずに並んでくれる。欲を言えばキャラクターと3ショットの写真も撮りたかったけれど、カチューシャと同じように却下される未来が見えるので言わなかった。

陽が落ち始めると辺りが暗くなるのはあっという間で、園内はいつの間にか夜の煌めきを増していた。心なしか昼間より人が増えている気がする。帰るときになんとなく切なくなるのはいつものことだ。本当はもうちょっと居たかったけれど、遅くなればなるほど帰りの電車も混むし、別にまた来れるし。そう思って「そろそろ帰りましょうか」と、軽く振り向いた先にいた場地さんの手をこの日初めてゆるく握ると、なんとなく遠慮して今日1日繋げなかった手は、思いの外強い力で握り返された。

「閉園までいれば良いだろ」
「でも、今日はもう十分楽しみましたよ」
「あのなぁ…」

「誕生日も兼ねてんだから、もっとわがまま言えよあほ」そう言って赤くなっているであろう鼻を摘まれて、ぎゃ、なんて色気のない声が出てしまった。「すげー顔」って笑う場地さんの顔をちらりと見上げる。ズルいなぁ。そんな顔されたら、わがままを言いたくなってしまう。もう十分って思っていたはずなのに。別々の家に帰るわけでもないのに、もっと一緒にいたいだなんておかしな感情が湧き上がってくるんだから困る。

「…ショーも観たい、です」
「うん」
「本当は、手も繋ぎたいです」
「うん」
「ぬいぐるみも欲しいです」
「いっぱいあんじゃねーか」
「あと場地さんもカチューシャ、」
「調子乗んな」

どこまで許容されるのかなと思って言ってみたら、繋いでいない方の手で頭を軽く叩かれた。そこはブレないんだ、と笑って、大きな手をきゅっと握り返した。

ショーを観ているときにふと隣を見たら「うわ、ミッキーすげー」って場地さんが言ってて、ちゃんと楽しんでくれてるのも嬉しいけれど、その一言があまりにも可愛すぎて思わず1人で悶絶した。なんだこの人のこのギャップ。ずるい。ずるいにも程がある。ショーが終わって立ちあがろうとしたら、「ちょっと待って」と引き留められた。周りの人が引いていく中、ほとんど誰もいなくなったときに、財布とキーケースぐらいしか入っていない小さな鞄から取り出した小さな箱を手の中に落とされた。

「プレゼント」
「えっ、プレゼントって、だって今日いっぱい買ってもらったし、チケットも…」
「それだけなわけねーだろ」
「………開けても良いですか?」

小さく頷いた場地さんとは目は合わない。恐る恐る開けたその中に入っていたのは、箱の形から予想していたものと同じもので。

「あ、の…」
「深い意味はねーから」

だから別に深く考えずに受け取ってくれていいから、と早口で続けた場地さんが今どんな顔をしているのかは暗くてよく分からなかった。

「深い意味、ないんですか?」

「記念日だし、ちょっと期待したのに」わざとらしくそう言って箱から取り出したゴールドの華奢な指輪は確かに婚約指輪というよりはファッションリングに近いデザインだとは思う。右手の薬指に嵌めようとしたら、「分かっててそういうことすんのやめろ」と怒られた。「だって場地さんが深い意味はないって言うから」なんて、ついムスッとした声を出して子どもっぽいことを言ってしまったわたしの手から指輪を奪われる。

「……別に、ただ今すぐどうとかじゃなくて、」
「はい」
「そのうちそうなれたらいいなっていう、なんつーか…俺の希望」

はい、と声に出そうとしたけれどできなかった。絶対泣くと思った、と呆れたように笑う顔が好き。目尻を拭う少しかさついた指が、好き。

「ほら、手出せよ」
「ぅ、はい…」

差し出した左手の薬指に、ゴールドの指輪がはめられた。パークの電飾が反射してキラキラと輝いている。…やばい、結構高そうだなこれ。

「…お前それ会社で着けたりすんなよ」
「しませんよ。キズついたらいやだし」

手洗うときも洗い物するときも絶対外します。と言うと、「じゃあいつ着けんだよ」と笑われた。

「場地さん、」
「ん?」
「わたしからも、クリスマスプレゼントあるんですけど」

場地さんからの素敵なプレゼントのあとに出すのは躊躇われるけれど、鞄から取り出した同じく小さな箱を渡す。わたしが貰ったものよりも薄い長方形の箱。「開けてい?」と聞かれて、小さく頷いた。

「キーケース?」
「今のも長く使ってるみたいだったから、気に入ってるものなのかなって思ったんですけど…その、前にフックが壊れて鍵落としかけたって言ってたから、あの、大したものじゃ」

ないんですけど…と続けようとした言葉は場地さんの唇に吸い込まれた。だって、いくら周りに人がいないとはいえこんなところでこんなことをされるなんて思わなくて。「ありがとな」と、ぼけっとするわたしの頭を少し雑に撫でたあと、「…帰るか」とぼそっと呟いて立ち上がった場地さんの後ろを慌てて追いかける。

「場地さんって、」
「なんだよ…」
「そういうところありますよね」
「どういうところだよ」
「かわいいところ」
「嬉しくねーわ」
「照れ隠し」
「うるせーな」

お前はだんだん生意気になってきたよな、なんて言われてしまったけれど、弛む口元は抑えられない。左手の薬指に感じる違和感が早く馴染めば良いのに、なんて考えながら、大好きな手に指を絡めた。

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