Novel - Deep blue | Kerry

まぼろしの
青に溺れる

2

自分の家のものよりもずっと寝心地の良い布団の中で目を覚ました。ふかふかの布団と真っ白なシーツ。見慣れない照明と家具、そして隣に見覚えのない男性が寝ていることに気が付くと、心臓が一度大きく跳ねた。それから寝起きの頭をフル回転させて、昨日の出来事をなんとか思い出す。

うわぁ、やってしまった…。友達からそういう経験談を聞いたことはあったけれど、まさか自分が旅先で出会ったばかりの男性と一夜を共にすることになるなんて思ってもみなかった。けれど、あんなの、もう忘れられるわけがない。今までしてきたえっちの中でダントツに気持ち良くて、身体だけじゃなくて心まで満たされるような行為。思い出すだけでお腹の奥の方がまたじんじんと疼き出してしまう。

隣で小さく寝息を立てて眠る千冬くんの寝顔を見つめる。ちょっと幼く見えるのがかわいい。ていうか睫毛長い。やっぱりかわいーのは千冬くんの方じゃん、なんて思いながら、ふに、と見るからに柔らかそうな頬をつついてみる。はぁ、肌も綺麗だなぁ。

「……ナマエちゃん?」
「あ、ごめん起こした?」
「んーん、おはよ」
「おはよう」

ゆっくりと瞼を持ち上げた千冬くんの、寝起きの掠れた声に思わずドキッとしてしまう。寝る前と同じように腰に腕を回されて抱きしめ直されると今更恥ずかしくなってきて、千冬くんの胸元にぐりぐりと額を押し付けた。「どうしたの?」と小さく笑いながら頭を撫でられると心臓がきゅんと音を立てた。昨日も思ったけど、千冬くんは甘い雰囲気を作るのが上手いというか、甘やかすのが上手いというか。ついその手に甘やかされたくなって擦り寄ってしまう。

「なんか、ちょっと恥ずかしくなってきた…」
「今更?」
「うん」
「そういうかわいいことされるとまたシたくなるんだけど」

え、という声を上げようと開いた唇に柔らかいものが押し付けられて、代わりに「ん…っ」と漏れ出た声が合図。隙間からぬるりと舌が入り込み、肌蹴たバスローブは簡単にその手の侵入を許してしまった。寝起きのあたたかい手で膨らみを優しく揉みしだかれて、甘い刺激に胸が震える。下唇を甘噛みされてゆっくりと離れた唇から細い糸が伝った。

「ほ、ほんとにするの?」
「うん」

シよ?と色っぽい吐息混じりの声を耳に吹き込まれて、奥からじゅん、と溢れてくるのが分かった。やばい。何がやばいかって、千冬くんに開発されてる感がとんでもなくやばい。

「あっ、あんっ、だめ…っ」
「すご、」

どんどん溢れてくる、なんて言われなくても分かる。昨日散々弄られてすっかり快感を覚えた突起を優しく指で擦られてビクビクと内腿が震える。あのときの快感をもう一度味わいたい。そう思うのに千冬くんの指は決定的な刺激をくれなくて、蓄積され続ける快感に頭がおかしくなりそうだった。

「も、それやだぁ…っ」
「これいや?好きじゃない?」
「ちが、ぁっ…も、んん〜〜〜〜っっ 」

分かってるくせに。ゆるゆると動き続ける指の刺激だけじゃ到底イけそうもなくて、恥ずかしいと思うのに指に押し付けるように腰が勝手に浮いてしまう。

「…イキたい?」

耳元でそう囁かれて、それだけで肌が粟立つのが分かる。シーツをぎゅっと掴み必死にコクコクと頷くと、意地の悪い笑みを浮かべた千冬くんと目が合った。

「やだ」
「えっ、ぁ…、あぁんっ」

脚を大きく開かれて、待ち望んでいた刺激に太腿がビクビクと痙攣し始める。激しく舌を動かされてゾクゾクと背中を絶頂が駆け上り始め脚がピンと伸びる。しかしあと少しというところでまたその動きを止められてしまった。

「ゃ、ぁっ、なんで…っ?」
「まだだめ」
「あんっ、やだぁ…っ」

熱が引いた頃に、愛液を掬った指や舌でクリを弄られる。なのにまた絶頂感が高まってきたところであっさり止められる。それを何度か繰り返されて、気持ち良いのに達することは許されない行為にやだやだとただ喘ぐことしかできない。昨日は散々イかせて今まで知らなかった快感を身体に教え込んだくせに、今日は一度もイかせてもらえないままひたすら敏感なところを責められて、本当にどうにかなってしまいそうだった。

「あぁっ、ちふゆく、んっ、おねがい…っ」
「ん?」
「も、イきたい…」
「昨日は怖いって言ってたのに?」
「もうやだ…意地悪しないで」

ふい、と顔を背けると「ごめんって」と眉を下げて笑いながら頭を撫でられてそのまま顎を掴まれる。正面から真っ直ぐに見つめられるとドキドキしすぎて死にそうだった。ちゅ、ちゅっ、と啄むようなキスをされたと思ったら下唇を甘噛みされて、熱い舌が強引に捩じ込まれる。

「ふっ、ぅ、んん゛〜〜〜〜っっ」

さっきまで緩い刺激を与え続けていた指がいきなり激しく動き出した。陰核をぐりぐりと押し潰したり2本の指で挟むようにして扱かれて、待ち望んだ刺激が身体中を駆け巡る。

「あぁっ、だめ、もう、イっ、ちゃうぅ…っんぁあっ」
「ん、こっちも」
「ぁっ、な、に…?ひっ、」
「気持ち良くなって」
「ぁあ゛っ!?」

もうイク、そう思った瞬間まだ一度も触れられていないのに既にはしたなく愛液を垂れ流していた場所に千冬くんのものが突き入れられた。絶頂して痙攣するナカがそれをぎゅうっと締め上げて、まるでそこで達したような感覚にびくびくと全身が震える。

「あぁっ、だめっ、も、ひぁっ、んっ」
「はー…かわい」
「やぁっ、あんっ、またイくっ、イっ、んあ゛〜〜〜〜っっ」
「イって、ナマエちゃん」
「あっ、あぁっ…イっ、くぅ…あぁんっ」

焦らされ続けて蓄積された快感が一気に弾けた。びくんびくんと太腿が痙攣して腰が大きく跳ねる。やだ、もう。こんなの、だめだ。こんなの知っちゃったら、もう戻れなくなる。本当に千冬くんじゃなきゃだめになってしまう。腰を激しく打ちつけられる度に乾いた音が部屋に響く。シーツを掴んでいた手を解かれてぎゅっと指を絡められ、登り詰める瞬間に唇を塞がれるとくぐもった声が出た。目を閉じて迫り来る快感に身を委ねると、ナカで千冬くんのものが小さく震えたのが分かった。



熱いシャワーを頭から浴びながらわたしもう何時間この部屋にいるんだろうってぼんやりと考えていた。せっかく高い部屋を予約してあったのに、ちょっと勿体無かったな。徐々に思考がクリアになると、途端にお腹が鳴り出した。そういえば昨日もおつまみしか食べてないや。ていうか今一体何時なんだろうか。シャワーを止めてバスタオルで身体を拭いて、またバスローブを羽織った。いい加減部屋に戻って着替えないと。でも、この部屋を出たらもう終わりなんだろうか。ドライヤーで髪を乾かしながら、それはやだなぁ、なんて考えていたら千冬くんが洗面所にひょこっと顔を出したのが鏡越しに見えた。

「ナマエちゃん」
「んー?」
「今日なんか予定ある?」
「特にないよ」
「じゃあ一緒にどっか行かない?」
「え、行きたい!」

勢いよく振り返ったわたしに、「じゃ、決まりな」とニカっと歯を見せて笑った顔が好きだなと思った。千冬くんは非日常の中で出会った相手で、たった一晩一緒に過ごしただけ。旅先のテンションのせいだとか、失恋の傷がそうさせているだけだとか、そんなことは分かっている。こんな感情を抱くのは良くないってことも、あとで余計に虚しくなるだけだってことも頭では分かってはいたけれど、それでもいいから今はこの人に甘えてしまいたいと思ってしまった。

朝食は部屋に運んでもらって、昨日の夜と同じようにバルコニーで食べた。昨日は全然テンションの上がらなかったバルコニーからの眺めが途端に輝いて見えるんだから、人の気持ちというのは単純なものである。

「天気良いなー」
「ね、暑くなりそう」

他愛もない話をしながらのんびり朝食を食べて、このあとどこに行こうかとお互いのスマホの検索画面を見せ合った。ドライブがてら水族館に行って、途中でお洒落なカフェとどこか車が停められそうなビーチがあれば寄る、というなんともざっくりとしたプランを立てて、10時半にロビーに集合とだけ約束をして一度部屋に戻った。

ベッドのシーツがほんの少し乱れているだけの部屋で慌ててスーツケースの中身をひっくり返す。彼に別れを告げられたのが旅行の10日前だったから、既に持って行く服はある程度決めていた。デートらしいワンピースをちゃんと持って来ていたことに心底ホッとする。あぁ、もうこんなことならちゃんとコテも持って来れば良かった。化粧をしてパーマの取れかけた髪をどうにかまとめた後、洗面台の下にヘアアイロンが置いてあることに気付いたのは約束の時間の10分前だった。


「ごめんね、運転させちゃって」
「いいよ。運転すんの好きだし」
「普段からよく車乗るの?」
「んー、まぁ…仕事でたまに」

レンタカーの助手席に乗り込んでシートベルトをしめる。わたしがロビーに降りてくるより前に、車のエンジンをかけてエアコンを付けておいてくれたらしい。さらっとそんなことをされると自惚れてしまいそうになるから困る。そういえば千冬くんがどんな仕事をしている人なのかも聞いてなかった。気にはなったけれど聞いてもいいものなのかわからなくて、「そうなんだ」としか返せなかった。普段どんなことをしているかとか、どこに住んでいるかとか。聞きたいことは山ほどあるのにこの関係はあくまで非日常の中だけの、今だけのものなんだと自分に言い聞かせて、余計なことを聞いてしまいそうになる口をきゅっと噤んだ。


好きな曲流していいよ、と言われてスマホに入っていた音楽をランダムで流す。たまに懐かしい歌が流れると「俺この歌好きだった」と軽く口ずさみながら笑う横顔をちらりと盗み見た。こうやって見てみると千冬くんの顔、なんかすごく好みかもしれない。そんなことを考え出す調子の良い思考を追い払うように頭を振って、窓の外の景色を眺めるふりをしていた。

「俺沖縄来たの高校の修学旅行以来でさ」
「え、そうなの?」
「そー。ナマエちゃんは?」
「…毎年来てるよ」
「マジで?いいなー」

この話題が出るまで、今年も一緒に来るはずだった相手のことなんてすっかり忘れていた。4年も付き合ったのに我ながら薄情な女だと思うけど、そもそも別れを切り出したのは向こうなんだから別にいいか。去年来たときは水族館には行かなかったな。一昨年も。わたしは本当は行きたかったけど「前に行ったし良くない?あそこ遠いし時間勿体無いじゃん」と元カレに言われて、大人しく引き下がったんだった。まさか彼以外の男性と来ることになるなんて思わなかったけど。

「ちょっと休憩していい?」と言われて寄ったコンビニでいつの間にか購入されていた水族館のチケットとか、「思ったより混んでるな」なんて言いながら自然と繋がれた左手とか、千冬くんはいちいちズルい。運転中の横顔はかっこいいのに「イルカショー見たい!」とはしゃぐ顔が可愛いギャップもズルい。本当になんでこれで3番目なの?千冬くんの元カノ、あまりにも見る目なさすぎじゃない?1番目と2番目は石油王とIT社長とかだったの?それでもわたしなら絶対千冬くんを選ぶけどなぁ。薄暗い館内でぼんやりと青く光る水槽を眺めながらそんなことを考えていたら「疲れた?」と横から顔を覗かれた。

「ううん。楽しいなぁって思ってただけ」

そう言って繋がれた手を握り直すと、「ナマエちゃんそういうとこズルい」ときゅっと握り返された。それはこっちのセリフだよ。

ネットで調べた海沿いのカフェで遅めのランチをしたあと、適当に車を停めて砂浜へ降りた。サンダルを脱ぎ捨てて浅瀬に足を浸けて、足の裏で砂の感触を確かめるように踏み締めた。波が行ったり来たりするたびにちょっとずつ足が砂に埋もれていくのが気持ち良い。

「水着持ってこればよかったな」
「わたしもー」
「今から買う?」
「えー、さすがに勿体無いよ」
「ホテルにさ、プールあるじゃん」
「あるね」
「あそこ絶対夕陽綺麗だと思うんだよな」
「それ水着じゃなくても良くない?」
「うん、俺がナマエちゃんの水着姿見たいだけ」
「…千冬くんのえっち」

なんて返しながらも、水着買っちゃおうかなぁと思ってしまうぐらいにはわたしは馬鹿で単純な女だったらしい。サンセットなら部屋からでも見える。なんならわたしが泊まっている部屋のバルコニーにはバスタブが置かれているし、きっとそこからでも十分に綺麗な夕陽が見えるだろう。でも部屋に誘おうかどうか、悩んでやめた。だってそんなの、千冬くんとえっちしたいって言ってるようなもんじゃん。既に2回もしておいて今更だけど、そこまでの恥はまだ捨てきれていなかった、はずなのに。

ドライブを終えてホテルに戻り、プールのベンチに2人で並んでサンセットを眺めた。プールの中でいちゃいちゃしているカップルが羨ましいなんて思ってない。やっぱりさっき水着買えば良かったとか、思ってないし。それからホテルから歩いて行ける居酒屋で夕飯を済ませてお酒も飲んで、このあとまた千冬くんの部屋に行くのかなあなんて思いながらゆるく手を引かれて夜道を歩いた。夜になって昼間よりもわずかに温度が下がった生ぬるい風がやけに秋を感じさせて、なんだか切なくなった。

ホテルに着いて、エレベーターに乗った千冬くんが「そういえばナマエちゃんの部屋って何階?」と聞いてきたから「11階だよ」と答えると、「へー、最上階じゃん」と言いながら何の迷いもなく『11』のボタンを押された。ちなみに千冬くんの泊まっている部屋は8階だ。

「8階、押さないの」
「うん」
「…ふぅん」

エレベーターを降りて、何号室?と聞かれて部屋番号を伝えるとすたすたと歩いて行く千冬くんの半歩後ろをついて歩く。…なんだ、これで終わりなのか。明日の夕方には飛行機に乗って東京に戻る。明後日はまた朝から仕事だ。東京に戻ったら、いい加減親と友達に彼と別れたこと言わないとなぁ。部屋のドアにルームキーをかざすとガチャ、と鍵が開いた音がした。

「じゃあ、おやすみ」
「…うん」
「ナマエちゃん」
「なに」
「服掴まれてたら部屋戻れねぇんだけど」

そう言って困ったような、でも嬉しそうな顔をされたらもう無理だった。服の裾を掴んだ指先を千冬くんの指先に絡める。

「部屋、上がっていきませんか…」
「なんで敬語?」
「な、なんとなく」
「ナマエちゃんのそういうとこかわいい」
「千冬くんはすぐ意地悪する」

バレた?と笑いながら扉を開けた千冬くんに腕を引かれて部屋の中へと引き摺り込まれる。扉に背中を押しつけられて、そのまま深く口付けられた。絡め取られた舌をじゅっと吸われて、呼吸まで奪うようなキスに足の力が抜ける。たまらず千冬くんの背中にしがみつくと、そのまま背中と膝裏に腕を回されて抱き上げられた。横抱きでベッドまで運ばれてそっと下ろされると、覆いかぶさるようにして押し倒され、首筋にちゅ、と吸い付かれて擽ったさに身を捩った。

「ンっ、」
「ナマエちゃん、ここ弱いよな」
「あっ、あんっ」

服の上からやんわりと膨らみを揉み込まれて、たまにきゅっと頂を刺激されるとぞわぞわとした快感が背筋を這うように登ってくる。昨日の夜と今朝、たった2回抱かれただけなのにもう千冬くんはわたしの身体の弱いところ全てを知っているんじゃないかとさえ思う。背中に回された手がワンピースのバックリボンを解いて、あっけなく脱がされてしまった。

「あ、電気…」
「だめ」

ベッドサイドの電源に伸ばした手を掴まれて、全部見せて、と色に染まった目で見つめられて、たまらず喉が上下に動いた。


「ゃぁっ、も、イった、今イったぁ…っ、ちふゆく、やめ、ひぁんっ」
「ん、もう一回」
「むり、むりぃ…っ、もうイったの…っ」

バックで後ろから腰をぐりぐりと押し付けられると、突っ張っていた腕から力が抜けて上半身をシーツに沈めて、腰だけを高く突き出したような格好になる。シーツと身体の間に差し込まれた手に胸の頂をきゅっといじめられて背中をしならせると、じゅっと強く吸いつかれてまたナカが締まる。今朝は全然イかせてくれなかったくせに、今度は何回イってもやめてくれない。こういうの、わざとやってるんだろうか。だとしたら千冬くんって相当女慣れしてるんじゃないの。仮に無意識だとしても、それはそれでかなりやばいと思うけど。だらだらとはしたなく垂れ流された愛液を掬い取り陰核に擦り付けられてまた太腿がびくびくと震えた。

「あっ、それだめっ、一緒にしちゃっ、ひっ、あぁぁんっ」
「はぁ…っ、すっご」

ナマエちゃんのナカ、すげーきもちい、と耳元に吹き込まれて再び呆気なく絶頂に連れていかれた身体を後ろからぎゅうっと抱きしめられて、1番奥に打ち付けられる。

「ぁんっ、わたしも…っ」
「ん?」
「ちふゆくんの、きもちい…、ん、ぁ…っ」
「…そういうのズリぃ」
「んっ、どっちが…」

余裕のない吐息が耳にかかる。顔が見たくて後ろを振り向くと、頬を薄らと赤く染めて快感に濡れた瞳でわたしを見下ろす千冬くんと目が合った。その瞬間胸と一緒にナカがきゅんと締まる。ちふゆくんかわいー、という心の声がどうやら口から漏れていたらしい。繋がったままくるりと身体の向きを変えられて正常位の体勢で抱きしめられた。ずるりとナカのものが引き抜かれたかと思ったら一息に奥まで貫かれる。

「ああ゛っ、だめ…っ、ひっ、ぅ…んっ」
「……はっ、」
「ゃっ、やらぁ…っ、あっ、あんっ」
「舌回ってないじゃん、かわい」

ほら、かわいーのはそっちだって、と意地悪く弧を描いた唇を押しつけられる。荒々しく口内を蹂躙する舌に必死に応えるように動かして、汗ばんだ身体を寄せ合うように彼の首に腕を回した。

「ナマエちゃん」
「あんっ、な、に…っ、」
「…東京戻ってからも会いたい」

その一言で胸の中がぶわっと一瞬で満たされていくような、それでいて擽ったいような感覚。ふわふわして身体が浮いているような感じ。そのまま奥を突かれて目の前がチカチカと白くなる。

「あぁっ、ぅ、あ…っ」
「だめ?」
「ん、ぅ〜〜〜っっ、ぁっ、ぁっ、だめ、じゃな…い…っ」
「ほんとに?」
「ほんとに…っ、ああっ、イっ、ちゃ…っ」
「ん、一緒にイこ」
「あっ…一緒、イきたい、ぁっ、んん〜〜〜〜ッッ」
「あ゛ー、やば…でる…っ」

ナカを一際キツく締め付けたのとほぼ同時に、千冬くんのものが薄い膜越しに精を放ったのを感じてぶるりと身体が震えた。汗ばんだ身体で甘えるようにのしかかられると愛おしくてたまらなくて、その背中に腕を回した。

「…千冬くん、」
「ん?」
「その…東京戻っても、会ってもいいの」
「うん」

会いたい、そう言って柔らかく笑って触れるだけの口付けを落とされて、泣きそうになった。


「すげー、バルコニーにバスタブあるじゃん!」と少年のように目をキラキラ輝かせた千冬くんに入る?と聞いたら、「一緒に入ろ」と手を引かれた。あまり大きくないバスタブに、千冬くんの胸に背中を預けるような体勢で入った。この2日でもう身体の隅々まで晒しているとはいえ、一緒にお風呂に入るのはそれとはまた違った恥ずかしさがあると思う。身体を小さく縮こまらせていると、ちゅう、とうなじに吸いつかれて「ひゃっ」と声が出た。

「ひゃ、だって。かわい」
「…千冬くんだって、その髪かわいーじゃん」

小さく背後を振り返り、千冬くんの髪に触れる。いい歳した成人男性が長めの前髪をひとつに結んでいるのがあざといと思うのに、そんな姿にすらきゅんとしてしまっているわたしはもう8割、いや9割彼にオチていた。

「ナマエちゃんてさ、普段何してる人?」

この2日間、一度も聞かれなかったプライベートな問いに思わず目をぱちくりさせてしまった。

「えっと、それは仕事ってこと?」
「そう」
「普通のOLだよ」
「どこで働いてんの?」
「丸の内」
「へぇ、かっけー」

かっこいいのは丸の内という地名の響きだけだと思うけど。どこにでもいる、ごく普通の会社員だ。

「千冬くんは?」
「俺は、あー…ペットショップ、やってる」
「ペットショップやってる?」
「うん」
「え、経営者ってこと?」
「うん。まぁ、一応」
「えっ、すごい」

『抜け殻みたいになっていたら職場の人が休みをくれた』昨日そう話していたから、普通の会社員ではないのかもしれないとは思っていたけれど。まさか経営者とは。「社長じゃん」と言えば「共同経営だから、そんなすげーもんじゃないよ」と苦笑いされた。

「でも同い年なのに経営とか、そういうの尊敬しちゃう」
「あんまり言われると恥ずいからやめて」

そう言ってわたしの肩に顎を乗せた千冬くんの髪が首筋に当たるのが擽ったい。それからどこに住んでいるのかとか、地元はどこかとか、千冬くんの職場のかっけー先輩のこととか、なんとなく昨日から避けていたお互いの私生活の話をした。この関係が今日で終わりじゃないんだと思うと、素直に嬉しかった。

「こっち向いて」と言われ、すっかりぬるくなった湯船の中で向かい合うような体勢になり、後頭部を引き寄せられる。触れ合うだけだった口付けが徐々に深くなって、同時に胸の先端を指で刺激されると合わせた唇の隙間からくぐもった声が漏れた。

「ん、ふっ、はぁ…っ」
「ナマエちゃん、声我慢できる?」
「え、ゃ、むり…っ」
「俺も無理」
「ひぁっ、ぁっ、んむ、〜〜〜っっ」

固くなった先端が宛てがわれたと思ったら、濡れた手のひらで口を押さえられて下からずんっと突き上げられた。千冬くんは優しいのにどこか強引なところがある。こういう行為中は特に。でもわたしも声を出せない状況にもしっかり興奮して気持ち良くさせられてしまったから、もう何も言えない。結局声を我慢できなくなったわたしをバスタオルで包んだ千冬くんに無駄に広いソファに運ばれた。2人で寝てもまだゆとりのあるソファで千冬くんの膝の上で抱かれて、また何度も絶頂に連れていかれる。その度に口から「すき」って言葉が零れ落ちそうになるのをどうにか堪えて、与えられる快感を必死に受け止めた。


えっちしすぎて動けなくなる、を初めて経験した。千冬くん、体力ありすぎ。クローゼットから引っ張り出してもらったバスローブを羽織ってベッドにごろんと横になっていると千冬くんが水が入ったグラスを持ってきてくれた。起き上がり受け取ったそれを飲み干してベッドサイドのテーブルに置くと、わたしの隣に千冬くんも寝転がった。

「ナマエちゃん明日何時の飛行機?」
「16時とかだったと思うけど」
「あー、俺多分それの一本あとだわ」

そっか、帰りの飛行機は一緒じゃないのか、と思っていたら「空港までは一緒に行こうよ」とゆるりと腰に腕を回された。「お互いレンタカーあるけど?」と聞くと「ナマエちゃんのは乗り捨てで」と即答される。くすくすと笑いながら千冬くんの方に擦り寄ると当たり前のように差し出された腕に頭を乗せた。千冬くんの腕枕、好きだなあ。彼の高めの体温がやけに落ち着く。

「東京戻ったらさ、」
「ん?」
「お互い、多分ちょっと冷静になるじゃん」
「…うん」
「それでも俺に会いたいって思ってくれたら、連絡して」
「うん…分かった」

多分すぐに連絡しちゃうと思うけど、そう言って千冬くんの背中に腕を回すとぎゅっと抱き寄せられた。

「ナマエちゃん、好き」

頭の上から聞こえた言葉に思わずびくりと肩が揺れる。そろりと顔を上げると、恥ずかしそうに頬を染める千冬くんと目が合った。「うそ、」と咄嗟に口にすると間髪入れずに「ほんと」と返される。信じてもらえねーかもしんないけど、と続けられた言葉に、少しだけ涙が滲んだ。

「ナマエちゃんは?」

目尻に溜まった涙を指先で優しく拭いながら、俺のこと好き?って聞く千冬くんはやっぱりズルいと思う。絶対わかってて聞いてるじゃん。小さく頷くと「だめ、ちゃんと言って」と追い討ちをかけてくる千冬くんの、そういうところ嫌いじゃないな。

「すき…」
「うん」

俺も好き、ってまた唇を重ねて、それから額を合わせて淡い青に見つめられる。はぁ、と深く息を吐き出して「うれしい」と照れたように目を細めて笑う顔が、好き。

「あー…緊張した」
「そうは見えなかったけど」
「かっこつけてただけだから」
「なにそれ、かわい」
「かっこいいって思われたいんだけど」
「千冬くんはかっこいいよ」

かわいいと思うのはわたしが彼のことを好きだからだ。艶があるのにふわふわと柔らかい黒髪に指を通す。丸い後頭部を撫でて、指先ですり、と刈り上げられたところに触れると千冬くんの肩がぴくりと揺れた。

「ちょ、それやめて」
「だめ?」
「擽ったい」
「…えっちな気分になる?」

刈り上げを撫でていた指先でうなじをなぞり、そのまま耳朶を擽るように動かすと「こら」と言われたけれど、千冬くんの手がもぞもぞとバスローブの中に入り込んできたから多分怒ってない。


昨日と同じように寝心地の良い布団の中で目を覚ました。ふかふかの布団と真っ白なシーツに、見慣れない照明と家具。昨日と違うのは、身体中痛すぎて動けないってことと、千冬くんが既に起きていたことぐらい。

「おはよ」
「…ん、おはよう」
「身体平気?」
「あんまり平気じゃない」

恥ずかしくなって布団に潜り込みながらボソボソと言うと、ナマエちゃんがあんな煽るから、と楽しそうな声が布団越しに聞こえた。

「俺的には帰るまでにもう一回シたいんだけど、無理そう?」

布団ごとぎゅうっと抱き締めながらそんなこと言うの、ほんっとにズルい。




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