わたしたちの関係を一言で表すのなら"腐れ縁"というありふれた陳腐な言葉がまさにぴったりだと思う。ほとんど家族のように過ごした幼少期、朝から晩まで遊んだあと、なんで夜は一緒にいられないのか分からなくて外が暗くなってから千冬の家のインターホンを鳴らしたことがある。夜に突然家からいなくなった娘を近所中探した母親にしこたま怒られた。(ちなみに千冬も同じことを2回した)思春期特有のあれこれでちょっと距離ができたりするのかと思いきやそんなことはなく。なんとなく付き合ってみたのが中3の頃。結局3ヶ月で別れて元の腐れ縁の幼馴染に戻った。
物心つく前からずっと一緒に育ってきた幼馴染と過ごすのは無駄に気を遣わなくてよくて、あまりにも楽だった。それにしても素を見せすぎている自覚はあるけれど。そんな、知らなくていいことまで知っているような幼馴染と再び恋人という枠組みに収まることになったのはほんの数日前のことだった。

所謂都大人と呼ばれる年齢になった今も疎遠にならずに関係が続いているのは、9割以上千冬のおかげだった。忙しいはずなのに定期的に来る連絡。なにかにつけてわたしの世話を焼きにうちに来る彼は、昔は下手くそだった料理もこの数年で腕を上げた。連絡はまめだし、料理は上手いし、一応肩書は社長だし。顔だって元々それなりに整っているんだから、そりゃ彼女も途切れないよなぁ、毎回あんまり長続きはしないみたいだけど。と、いつになく真面目な顔をした千冬の前に置かれたお皿からコロッケを奪う。美味しい。すると「おい、こっちは真面目な話してんだよ」と怒られた。数分前の話だ。いつものように"残りもの"のおかずを持ってうちを訪れた彼を、なんの迷いもなく部屋へと上げた。残りものにしてはそこそこ豪華なおかずをお皿に並べて、1DKの部屋に置かれた小さなダイニングテーブルを挟んでいただきますと手を合わせた。「お母さんに頼まれたとはいえ、千冬ってほんとまめだよね」そんなに心配しなくても、1人でもそれなりにちゃんと食べるよ、と言いながら持ってきてくれたおかずを口に運ぶ。一人暮らしを始める前にうちのお母さんが言った「教えなかったわたしも悪いんだけど、あの子ほんっとに家事とかなにもできないから心配で…千冬くん、たまに様子見てやってね」という社交辞令をここ数年律儀に守ってくれているのだ。彼女がいるときはさすがに来ないみたいだけど、この数ヶ月は少なくとも週に1度は来てくれている。

「…お前さぁ、ほんとにそれだけだと思ってんの?」
「なにが」
「とぼけんなよ」

わたしを睨む千冬の言いたいことはなんとなく分かっていたけれど、じわじわと耳の縁を赤くするのがおかしかったから気付かないふりをした。別に、ずっと気付いてなかったわけじゃない。あれ、もしかして?と思ったことは一度や二度じゃなかった。千冬はバレてないと思ってるんだろうけど、寝ている間にキスされたのも一度や二度じゃないということも知っている。だからって「わたしのこと好きなの?」なんて自意識過剰なことを聞くのもなんかアレだったから、千冬から言い出すのを待っていたんだけど。

「お前のこと…好きだからしてんだけど」

思わずにやけそうになるのを堪えて、目の前のお皿から最後のひとつになったコロッケを掻っ攫った。肉じゃがのコロッケは、昔からわたしの好物の一つだ。

「で?」
「で、ってなんだよ」
「千冬はわたしにどうしてほしいの」
「どうって、そりゃ…」
「なに」
「付き合う、とか、なんかあんだろ」
「とか、なんか」

ふーん、と言いながら食事を続けるわたしに恨めしそうな視線を向ける千冬が「…………俺と、付き合って、ください」と途切れ途切れに言葉を紡いだ。わかるよ、今更こんなこと言うの恥ずかしいよね。

「いーよ」

あっさりと答えたわたしの言葉に、脱力したように背もたれに体重を預けた千冬が「かわいくねぇ…」と溢した。今更わたしに可愛げを求める方が間違ってると思うけど。自分だって、断られるとも思ってなかったくせに。「千冬は可愛いところあるよね」と返すと、ものすごい顔で睨まれた。帰る前、ついに合鍵を奪われた。渡したんじゃない、奪われたのだ。そして「お前いつも帰ってくんのおせーんだよ。社畜かよ」と文句を言われた。最初からそう言ってくれたら、もっと前に渡したのに。これが今週の火曜日の話。


十数年ぶりに千冬とお付き合いを始めて早3日。先日まではなんやかんやと理由をつけてうちに来ていた千冬が、『今日そっち行っていい?』と仕事終わりに連絡してくるのを、ついうっかり待ってしまう自分がいる。調子に乗るから絶対言わないけど。駅の改札を抜けると、今日は早番だったらしい彼が立っているのが見えた。少しくたびれたワイシャツからはすでにネクタイは抜き取られている。近付くとすぐにこちらに気付いて「お疲れ」とゆるく目尻を下げる、この顔は昔から好きだなと思う。なんというか、ちょっとほっとする。

「食いたいもんある?」
「なんでもいいよ」
「よくねーくせに。それ1番困るやつ」
「じゃあなんかお肉」
「男子高校生かよ」

付き合いたてのカップルというよりは親子みたいな会話だな、と思いながら千冬が押すカートの隣に並び、たまにカゴの中にお酒やおつまみを放り込む。疲れてるだろうから、毎日作らなくてもたまにはお惣菜とか外食でもいいのに、という言葉はなんとなく飲み込んだ。
精肉売り場でベーコンと合い挽き肉を手にした千冬が「つーか今日泊まっていい?」なんて急に言い出すから、一瞬ぎしりと身体が固まる。付き合う前も、付き合ってからも(といってもまだ3日目だけど)ちゃんと日付が変わる前には帰っていた。お互い良い大人なんだから"そういうこと"をする日はそう遠くないだろうとは思っていたけれど、すぐに手を出されなかったことに少なからずほっとしていた。千冬は割と手が早いということも、そんなに堪え性のある男じゃないってことも知っていたはずなのに。

「え、明日仕事は?」
「休み」
「へぇ…土曜なのに珍しい」

そういうことはもっと早く言えばか。普段平日が休みで土日は忙しくしている千冬は、てっきり明日も仕事で、今日も日付が変わる前には帰るものだと思っていた。だからと言って断る理由も見つからず、「いい、けど」という返事を聞いた千冬が、手にしていたお肉を両方カゴに入れた。しまった、魚って言えば良かった。慌てて自分のお腹を軽くさする。お昼にコンビニスイーツ食べるんじゃなかった。いや、うん、でもまぁ多分大丈夫。

「今日何作るの?」
「ハンバーグ」
「ベーコンは」
「明日の朝飯用」

それから「あ、歯ブラシと洗顔も買ってこ」と、なんでもないように言うのがちょっとムカつく。
わたしの初めての相手は千冬で、千冬の初めての相手もわたしだった。中3の、ほんの少しの期間だけ付き合っていた頃のことだ。前後の流れはもうよく覚えていないけれど、千冬の部屋でしたことと、死ぬほど恥ずかしかったことと、とにかく痛かったことだけは覚えている。それから付き合っている間に何度か身体を重ねたけれど、そんなのはもうずっと前の話で。もちろん大人になってから千冬とセックスなんてしたことはない。今更恥ずかしがるような年齢ではないと分かってはいるけれど、もうずっと幼馴染として接してきた男と今更そういうことをしようとしているんだと思うと、到底正気ではいられなかった。だからってお酒の力に頼ろうとするのも、自分でもどうかとは思うけど。

「飲み過ぎだろ」

お風呂上がりの千冬がわたしの手から取り上げた酎ハイの缶に口をつける。ごくりと上下に動く喉を思わず凝視してしまって、居た堪れなくなってすっと視線を逸らした。黒い毛先からぽた、と水滴が落ちてきて「髪乾かしてきなよ」と言うと「やって」と洗面所から持ってきたドライヤーを押し付けてきた。千冬のこういうところがずるいと思う。わたしはソファに座ったまま、床に座る千冬の髪に温風を当てていく。金髪だった頃は痛んでパサついていた髪も、もうここ数年は真っ黒だ。乾かし終えた髪にすん、と鼻を寄せると、「やめろ、ばか」と怒られた。当たり前だけどわたしが使ってるシャンプーの匂いがするのが、少し擽ったい。

「つーかお前まだ飲むの?」

酒弱いくせに、と呆れたような目を向けられた。「いいじゃん、明日休みだし」とさっき取られた飲みかけの缶を奪い返そうとすると、「明日休みだし、どっか行きてーからもう終わり」とするりと逃げられた。なにそれ、聞いてないんだけど。ほんと、頼むからそういうことは先に言ってほしい。「いつもこんな飲まないくせに」とローテーブルの上に転がる缶を片付ける背中を軽く睨む。

「千冬が悪いんじゃん」
「なんでだよ」
「だって、今更素面で千冬に抱かれるとか無理」
「…………」
「…待って、今のなし」
「無理」

くるりとこちらを向いた千冬から顔を隠そうと試みたけれど、腕を掴まれて簡単にソファに押し付けられる。思い切り顔を背けると、晒された首筋にじゅっと吸いつかれてたまらず身体が跳ねた。「ひっ、」と漏らした声ごと飲み込むようにそのまま唇を奪われて、荒々しく口内を蹂躙する舌に冷静な思考が奪われていく。色気のない着古したロンTの中に手を突っ込まれてお臍のあたりを焦らすように撫でられて、たまらず「ん…っ、んぅ、」とくぐもった声が漏れた。

「かわいいとこあるじゃん」
「…っ、最悪」

目を細めて楽しそうに笑う顔が心底ムカつくのに、撫でられたお腹の奥がじくじくと熱を上げるのが自分でも分かる。「いきなり盛らないでよ」と言い返すと、「そっちが煽ったんだろ」と欲を孕んだ瞳と目が合った。こちらとしては煽った覚えはないんだけど、こんなに簡単に煽られて目をギラつかせる千冬がちょろくて可愛くて、今度はわたしから口付けた。

愛と呼ぶにはまだ早い

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