title by 星食


金曜の夕方、仕事でミスをした。大したミスではなかったけれど、自分らしくもないそれをやたらと引き摺ってしまった土日。シフト制で働く彼氏は仕事でいない。なにをするでもなく、必要最低限の家事だけをしてソファでだらだらと過ごした2日。日曜の夜遅くに帰ってきた彼の、「どこも行ってないの?つーか牛乳切れてんじゃん」という言葉にやけにイラついて、おやすみも言わずに寝室へと向かった。

月曜日の朝、いつもより重たく感じる身体をどうにか持ち上げてカーテンの隙間から窓の外を覗き見ると、どんよりと曇った空からはざぁざぁと雨が降っていた。やだなぁ、仕事行きたくないなぁ、と小さく溜息を吐いて、まだ体温の残る布団の中に潜り込み縮こまった。ちらちらと画面の左上に小さく表示される時間を気にしながらもSNSを見たりニュースアプリを流し読みしたりと、なんとも無駄な朝の時間を過ごす。早く布団から出て仕事に行く支度をしないといけないと分かってはいるけれど、まだ完全には開き切らない瞼は重いし、布団の温もりから抜け出す気にもなかなかならない。あと5分だけ、とスヌーズが鳴り続けるスマホを一旦伏せてもう一度布団を肩まで被ると、隣にいた千冬くんがもぞもぞとこちらを向いた。

「いまなんじ…」
「7時過ぎたところ」
「あれ、今日仕事は?」

休み?と、まだ眠そうな声で聞かれる。シフト勤務をしていると曜日感覚がなくなると前に言っていたけれど、今日が月曜日だということすら認識していないのか、それともまだ寝ぼけているだけなのか。「そんなわけない」と言うと「だよな」と返ってきたからどうやら後者らしい。

「まだ起きなくていーの」
「…今起きようと思ってたとこ」

彼は確か今日は遅番だと冷蔵庫に貼られたシフト表に書いてあったはず。昨日も帰ってきたのがやけに遅くて、なにかあったのかと聞いたら「レジの金額がなかなか合わなくて」と疲れた顔で話していた。疲れているのもまだ眠いのも分かってはいるけれど、「早く起きねーと遅刻すんぞ」と言ってから再び温かい布団に口元まで潜り込んだ千冬くんに、少しだけイラッとしてしまう。その言い方なんかやだなぁって。昨日からのイライラはどうやら継続中らしい。

「あーあ、千冬くんが車で会社まで送ってくれないかな」

雨だし、と言葉にしてから慌てて付け足した。別に、本当に送ってほしくて言ったわけじゃない。ただなんとなく、今日はいつにも増して憂鬱な月曜の朝で。なんとなく、一緒に起きてほしいなぁなんて思ってしまっただけ。

「わがままかよ」
「…うそだよ」

もう起きる、とのろのろと持ち上げた身体は、ぐんっと腕を引かれて勢いよくベッドへと逆戻りした。

「わっ、なに」
「送ってくから、もうちょいここにいろよ」
「え、いいよ。千冬くんまだ寝てなよ」
「いいから」

そう言って腰に腕を回されて、甘えるようにぎゅっと抱き締められると胸の奥がきゅーっとなる。千冬くんはこうしてすぐにわたしをぐずぐずと甘やかしてだめにしてしまう。どこかのクッションみたいだ。

「すぐ甘やかすじゃん」
「うん」

「俺がそうしたいだけ」そう言ってあやすように背中をぽんぽんと撫でていたあたたかい手が、するりとパジャマの中に入ってきて脇腹を撫でた。肌の上を滑る手の動きが擽ったくて小さく身を捩ると、もう片方の腕で腰をがっちりと掴まれる。脇腹からするすると上にあがってきた手が膨らみに触れてやわやわと動かされると、湿った吐息が零れ出てしまう。

「ちょ、待って…今からするの?」
「んー…うん」
「えっ、ほんとに?んっ、」

唇に柔らかいものがぶつかって、ちゅっと可愛らしい音が鳴った。「ほんとに」と悪戯っぽく笑った千冬くんの、その顔がずるいなぁと思う。甘く細められた瞳が、たまらなく好きだ。

「…わがままはどっちなの」
「えー、俺?」
「正解」

おでこをコツンと合わせて、唇をくっ付けたままくすくすと笑い合う。千冬くんの首に甘えるように腕を回すと、軽く触れ合うだけだった口付けが徐々に深いものに変わっていく。目を閉じてそれに応えていると、ふわふわして、気持ち良くて、甘くて溶けそうになる。本当は車で送ってもらうにしてもそろそろ準備しないといけない時間だけど、もういいや。洗濯物は乾燥機かけちゃえばいいし、化粧は車の中でしよう、なんてことを頭の片隅でぼんやり考えていた。

「……あ、」
「え?」

そのとき、ふと感じた下腹部の違和感。一瞬無視してこのままコトに及んでしまおうかとも思ったけれど、最悪の場合シーツとマットレスが駄目になってしまう。

「あの、ごめん…ちょっと待ってて」
「え、どうした?」
「や、えっと、なんかイヤな予感する」

千冬くんの腕から抜け出してそっとトイレへと向かう。確認したのと同時に強くなる下腹部痛。あぁ、やっぱり…と納得して、そして少しがっかりしてしまった。もうちょっとだけあの腕の中で甘えていたかったなぁ、なんて。とりあえず、朝からの謎の憂鬱の正体は雨のせいでも、もちろん千冬くんのせいでもなかったわけだ。千冬くんに当たり散らす前に気付けて良かった。ちょっと八つ当たりはしちゃったけど。

「ごめん、その、生理きてた」
「あー…なんだっけ、TPOだっけ」
「PMSのこと?」
「それ」

まだ時間ある?と聞かれ、少しだけならと頷くと布団を捲り「こっちおいで」と言われ、大人しくそこに収まった。後ろから柔らかく抱きしめられて、あたたかい手を鈍く痛む下腹部の上に当ててくれて、それだけでどうしようもなくほっとしてしまう。どんな薬よりも、こうしてお腹を撫でてもらうのが1番効く気がする。

「仕事あんま無理すんなよ」
「うん」
「帰りも、キツかった連絡して。迎え行くから」
「大丈夫だよ。千冬くん今日遅番でしょ?」
「一虎くんが」
「一虎くんかぁ」

小さく笑うと、背中越しに千冬くんも笑っているのが伝わってきた。あたたかい体温に包まれて、だんだんと気持ちが落ち着いていくのがわかる。

「千冬くん、」
「ん?」
「ありがと」
「うん」

憂鬱な月曜の朝を簡単に幸せな朝に変えてしまう千冬くんの、こういうところが好きだなぁと実感する。わたしも、千冬くんにとってそういう存在でありたいと思った。

傷口からメルトダウン

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