title by Annie

僕らのやわらかい境界線
(ちんぷんかんぷん/ましろさま)
↑こちらの続きを書かせていただきました


「ほな付き合おか」

そんななんとも軽いファットさんの一言でわたしたちは恋人になった。いや、ほなってなんのよ、ほなって。


恋人になったと言っても特になんの変化もない日々。そもそも同じ職場でほとんど毎日のように顔を合わせているのだから何かが急に変わるワケがないのだ。


「なぁ、ナマエちゃん」
「…っ、なんですか」

ファットさんが出した領収書の仕分け作業をしていたとき、ふと後ろから声をかけられた。そういえばお付き合いが始まってから、ミョウジさんからナマエちゃんに呼び方は変わった。未だに慣れない、というか仕事中はやめてほしい。

「デートしよデート」
「でっ、デート…!?」

なんか美味いもんでも食いに行こうやー、とこれまた軽いノリで誘われた。ファットさんと2人で食事をしたことはこれまでも何度かあったけれど、だって、ファットさん今デートって言った…!

顔を赤くして慌てふためくわたしを見たファットさんが、あんなぁ…と呆れたような声を出す。

「自分そんなことで照れるような歳ちゃうやろ」
「ちょ、それセクハラですよ!」
「彼氏やで!?」
「か、彼氏でも!ハラスメントダメ!絶対!」




待ち合わせ場所に着いてショーウィンドウに映る自分の姿におかしなところがないかチェックする。デートなんて何年ぶりだろう。ファットガム事務所で働き始めてからはしていないな、いや、それ何年前だよ…。

仕事のときは滅多に履かないフレアスカートと春色のパンプスは今日のために新しく買ったものだ。浮かれすぎかなぁ、とも思うけれどファットさんがデートだなんて言うから悪いと思う。どうか今日は途中で敵が現れたりしませんように、なんて願いながら軽く前髪を直していると、後ろから見慣れた黄色いパーカーがチラリと映り込んだ。

「あ、ファットさ…えっ!?」
「遅なってごめんやで!途中でやっかいな敵に会うてしもて!」

振り返り、彼の姿を見て驚く。なぜならいつもの見慣れたふくよかなファットさんではなく、個性を使用したあとの結果にコミットした姿だったからだ。

「だ、大丈夫なんですか!?」

ファットさんがこんな姿になる程強い敵だったのだろうか。「いやーもう全然あかんわー」と話すファットさんにそれならもう今日はデートはやめて早く帰って休んだ方がいいんじゃないかと提案しようとしたとき、大きな掌がわたしのてをきゅっと握った。

「めっちゃ腹減ったわー、はよ美味いもん食い行こ」

眩しい笑顔と、わたしよりもずっと大きくて分厚い掌に心臓がどきんと大きく高鳴った。

「今日のナマエちゃんなんかかわええな」
「なっ、」
「あ、間違うた。もちろんいつも可愛いけど今日はなんかいつもと雰囲気ちゃうやん?」
「…雰囲気が違うのはファットさんもでしょ」
「それもそうやな」

思いがけない言葉に立ち止まってしまったわたしの手を、ファットさんが引っ張って歩き出す。

「服も、よう似合うてる」

振り返ったファットさんが繋いでいない方の手でわたしの前髪に触れた。

「ほんまは大した敵やなかってん」
「え?」
「でもデート遅刻したあかん!と思て飯食うんも忘れてあちこち行っとったらこんなことなってしもたわ」

照れもせず、なんてことを言うんだこの人は。顔がじわじわと熱を持ち始める。恥ずかしいけど嬉しくて、胸の奥が擽ったい。

「食べ歩きしよ、食べ歩き」
「ファットさんズルい…」
「え?なにが?」
「なんでもないです」

早く行きましょ、とその手を軽く引くとファットさんがふっと小さく笑った気がした。





「おっちゃん領収書ちょうだい!」
「いや、こんなの経費で落ちませんよ」

科目になんて書くつもりだ。デート代、いやまさしく交際費か。なんてつい考えてしまうのは職業病だなぁ、とファットさんから手渡されたたこ焼きを食べつつ思う。

ちょうど桜が見頃を迎えた公園には花見客で溢れている。いくつかある屋台から迷うことなくたこ焼きを選んだファットさんは「屋台のたこ焼きはまた格別やろ」と言っていた。正直お店のも屋台のもあまり違いは分からないけど、ファットさんと食べるたこ焼きはいつもより美味しく感じてしまうぐらいには、わたしは単純にできている。


「あれ、ファットとナマエさん?」
「おー環に切島くんやんか」
「お疲れっス!」
「2人もたこ焼き食うか?」

パトロール中らしい2人を見かけて大きく手を振ったファットさんが返事を聞く前に「おっちゃんたこ焼きもう2、いや5パック追加で!」と注文していた。

いや、これデートなんですけど?と思ったけど、美味しそうにたこ焼きを食べている3人を見ているとついほっこりしてしまった。

「あ、天喰くん口に青海苔ついてるよ」
「えっ」

慌てて口元を拭うもなかなか取れない。なかなか取れないよねぇ青海苔って、と思いながら「ちょっとじっとして」と取り出したティッシュで天喰くんの口の端を拭った。

「す、すいません…」
「いえいえ」

恥ずかしそうに顔を赤くした天喰くんが今度はサっと顔を真っ青にした。どうしたの?と聞くよりも前に低い声が頭上から響く。

「ナマエちゃんなに?今の」
「はい?」

明らかに怒った表情のファットさんがわたしを見下ろしている。身体が大きい分、やけに迫力がある。

「なんなん?」
「なんなん、とは…?」
「今の!環の口触ったやろ!」
「触ったって…ティッシュ越しですよ?」

これは、いわゆる嫉妬、というやつなんだろうか。本来なら喜ぶべきところなのかもしれないが、なぜか素直には喜べない、というかいっそ怒りが込み上げてくる。

「ファットさんだって、いつもカニ子さんと距離近いくせに…」
「はぁ?今カニ子は関係あらへんやろ」
「あります!大アリです!」

自分のこと棚に上げて、わたしにだけ文句言うのやめてください!と、言うと、あれは仕事やろ!と返され「はぁ!?仕事なら良いと思ってんの!?」と思わず食ってかかってしまった。

呆然とする切島くんと天喰くんを置いてけぼりにしてヒートアップする口喧嘩は止まることはない。だめだ、止まらなきゃ、と思うのになかなか冷静になれず、言わなくて良いことまで言ってしまった。

「そんなにカニ子さんがいいなら、カニ子さんと付き合えば良かったじゃん!」

言ってからハッとした。なんで、こんなこと言っちゃったんだろう。ファットさんの顔が見れない。俯いたままでいると、「もうええわ、帰る」と酷く冷たい声が聞こえた。

つくりたての恋を喰べて

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