title by Bacca


少女漫画や恋愛ドラマにありがちなのは、「頼む!どうしてもあと1人足りなくて!」と言われて行った人数合わせの合コンで、同じく人数合わせで来ていた女の子と良い感じになるとか、「悪い、もう1人が遅れて来るみたいで…」と、女子の期待値爆上げして最後に登場する男がやたらとイケメン…という展開だろうか。しかし今日の合コンにそういった要素はひとつもない。なぜならこれは俺が頼みこんでセッティングしてもらった会だからだ。

「文学部3年のミョウジナマエです」

恥ずかしそうに自己紹介をする姿にすら胸がきゅんとなる。いやいや、まだ名前言っただけじゃん。落ち着けよ俺。

「えっと、あんまりこういうの慣れてなくって…」

そう言って耳に髪をかけながら照れたように笑った顔に、最も簡単に撃ち抜かれた。あ、もうだめ、今の照れた笑顔はだめ。ぱっちりした二重も、それを縁取る長いまつ毛も、色づく頬も、薄くて形の良い唇も、もう全部可愛すぎる。無理、好き。めっちゃ好き。まだまともに喋ったこともないけど。

俺が彼女を知ったのは約3ヶ月前。大学に向かう通学電車の中だった。あー、かわいい子いるなぁ、うわー顔めっちゃタイプ、なんて考えながらぼーっと見つめていたら、なんと同じ駅で降りて同じ大学へと向かって行ったのだ。それまでは混雑する通学電車に毎日辟易していたのに、彼女の姿を見かけるだけでその日1日のモチベーションが上がるほどには気付けば好きになっていた。キモいことは自覚してる。俺はいつの間にか名前も何も知らない女の子に恋をしていた、らしい。とにかく見た目がドストライクすぎた。我ながら軽薄だとは思う。でも大学生なんてこんなもんだろ、とも思う。別に本気でどうにかなりたいと思っていたわけじゃない。例えて言えば彼女は『推し』みたいな感覚だった。

たとえ同じ大学でも学年や学部が違えば4年間ずっとすれ違うことすらないような人もいるわけで。なんなら同じ学部であっても顔も名前も知らないようなやつもざらにいる。俺と彼女の接点なんて毎朝同じ電車であるということだけだ。きっとこの先も仲良くなることなく、ただ見つめているだけで終わるんだろう、そう思っていたのに。突然運命の神様が俺に微笑みかけた。いや、神様なんて普段はこれっぽっちも信じちゃいないけど。この時だけ信じた。ありがとう、神様。
たまたま俺と同じゼミに彼女と高校の同級生だという女子がいたのだ。2人がキャンパス内で仲良さげに話しているのを見かけたあと、なんとしてでも彼女との繋がりが欲しかった俺はその女子を捕まえ洗いざらい事情を話した。そして「えー!松野くんってナマエのこと好きなの!?オッケー!飲み会しよ!」という、まぁなんとも軽いノリで決まったのが今日のこの合コンである。ちなみに彼女の名前を知ったのもこの時が初めてだった。別に普通の飲み会でも良かったのに、「いや、わたしだって彼氏欲しいし。ギブアンドテイクでしょ?」と言われてしまえばもう何も言い返せない。しかしこちらとしてもせっかく掴んだミョウジさんと知り合えるチャンスは潰したくないので、なんとかこうして男を4人揃えたわけだ。

俺が頼んだ会だというのに何度目かの席替えでようやく隣の席になったミョウジさんに「いつも同じ電車乗ってるよね?」と言われ、もしかしていつも見つめていたのがバレていたのかと思いギクッとする。

「…知ってたの?」
「うん。だって目立つもん、金髪」
「え…あぁ、髪ね」
「すごい色だよね。それって毎回ブリーチしてるの?」

思った以上に気さくに話しかけられて、弾む会話と自然と進む酒。あー楽しい。ていうかミョウジさん、声まで可愛い。なんなのほんと。顔も声も仕草ももう全部ツボ。可愛すぎる。

「松野くん聞き上手だからついいっぱい喋っちゃう」

喉乾いた〜、とビールをぐいぐい飲む姿も飾ってなくて良いなって思ってしまう。いや、もう多分彼女のどんな姿を見ても全部可愛く見える魔法にかかってる。つまりもうすっかり酔っている。

「あ、名前、千冬で良いよ」
「いいの?えっと、じゃあ千冬くんで」

なんか改めて呼ぶと照れるね、なんて言いながら柔らかく笑って照れた顔を手で隠すの、ズルすぎねぇかな。はーーー無理無理無理。可愛すぎる。わたしのことも名前で呼んでよってなに?呼んでいいの?俺もナマエちゃんって呼んでいいの?俺の気のせいじゃなければこれはかなり良い感じだと思う。流れに乗じて連絡先もスムーズに交換できたし、あとはいかに今後に繋げるか、だ。

ナマエちゃんとのおしゃべりに夢中で気が付かなかったけれど、寄せ集めのメンバーだったはずの他のみんなも各々盛り上がっていたらしい。店を出て二次会どうする?と相談していたとき、ふらついたナマエちゃんが俺の腕に掴まった。

「わ、ごめん…ちょっと、思ったより飲みすぎちゃったみたい」
「え、大丈夫?」
「うー、うん…」
「あれ、ナマエ潰れちゃった?」
「みたい」

松野くんってナマエと帰る方向一緒だよね?家まで送ってあげてよ、と言われ、願ってもいない展開に胸が躍る。二次会のカラオケに向かったみんなを見送ってから「ほんとごめんね」と何度も謝るナマエちゃんに「大丈夫だよ」なんて言いながらも、意識はもう完全に違う方へと向いていた。『送り狼』という3文字が頭を過ぎる。いやいや、ないない。さすがに今日の今日でそれはない。

合コンが行われた居酒屋から電車で3駅。俺の住む部屋はもう2駅先にある。初めて降りる駅にやたらとそわそわして、ふらふらと歩くナマエちゃんとたまに肩が触れる度によからぬ妄想と欲望が顔を出す。一人暮らしをしているというナマエちゃんの住んでいる部屋はエレベーターが付いていない3階建のアパートの3階だった。さすがに酔って覚束ない足取りの彼女が1人で3階まで上がれる気がしなかったから部屋の前まで送り届けることにした。決して部屋に上がり込もうとか、そういうつもりでしたわけじゃない。いや、全く期待してないかって言ったらそれは嘘になるけども。8割、いや7割は善意だ。「あれー?」なんて言いながら鞄をゴソゴソと漁り、ようやく鍵を取り出したのを見届けてから、じゃあ、と言おうとしたとき「え、千冬くん入らないの?」と玄関を開けたナマエちゃんがアルコールで潤む瞳で俺を見上げた。

…入っても良いんですか。ていうか入ってなに、するんですか。

好きな女の子の部屋で2人きり。しかも2人ともそこそこ酔っている状態で。ふわふわともこもこに囲まれたいかにも女の子らしい、なんだか良い匂いのする部屋に通されてついキョロキョロしてしまう。「テキトーに座っててね」と言われたけれど、座るって…ソファとかないんですけど。テレビの前に置かれた小さめのローテーブルと、シングルサイズのベッド。あとは可愛らしいクッションがいくつか置かれているだけだ。え、これどこに座るのが正解?

「お風呂沸かす?あ、でも飲んだしシャワーだけの方がいい?」
「えっ、あぁ、うん」

……うん?今ナマエちゃん風呂って言った?思わず返事してしまったけれど、え、俺今から風呂入んの?ここで?

「はい、お茶でいい?一応お酒もあるけど」
「えっいや、お茶で!お茶で大丈夫!」

これ以上アルコールを摂取したら確実に色々と我慢が効かなくなる。いや、もう既にかなりやばいけど。ナマエちゃんから受け取ったグラスに口をつけると思っていたよりも喉が渇いていたらしく、冷たい麦茶がやけに美味しく感じてしまった。ペタンと床に座ったナマエちゃんの隣に、学校用のデカい鞄を抱えたまま静かに腰を下ろした。「んー、ねむ…」とテーブルに突っ伏すナマエちゃんは本当に今にも眠ってしまいそうだ。眠気を我慢するように何度か瞬きをして、その度に長いまつ毛が揺れる。『お風呂が沸きました』というよくある音声を聞いて、ゆっくりと身体を持ち上げたナマエちゃんのシャツから黒い肩紐がちらりと見えた。

「あ、お風呂。先入ってきていいよ」
「えっ」
「うちのお風呂狭いから、1人ずつしか入れないの」

千冬くんが着れそうなTシャツ出しとくね、と言われるがままシャワーを浴びて、うちにあるのとは違う高そうないい匂いのするシャンプーとボディーソープを拝借した。いやいやいや、なんだこれ。いや、本当になんだこれ。狭くなかったら一緒に入ってたのか?一瞬頭に浮かんだ光景にたまらず下腹部の熱が上がる。やばい、だめだって鎮まれ俺。

「わたしも入ってくるね」
「あ、うん」

テレビでも観て待ってて。あ、千冬くんの着てたシャツって一緒に洗っちゃっても大丈夫?次から次へと脳が全然追いつかない。冷静になろうと熱いシャワーを浴びすぎてぼーっとした頭ではただただナマエちゃんの言葉に頷くことしかできなかった。

「電気消すね」

そして流されるまま入ったベット。こんな状況で寝れるわけがない。1人用のシングルベッドは狭くて、布団の中ではどんな体勢をとってもどこかしらが触れ合ってしまう。だからこれは、決してわざとじゃない。

「ぁっ、ん…」
「わ、ごめん…っ」

たまたま。そう、たまたま動かした手がナマエちゃんに触れただけ。それなのにナマエちゃんが色っぽい声を出すから、脳内にめくるめくピンクな妄想が広がってしまうのを止められない。

「えいっ」
「ちょっ、だめだってナマエちゃん…!」

仕返し、と言ってくすくす笑いながらナマエちゃんが指先で俺の腹筋をそっとなぞった。その手を慌てて掴むと、ゆっくりと指が絡められる。ちふゆくん、と吐息のような甘い声で呼ばれて、下半身がずくんと疼く。

「だめだった?」
「だめじゃ、ない…」

気になる女の子の部屋で、狭いベッドの中で、そんなことされてそんなこと言われて、我慢できるワケがない。もうどうにでもなれと華奢な身体に覆い被さり首筋に唇を寄せると、今の俺の髪と同じシャンプーの匂いがした。


「ん……」

柔らかい朝日がカーテンの隙間から差し込む。目を覚ますと隣には下着姿のナマエちゃんがいて、もうその視覚からの情報だけでどうにかなってしまいそうだった。

「ん、おはよ」

ゆっくりと目を開けて、それからふわっと笑ったナマエちゃんはやっぱり可愛い。すっぴんでもこんな可愛いのやばくない?え、やばい。ていうか昨日、俺ナマエちゃんと…

「千冬くん、」

布団の中でナマエちゃんの柔らかい太腿が俺の脚にするりと絡められて、膝が当たる。あ、やばい、勃ちそう。

「昨日はすごかったね?」
「な…っ、」
「…もう一回、する?」

まつげに猛毒を孕んだあの子

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