title by サンタナインの街角で


今年の誕生日は月曜日だった。平日なんだから当たり前に仕事で、それは彼氏である圭介も一緒だった。だからその前日の日曜日に圭介がちょっといいレストランを予約してくれた。あの、場地圭介が、わたしの誕生日にレストランの予約をした。しかもちゃんとした服装じゃないと入れないようなお店。「こんなところ来たことないからなんか緊張するね」なんて言いながらディナーを楽しんだ。うん、楽しかったし美味しかった。そこまでは良かった。

わたしは今日で26歳になった。圭介と付き合い始めたのは高校3年生の頃で、付き合って今年で8年。わたしが大学を卒業してから一緒に暮らし始めてもう3年が経った。

26歳の誕生日に8年も付き合っている彼が、しかもあの圭介が、素敵なレストランを予約してくれて、プロポーズを期待しない女がいる?そんなの期待するに決まっている。わたしだって期待した。だからその日の為に新しいワンピースも買ったし「それ新しいやつ?へー、いいじゃん」なんて圭介が珍しく褒めるから「これ今日絶対プロポーズくるわ」って結構本気で思ってた。のに、何もなかった。いや、レストランで食事するのも楽しかったし、そのあともちろん素敵なプレゼントも貰った。わたしが前に雑誌を見て可愛いと言っていたネックレス。何気なく言ったことを覚えてくれていたのも嬉しかったけど、どうせなら同じブランドの指輪をいただきたかった。と2年前の誕生日から毎年似たようなことを考えている。


「2人付き合い長いでしょ?まだ結婚しないの?」なんてもう何回聞かれたことか。実家に帰るたびに親にも言われる。「圭介くんはまだ結婚とか考えてないの?」って。そろそろこの質問にはうんざりしてきたし、そんなのわたしが聞きたいぐらいだ。もちろん実際に聞けるわけないけど。

26歳にもなると友達もそれなりに結婚する子が増えて、子どもを産んだ友達ももう何人かいる。付き合ってる期間は周りの友達の誰よりも長いのに、わたしたちの会話には結婚のけの字も出てきたことはない。

それでもわたしは圭介以外の人と結婚するなんて考えられないし、ずっとずっと一緒にいたいって思ってる。圭介はその辺一体どう思っているんだろうか。





「で、昨日のディナーどうだった?」

出社すると隣のデスクの同期が声をかけてきた。「誕生日おめでとう!また一歩アラサーに近付いたね!」という言葉とともにプレゼントを渡された。その言葉は彼女にとっても盛大なブーメランだろうに。
仕事でもプライベートでも今1番仲良くしている同期からのプレゼントの中身はずっと欲しかったフレグランスと、わたしが以前好きだと言っていたお店のお菓子。フレグランスは発売後即完売して嘆いていたもので、お菓子だって並ばないと買えないはずのものだった。わたしのツボを的確に突いてくるプレゼントに月曜の朝とは思えないほどテンションが上がって、しかしその直後の発言に、さっきまでのテンションが急に萎む。

「うん、美味しかったよ」
「そんな分かりきったことは聞いてない」
「…あなたが期待するようなことは特に何も」
「は…?え、そんなことある?」
「あるんだなぁこれが」
「場地くんマジで何やってんの!?」
「わたしが聞きたいよ」

「いや、ほんとに何やってんのあんたの彼氏は!」とわたし以上に頭を抱えて怒る同期を見ていると、さっきまでのモヤモヤしていた気持ちが少し晴れた。

「なんか思ったんだけどさ」
「うん?」
「圭介的にはタイミングは今じゃないってことなのかなって」
「えー…でももう我ら26よ?」
「いや、まぁそうなんだけどさ…圭介とこの先ずっと一緒にいられるなら結婚するのは30ぐらいになってからでもいいのかも、なんて思ったんだよね」

本当は早く結婚したいし、子どもだって欲しいけど。圭介にその気がないなら仕方ない。だってその相手は圭介じゃないと意味がないんだから。





「ただいまー」
「おー、おかえり」

いくらテンションが落ちているとはいえ誕生日に残業なんてしてたまるかと気合で仕事を定時で終わらせた。まぁ昼休みは少し削られたけど。帰宅すると圭介がキッチンから顔を覗かせた。

「えっ、もう帰ってたの…?」
「なんでそんなに驚いてんだよ」

いつも帰りが遅い圭介がこんな時間に家にいることに驚いていると「ナマエの誕生日なんだから普通に早く帰ってくるわ」と笑われた。なにそれズルい…。こんなに長く一緒にいるのに、相変わらずわたしの心臓は圭介の言葉と笑顔にすぐキュンとしてしまう。

「今晩飯作ってるから、風呂入ってこいよ」
「誕生日パワーやば…めっちゃ尽くしてくれるじゃん」
「ちなみにケーキもある」
「えっそれはもしかして…」
「千冬オススメのナマエが食べたいって言ってた店の猫の形したケーキな」

前に千冬くんがおすすめしてくれて、でも家から遠くてなかなか行けなかったお店のずーーーっと気になってた可愛い猫型ケーキ。冷蔵庫を開けると確かにそのお店の箱が入っていた。

「え、これいつ買いに行ったの?」
「それは内緒」

嬉しさのあまり、夕飯の支度をする圭介の背中に思わず飛びついたら「危ねぇだろバカ!」って怒られた。



圭介お手製の夕飯と千冬くんおすすめのケーキを食べてお腹いっぱいで満足感がすごい。昨日も素敵なレストランに連れて行ってくれてプレゼントももらったのに、平日にも関わらず誕生日当日もちゃんとお祝いしてくれたことが嬉しすぎて、プロポーズしてもらえなくてガッカリしていたことなんてすっかり忘れていた。

ご飯の後片付けを済ませて、先月の圭介の誕生日にわたしがプレゼントしたお揃いのパジャマを着て2人でソファに並んで座ってテレビを観ていた時だった。

「…もうひとつプレゼントあんだけど」

そう言って圭介が取り出したのは小さい箱。それを見た瞬間わたしは目を見開いた。だってこれ、わたしの勘違いじゃなかったら、中に入ってるのって、

「嘘…」

圭介が開いた小さな箱の中には、ダイヤが輝くシルバーの指輪が入っていた。

「嘘じゃねぇんだよなぁ」
「だって、もし渡されるなら絶対昨日だと思ってたから…」

もう既に泣きそうなわたしを、圭介が優しく抱きしめた。

「あー…本当は昨日渡すつもりだったんだけど…でもなんかさ、いつもの部屋でいつもみたいに2人でいるときに言いたくなっちまって」

頭の上から聞こえてくる圭介の声は少し恥ずかしそうで、その声にすら胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
ねぇ、わたし今圭介がどんな顔してるかわかるよ。

「ケンカすることもあるし、お互いの嫌なところもいっぱい見てきたけど…それでも、これから先の人生も一緒にいるのはナマエがいいし、俺はナマエ以外考えられない」

わたしが思っていたのと同じように圭介が思ってくれていたのが嬉しかった。圭介がわたしを抱きしめていた腕を解いて、真っ直ぐにわたしの目を見た。

「絶対幸せにするから」

「俺と、結婚してください」

圭介からの突然のプロポーズに返事ができないほど涙が溢れて止まらなくて、そんなわたしを見て圭介は「泣きすぎだろ」と笑って、テーブルの上のティッシュで少し雑にわたしの涙を拭った。わたしもティッシュを数枚手に取って鼻をかんだ。ムードもへったくれもないけど、こんな話をお風呂上がりのパジャマ姿でする圭介が悪いと思う。

「わたしが昨日どんっっっだけ期待してガッカリしたか…」
「あー…それは悪かった…」
「昨日言ってくれなかったからさぁ、もう30歳ぐらいまで待つつもりでいたんだけど」
「いや、それまでには子どもも欲しいんだけど?」
「わたしもそう思います」

顔を見合わせて笑い合って、触れるだけの優しい口付けを贈られる。

「手出せよ」

差し出した左手の薬指に、圭介が箱から取り出した指輪をはめてくれた。

大きめのダイヤがひとつついたシンプルなシルバーの指輪はいかにもエンゲージリングですって感じ。それを見て思わず口元がにやけてしまう。わたし明日から毎日これつけるの?やっばい、最高に幸せすぎる。ていうか圭介がこれを買って用意してくれたって想像するだけでもう無理。好きしかない。そんなことを考えながら指輪を見てニヤニヤしているわたしを見ていた圭介がわたしの左手に指を絡めてぎゅっと握った。

「なぁ、ナマエ」
「ん?」
「返事、まだ貰ってねぇんだけど」

突然の出来事に嬉しすぎて返事するのを忘れていた。

「こんなわたしだけど、末長くよろしくお願いします」

そう言ったわたしを圭介は力いっぱい抱きしめてくれた。圭介の心臓の音が聞こえて、それがあまりにも早かったから思わず笑ってしまった。

「おい、笑うなって」
「だって心臓の音すごいんだもん」
「当たり前だろ」

これでも緊張してたんだから、照れたように言う圭介がたまらなく愛おしい。

「ねぇ、わたし今最高に幸せ」
「これからもっと幸せにしてやるから覚悟しとけ」

悪戯っぽく笑って言った圭介の耳が赤くなっていてわたしはまた笑った。

もしも願いがふたつなら

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