title by サンタナインの街角で


『ごめん!今日残業になっちゃってご飯作れなさそう』

珍しく仕事が定時で終わりそうな金曜日の夕方。ポコンという音と共に届いたメッセージ。直後にまたポコンポコンと音が鳴って、猫が土下座しているスタンプと、『夕飯外で済ませてくれていいからね』という一言が届いた。『わかった、また連絡するわ』と返すとすぐに『本当にごめんね』と返ってきた。『気にすんな、仕事頑張れよ』と送ると、数分後に届いた泣いている猫のスタンプを見て小さく溜息を吐いた。

先週はナマエが忙しくてすれ違い、週末はお互い別々の用事があってほとんど一緒にいなかった。今週は俺が残業続き。やっと仕事が片付いて久々に早く帰れるから今日こそは一緒に晩飯食えるなと思っていたらこれ。お互いに繁忙期だから仕方ないとは思うけど、最後に一緒に晩飯を食って布団に入ったのはいつだったかと思い出そうとしてやめた。



定時を少し過ぎた頃に仕事を終えて、ペヤングでも買って帰るかと駅からマンションまでの帰り道にあるいつものスーパーに寄った。カゴの中に発泡酒を数本と、ナマエの好きな酎ハイを入れてカップ麺が並ぶ売り場へと向かう。いつものようにペヤングを数個カゴに入れたところで目に付いたのはカップ麺売り場の向かいにあったレトルトカレー。

たまに食いたくなるんだよなー。てか今ってレトルトでもめっちゃ種類あるんだな、なんて考えながらずらりと並ぶカレーを見ているとだんだんカレーの口になってきた。やっぱり今日はカレーにしようと思いふと考える。俺がカレーを作ったらナマエは驚くか、喜ぶか…いや、どっちもだな。「すごい!」と言って飛び跳ねる姿が簡単に想像できた。想像したその姿に思わず口元が緩む。

カレールーを手に取り、家の冷蔵庫の中身を必死に思い出しながら足りないものをカゴに入れていく。それからポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して自分の母親に電話をかけた。

『もしもし、圭介?』
「うちのカレーってなんか味違ぇよな?」
『は?カレー?』

急にどうしたの?と驚いたような呆れたような声で聞かれる。

「カレーになんか入れてんの?」
『隠し味に味噌は入れてるけど』
「味噌?」

うちのカレー味噌なんて入ってたのかよ。どうりでナマエが作るカレーとなんか味が違うと思ったわ。

『味噌入れるとちょっと和風な感じで美味しいのよ』
「ふーん…」
『あとはお肉とにんじんとじゃがいもと玉ねぎね』
「そんぐらい分かるわ」

たまにはお母さんにも作ってよねー?なんて言いながら恐らく電話越しでニヤニヤしているであろう母を「はいはい」とテキトーにあしらって通話を切りレジに並んだ。




家に帰りカレーを作りながら考える。カレーって簡単って言うけど意外とめんどくせぇんだよな。まず野菜の皮剥くのがめんどくさい。あと煮込む時間が意外と長い。簡単と言われるのは味付けの話だろう。分量通りの水と市販のルーを入れれば誰でもそれなりのものが作れるから。
お互い仕事をしているから家事は分担しているけど、絶対1番面倒なのは料理だ。晩飯の用意は先に帰れる方がするという一応のルールはあるけれど、大体俺の方が帰りが遅いからいつのまにか晩飯を作るのはナマエの仕事みたいになっていた。ありがたいと思う気持ちと一緒に申し訳ないと思う気持ちが湧いてくる。

ナマエが作るよりも不恰好で大きさの揃わない野菜をぐつぐつと煮込んでいると、リビングのテーブルに置きっぱなしにしていたスマホの画面が光った。

『これから帰る!もうご飯済ませた?』
『お疲れ。メシはまだ』
『えっまだなの!?』
『カレー作った』

続けて『うまいかどうかは保証しない』と送ると、めちゃくちゃ驚いてる猫のスタンプと、飛び跳ねて喜ぶ猫のスタンプが立て続けに届いて、さっき想像したナマエの姿と同じで思わず笑ってしまった。




「ただいまー!」

それからしばらくして帰ってきたナマエが、パタパタとスリッパの音を鳴らしながらリビングまでやってきた。いつもより弾んだただいまの声と、短い廊下を急いで走っているであろう足音すら可愛いと思ってしまう。

「ほんとにカレーの匂いする!」
「当たり前だろ」
「すごーい!普通に美味しそうなんだけど!」
「普通にってなんだコラ」
「うそうそ、ありがとね?」

味噌を溶かして鍋をかき混ぜる俺の背中にぎゅっと抱きついて嬉しそうな声を出すナマエをこのままベッドへ連れて行きたくなるのをぐっと堪えた。

「出来合いだけど、サラダ買ってきたよ」

お皿に盛ればそれなりにはなるよね、と手を洗ったナマエが買い物袋から買ってきたものを冷蔵庫に入れていく。

「あ、ねぇ見て」
「あ?」
「一緒の買ってきてる」

冷蔵庫を開けたナマエが買い物袋からさっき俺が買ったものと同じ発泡酒と酎ハイを取り出した。ほら、と嬉しそうなナマエの笑顔がついさっきの俺の我慢を簡単に打ち砕く。

ナマエの顎を掴んで軽く上を向かせ唇を押し付けた。

「んっ…ちょっと、急にどうしたの…?」
「…今のはお前が悪い」
「え、なに…んぅ、」

もう一度柔らかいナマエの唇に吸い付くようにキスをした。少しだけ開いた隙間から舌を入れれば、すぐに逃げようとするナマエの舌を絡めとり吸い上げる。
ナマエの腰に腕を回してそのまま抱きかかえようとしたところで胸を押してやんわりと拒否された。

「だめ…」
「なんで」
「だってせっかく圭介がご飯作ってくれたのに…」
「そんなんあとでいいわ」
「…今からしてご飯食べるような時間に終われるの?」
「そ…れは、無理…」
「でしょ?」

苦笑いして俺を見上げるナマエの細い腕が首に回される。

「ご飯食べてお風呂入ってからにしよ?」

「で、今日はそのまま2人で一緒にゆっくり寝たいんだけど、どうですか?」

俺の返事なんて分かりきっているくせに、上目遣いにあざとく聞いてくるナマエに触れるだけの口付けを落とした。





ナマエが買ってきたサラダを皿に盛り付けて、2人用の小さいダイニングテーブルに運んだ。スプーンとグラスを並べて、あとは米が炊けるのを待つだけ。

「何してんの?」
「せっかくだから温玉も作ろうと思って!ちょっと時間かかるから今のうちにお風呂入ってきていいよー」
「…あとで入る」

ベッドまで我慢できる気がしなかった俺は一緒に風呂に入る気満々だったから、服にカレーの匂い付くし、とそれらしい理由を続ける。「じゃあもうちょっとだけ待っててね」なんて言いながらもクスクス笑うナマエには多分俺の考えはバレていると思う。



「2人でご飯食べるのちょっと久しぶりだね」
「だな」

向かい合って座った小さいテーブルに俺が作ったカレーとナマエが買ってきたサラダが並ぶささやかな食卓。久しぶりの一緒の夕飯につい酒が進む。それはナマエも同じようで、既に顔を赤くして「美味しいね」と笑っていた。

「なんか圭介のお母さんが作るカレーと同じ味がする」
「ふーん…」
「今度圭介のお母さんに場地家カレーの作り方教えてもらおうかな?」
「やめとけ」
「えーなんで?」

テーブルの下でナマエの足が俺の足に触れた。

「場地家の味、覚えなくてもいいの?」
「お前の作る飯がこれからうちの味になるからいいんだよ」

一瞬目をまん丸くして俺を見たナマエが「ふふ、そっかぁ」と少し頬を染めて恥ずかしそうに笑った。


「洗い物は?」
「あとでやっといてやるよ」
「それ明日になってもシンク片付いてないやつじゃん」

食べ終わった食器を下げたナマエの手を引いて風呂場に直行した。ニットを脱がせて、俺が何年か前のナマエの誕生日に買ってやったネックレスを外す。首に俺の指が触れてくすぐったいと笑うナマエの唇を塞いで、そのまま背中に手を回してブラのホックを外すとナマエも俺のシャツに手をかけてきたから素直に脱いだ。

「ん、カレーの味がする…」
「色気ねぇな」
「今更色気なんて求められましても」

言葉に色気はなかったが、キスひとつで荒くなった呼吸と潤んだ瞳、紅潮した頬は俺を興奮させるには十分な色気だった。






風呂場で1回ヤって、ベッドで更に2回。終わる頃にはすっかり日付は変わっていた。そしてそのまま2人とも爆睡。

まだ外が薄暗い時間、寒さに目を覚ますと隣で眠るナマエが1枚しかない毛布を俺から奪って体に巻きつけて寝ていた。自分の姿を確認すると下は寝巻きがわりのスウェットを履いていたが上はタンクトップしか着ておらず、どうりで寒いわけだと1人で納得した。俺のスウェットの上はナマエが着ていて、そういえば昨晩、行為の後すぐに眠ってしまったナマエに俺が着せたんだったと思い出す。床に落とされていた羽毛布団を拾い自分と毛布に包まるナマエに掛けて、毛布ごとナマエを抱きしめながら目を閉じた。

再び目を覚ますとすでに外はすっかり明るくなっていて、ベッドサイドに置かれた時計は10時を指していた。

「あ、起きた?」

ベッドに腰掛けて着替えていたナマエは俺が起きたことに気付くと、はい、と俺が昨夜着せたスウェットを手渡してきた。その腕を掴んで引けば簡単に俺の上に倒れ込むナマエを抱き止めて、そのまま何度か触れるだけの軽い口付けをする。抱き止めていた手をゆるいニットの中に入れようとすると、俺の膝から逃げるようにナマエが降りた。

「だめだよ」
「…なんでだよ」
「圭介昨日洗い物してないでしょ」
「あとでやるって」
「昨日もそう言ってた」

ほら、起きてとナマエが俺の両手を引っ張った。そのままナマエに手を引かれてリビングまでの短い廊下を歩く。

「お昼は焼きカレーにしようよ」
「それ好きだよな」
「美味しいじゃん」
「俺カレーうどんにしよ」
「あーそれも捨てがたい」

俺の手を引いて幸せそうに笑うナマエを見ていると自然と綻ぶ口元。引き出しの奥に仕舞ってある小さな箱を渡す日もそう遠くないのかもしれない、なんて考えながら南向きの窓から日差しが入る暖かいリビングに足を踏み入れた。



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