暴力・流血・瀕死注意









きっと、あの人はあたしを置いていく。
わかっていたことだった。


口が悪いし行動もがさつなあの人は誰よりもヒーローで、それを誰よりもわかっているのはあたしだった。

だから、きっとあの人は助けを求める人がいるときには、どんな危険な状況であれ飛び込む。
どこまでもヒーローで、かっこよかった。彼があたしと結婚してくれたことが誇らしかった。




それは敵との遭遇中のことだった。
彼らは集団で、ヒーローを狙っていた。

敵連合はなくなったものの、世の中にはそれに感化された集団がまだいくつも残っていて、ヒーローの命を狙ったり、姑息な犯罪を繰り返したりしていた。
ヒーロー、爆心地は高校の時から変わらない圧倒的な戦闘センスで、その敵達を蹴散らしていた。

あたしも一緒にその現場に出ていて、自分の前の敵を倒すのに必死だった。

だから、気がつかなかったのだ。
好奇心に負けた幼い少年が、あたりにはられたテープを潜って、こちら側にやって来たことを。

その少年を見つけて馬鹿野郎と叫ぶ彼。そこであたしは異変に気づく。
一瞬辺りを見回すとその少年を逃がすためにテープの外側へ放る彼が見えた。


その隙を、敵が逃すはずもなく。



個性なんてものを人間に授けたのは何故か。
こんなにも大きな力を、人間に授けたのは誰か。

どうして?



次の瞬間彼は、勝己は血の海に沈んでいた。
敵の能力だろうが、そんなものを分析できるような精神状態じゃない。ただただ、赤くなる。目の前が。




私情で人を殺してはいけない。私情で動くのはヒーローじゃない。わかっている。敵であろうとも必要以上に攻撃してはならない。わかっている。


わかっている、……けど。


許せないものは許せない。
あたしは自分の個性を最大限まで解放させる。
勝己をあんな風にしたやつらを同じ目に合わせるため。





ふと、誰かに動きを止められる。
「そこまでだよ、りんちゃん」
「……?」
「もうみんな、倒れてるよ」
「……あ……え……?」

視界は涙で滲んでいてなにも見えない。
でもその声は聞き覚えがあった。いずくんの声。

「救急車来てるから、りんちゃんはかっちゃんについててあげて」
「っ……!!」
その台詞に頭がクリアになった。そうだ、勝己。
あたしの周りには敵達が倒れている。みんな動けないが息はあるようだった。安堵する。人殺しにはならなかった。

ああ、それでも
ヒーロー失格だなぁと救急車に乗り込みながら思う。

救急車の中で呼吸器を付けて、止血をされている勝己を見て、また涙が出た。手を握りたかったけれど、戸惑ってしまう。救急隊員の方に促されて、握ったその手は少しだけ温度があった。生きている、涙が止まらない。ただ、この温度がなくなりませんように、そう願った。








一命を取り止めた彼は、手術から20時間経って目を覚ました。
手術が終わってからずっと病室についていたあたしが、それはもう大きな声でわんわんと泣くと困ったような顔をして頭を撫でた。

「悪かった」
そういえけれど、彼はあのときの行動に後悔はしていないのだろう。だって彼はヒーローだから。


それまで一睡もしていなかったあたしは、彼が起きたことの安心感と、泣き喚いた疲れからベッドに縋りながらすぐに眠りに落ちてしまった。


その後、目を覚ましたあたしは、いずくんから勝己が倒れたあとの行動を聞いた勝己にこっぴどく怒られることになる。


てめぇはヒーローだろうが
そう怒鳴る彼に、あたしはなにも返せなくて、また反省して泣いた。
じゃあ、もう個性なんて喰らわないで、勝己が誰にも負けない最強のヒーローで居てと訴えると小さな声で「言われんでもなってやるわ、アホ」と返ってくる。

ああ、それでこそ勝己だなぁ、と思う。
彼は強い。どこまでもヒーローだ。

それはもちろんあたしにとっても。

そして、あたしが眠ってた間も、あたしを叱ってた間もずっと離れない彼の手に、あたしは言葉にできないほどの愛を感じるのだ。