私と僕

12月。午前6時3分。
まだ、日も昇っていない薄暗い空。
東の空が、ほんの少しだけ朱に染まりかけている。
息を吐けば体の中で温まった空気が冷たい外の空気との温度差で白く濁る。
足りなくなった酸素を体に入れようと空気を吸う。
冷たい、朝の空気が肺いっぱいに広がり、思わず身震いしてしまう。

毎朝の習慣。6時10分発の電車に乗るために、家を6時に出る。
歩いて3分のところにある最寄り駅に。
私はこの7分のために少しだけ早めに家を出る。
今日もぴったり6時3分に駅に着いた。改札を通り、7番線のホームに着く。
向かいの6番線のホームに彼の乗った電車が着いた。
6時3分に着く電車。
彼が6番ホームの階段を降り、7番ホームに向かう。

彼と私の7分間が始まる。
人のいない朝の冷たいホームで、ただ無言で電車を待つ私たち。

彼の姿を、ついつい目で追ってしまう。
深い翠と蒼が印象的なマフラー。
無造作にはねている少し色素の薄い髪。その髪は男性にしては少し長く感じる。
ブレザーから除くシンプルな腕時計から、センスの良さが見える。
時計をつけているのと反対側の腕にはヘアゴムが幾つかつけられていて、
きっと髪を結ったりするんだろうと想像できる。

彼のことをずっと見ている。でも話をしたことはない。
名前も知らない。
同じ学校の制服をきていることしか、共通点はない。
それでも、私はこの毎朝の7分が心地よくて仕方ない。
彼との二人きりのこの時間。毎朝の7分が恋しくて心地よくて。
きっと彼は、私のことなんて気がついていないだろうけど。





12月。午前5時49分。
まだ、星も輝いて見えるような空。
太陽の欠片もなく、月が少し残っている。
夜の空気と朝の空気が入り混じったこの時間にしか味わえない空気。
その冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
全身に冷たい空気が行き渡り、覚醒する体。

毎朝こんな寒い中、学校に行くために電車に乗るのは苦痛でしかなかった。
でも、今ではこの時間が、一日の中で最も心地がいい。
僕が7番線のホームに着くと、彼女が必ずそこにいる。
彼女の存在に気がついた時から、僕は7分が恋しくなった。
5時56分発の、電車に乗り、この乗り換えの場所まで来る。
電車に乗っている7分が毎日毎日、早く過ぎろと願う。
あと7分。あと6分。あと5分。

僕と彼女の7分間が始まる。
人のいない朝の冷たいホームで、ただ無言で電車を待つ僕たち。

6番線のホームに着くと、向かいの7番線のホームに彼女の姿がうつる。
首元に赤いマフラーをぐるぐるとまき、ブレザーのしたから覗く白いセーターが、
手のひらを半分隠している。
胸のあたりまであるさらさらの黒髪が艶やかで目を引く。
膝上のスカートから伸びる脚は、黒いタイツに包まれている。
寒さで頬と鼻を赤く染めている彼女。

愛おしい彼女の姿。
彼女の存在に気づいたときからずっと見ている。
話したこともなければ、名前も知らない。
唯一、同じ学校の制服を着ていることしか共通点がない。
それでも、この7分が僕にとっては心地いいひと時だ。
彼女と二人きりのこの時間。毎朝の7分が恋しくて心地よくて。
きっと彼女は、僕がこんなに見ていることなんて知らないだろう。




電車が来た。



2号車に乗る彼。
3号車に乗る彼女。


今日こそはって思ったのに。踏み出せない一歩。


彼と同じ車両に乗りたいが、勇気が出ない。
彼女と同じ車両に乗りたいが、勇気が出ない。



ふと、2人の目が合った。真っ赤に染まる顔。



私は、彼に恋をした。
僕は、彼女に恋をした。



(あと7分が、もっと恋しくなるのは、また別のお話。)



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