その日は久々に朝から一人だった。
 借金の返済ノルマはひとまず達成しており、分史世界関連の仕事もない。
 エルと女性陣は遊びに出て行き、ルルは近所の見回り。ジュードは研究、アルヴィンは商談、ガイアスとローエンは会議で男性陣もそれぞれ不在。
 思えばここ最近はクエストであちこちを駆けずりまわっていた。前回自宅へ戻ってきたのはいつだっただろうか。
 とにかく久しぶりの我が家だ。先にやることをやってしまおうと思い、一通りの家事や掃除を普段よりも少し丁寧に。終わる頃にはいい時間だったためそのまま軽く昼食も済ませる。
 さてしばらくのんびりしようかと雑誌を手に取り、ルドガーはソファへと移動した。

 久々に穏やかな午後。
 開け放したリビングの窓から入ってくる風と陽射しは少し埃っぽいが、昔からトリグラフで暮らしている身には気にならない。むしろ、今は遠くなってしまった日常が帰ってきたような気さえして、少しの心地よさを感じる。
 このままソファに横になって昼寝でもしてしまおうか――そう思ったが、今はそういうわけにもいかない。いや、別に実行に移してもいいのだが、なんとなくそうし辛いのだ。ルドガーはそんな状況に置かれていた。

 そう、その日は久々に朝から一人「だった」。

 どうしてこうなっているのか。
 この状態になってから何度目かの自問自答である。いや、答えられていないのだからただの自問か。思わず思考が逸れるがそれも仕方ないと思い、一つ大きく息を吐く。
ルドガーはソファに――正確には、ソファに座ったガイアスの足の間のスペースに抱きこまれるようにして座っていた。

 時間は少し遡る。
 昼食を済ませて雑誌を手にソファに移動してから程なく、インターホンが鳴らされた。誰だろうと思いながらも扉を開けてみると、そこには会議だと言って抜けていたはずのガイアスが立っていたのである。
 突然のことで多少驚きはしたが、わざわざ訪ねてきたのだ。このまま玄関先に立たせっぱなしにしておくのもどうかと思い、とりあえず身体を引いて招き入れる。仕事はどうしたのかと問えば、あとはローエンに任せて問題ないのだと返ってきた。
 つまり今日の分の仕事は終わりだということか。けれど何故、仕事が終わって向かう先がここだったのか。浮かんだ疑問を何か用でもあったのかという言葉にして口に出そうとしたが、それは相手のお前は何をしていたのだという問いで遮られた。
 ちょっと本読もうかなと思って。そう言って手に持ったままの雑誌を示すと、そうか、と返ってきて僅かに考え込む素振りを見せる。
 何か考えてしまうような変なことを言っただろうか、それにしてもその表情がどこか無防備でかわいいな――そんなことを思っていると突然がしりと腕を掴まれ、元いたソファまで連れて行かれた。
 そして答えの出ない自問自答へと話は戻る。

「何を考えている」
「いや、特には何も。……ただ、なんでこんな風になってるんだろうなって」
 すっぽりと抱き込まれて、俺は大きなぬいぐるみか何かか。そしてあんたは宝物を離さない子供か。そう言って大して読んでもいない雑誌のページをぺらりと捲る。
 その雑誌はリーゼ・マクシアとエレンピオス、それぞれの国のおすすめグルメについて特集が組まれたもので、何か料理の参考にならないかと思って少し前に購入していたものだ。しかし分史世界のことや借金の返済で忙しく、結局表紙を開いてもいなかった。せっかく今日はゆっくりできるのだ。今のうちに読んでしまおう、ああ、気になっていたものがようやく読める──そう思っていたのに、この状態では読むどころか落ち着くことさえできやしない。別にやましいものではないのだが、それでも後ろから抱きこまれて本を覗かれるというのはどこかむず痒い感覚がする。とにかく落ち着かない。落ち着けるものではない。

 悶々としながらもしばらくページを捲り続けていると、背後から小さく「む、」と聞こえてきた。何事かというように視線を向けると、いや何でもない、と返っては来たのだが。目は口ほどにものを言う。普段は見るものすべてを真っ直ぐ射抜くようなその瞳は物欲しげに揺れており、視線の先は今開いているページに留まっている。
 たまたま開かれいていたそのページは丁度エレンピオスのスイーツに関する記事で、写真もいくつか掲載されていた。色とりどりで華やかな見た目のそれらは、確かにリーゼ・マクシアではあまり見かけるものではないかもしれない。意外にも甘いものが好きだというこの王様は、確実に写真に釘付けになっている。好みは人それぞれだ、気になって目が離せないというのは別にいい。が、限度がある。雑誌に穴が開きそうな勢いで見られていてはページを次へと進めづらい。
「……そんなに気になるなら、今度余裕がある時にでも実物食べに行く?」
 聞きながら振り返ると、普段はあまり表情に変化がないのに今ばかりは僅かに目を見開いて、いいのか、と返される。
「そのように煌びやかだと、相応に高価ではないのか?懐にそれだけの余裕は」
「大丈夫だよこれくらい。見た目は綺麗だけど、いつも通りに節約しつつ計画的に返済すれば普通に手が届く程度だし」
 記事によるとその店のスイーツは、可愛らしく手の込んだ見た目の割には手頃な値段で最近人気らしい。店の場所もトリグラフの街中だというので特に交通費がかかるわけでもない。強いて言えば、街中ではあるものの路地を少し入ったところにあるから少し場所が分かり辛いというくらいか。しかし、その分かり辛さも隠れ家的な雰囲気を醸し出しており、人気を後押ししているのだとか。
 それにしても。
「一国の主に懐事情を心配されるなんてさ。なかなかない経験だよなこれ」
「今の俺は一介の市井の男だ」
「はいはい、アーストさん」
 どうやら、暗に「王様」と呼んだのがいけなかったらしい。少し機嫌を損ねてしまったようだったが、そういう部分もやはり普段はあまり見せないのにと思うとかわいいやらおかしいやらで、少し笑いが零れた。しかし笑ってしまったことでますますむくれてしまい、慌てて機嫌を取る。
「時間もいい頃だしほら、今お茶とお菓子出すから。そう拗ねるなって、な?」
 大の大人を相手にお菓子で釣ろうなんてどんなだ、子供じゃあるまいし。自分で言っておきながらそう思ったのだが、実際それで釣れてしまうのだから仕方ない。ほら、一気に雰囲気が丸くなった。

 落ち着いて本を読む予定は潰れたが、一緒にお茶をしながらスイーツを食べに行く予定を話すのも悪くはない。そのためにまずは準備をしよう。
 そう思って、ルドガーは自分を包む温もりから抜け出したのだが。

(あれ、どうしてあの腕から抜け出すのを少し寂しく思うんだろう)



聞いて…前作以上に着地点ちゃんが息してないの…さらに書きたい部分を収めきるつもりが結局収まってないという…
そもそも「ガイドブック」を「ガイルド」に空目したのが妄想のはじまりでした。

2014/2月末


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