【花と蝶と膝枕】
強い風にひらひらと白。
絶え間なく花びらが舞い散る夜の庭を眺めながら、徐晃は杯を傾ける。
膝の上の温もりが心地よい。
「張遼殿」
返事はない。
「張遼殿、そろそろ…」
今度は密やかな笑い声がした。
笑い声の主は、先程から徐晃の膝を枕にして春の庭を愛でている。
「不敗将軍ともあろう御仁が、これくらいで音を上げるとは」
ころりと仰向けになり、今度は徐晃の視線を真下で受ける。
ほろ酔いが張遼を上機嫌にしているようで、そんな時の張遼は、時折悪童のような顔をする。
「そろそろ冷えて参ったし、室内に移動した方がよいとおもう」
「動きたいのはやまやまなのだが」
にこりと笑顔で覗き込まれ、悪戯そうなその表情に見とれる。
「実は先程から足の上に蝶がいて。いつも戦場で命を奪う立場とて、このような儚い命までもを無下にしたくはないのだ」
張遼のすらりと伸びた足をみやるが、こんな夜中にもちろん、蝶など見当たらない。
「さては徐晃殿、足が痺れましたか」
「あ、いやそのような…あ、わ、張遼殿!」
図星を指され誤魔化そうとしたが、ちょうど痺れている側をつつかれてうろたえる。
怪我などに比べれば微々たる刺激だが、むずむずしてなんとも耐え難い。
「あ、こんなところにも蝶が」
至極真面目な声とともに、手が膝の内側に滑り込んできた。腰を抱きかかえられするすると撫でられて、違う痺れが走りそうになる。
「張遼殿!」
慌てて進行を制止しようとすると、その手に張遼の指が絡んできた。顔を見れば、また悪戯そうに微笑んで。
毒気も起こらず、徐晃は苦笑を返す。張遼の笑顔にはとことん弱いのだ。
ふいに張遼が起き上がり、徐晃の隣に正座した。何事かと見やれば、
「では徐晃殿の痺れが治まるまで、こちらで休まれよ」
ぽんぽんと自分の膝を叩く。
意味が分からず膝と顔を見比べていると、体を柔らかく引かれ、その膝に頭が納まった。
徐晃の頭を、優しい手が撫でる。膝枕は照れくさくもあったが心地よく、布越しの張遼の体温に酩酊しそうだった。
「治りましたかな?」
少しして頭上から降ってきた声にすでに痺れが消えたことに気付くが、この満ち足りたような気分を打ち切るのは少々名残惜しかった。
「…張遼殿」
「うん?」
髪を撫でるように動いていた指がふと止まった。
「…実は今、足に蝶がいて」
自分の頬がすこし赤みを帯びた事は、夜だから気付かれまい。
「だからその、動けないゆえ、もうすこしこのままで」
先ほどの張遼を真似てみると、くく、と笑った気配がした。
「それでは仕方がない。では、蝶が去るまで」
再び柔らかく撫でられて、徐晃は目を細めて庭を見る。
散る花吹雪が、蝶が舞うように見えた。
* * * * * *
ほのぼのしすぎて老夫婦のようなおふたりですが、この後そのままやらしい展開になりそうです。いや、なるがいい。
「蝶」と打とうとおもうのに、tyouで止められない罠。tyouryouまでオートで指が動く罠。もうどうしようもない。
春は徐遼の季節ですねえ。
(そして徐遼話のタイトル全てに「花」がついてしまう罠)
(07/05/04)