張遼の怒りにも似た羞恥を感じたのか、臧覇はすこしだけ上体を起こした。張遼もそれを追い、肘と腹筋で上半身を半分起こす。
軍旗はまだふたりを世界から隔絶している。

「腹に抱え続けているくらいなら、吐いてしまえよ張遼。俺を呂布殿と思って」

光の漏れている部分を、臧覇がおさえた。さらに暗くなる。

「なんでもきいてやるし、してくれというのならする。お前がそんなだと、落ち着かない」

臧覇のひとことひとことが、張遼の腹の底を焼く。熱いような苦しいような、いたたまれないような。
張遼はぐっ、とこぶしを握り締める。汗で湿っていた。

「なんでも、か」
「…ああ」

意を決して言うと、すぐに答えが返ってきた。
張遼は臧覇の肩に手をのばし、わずかな視界のなか臧覇の顔の位置を確認して、

がつん!!!!

容赦なく頭突きをくらわせた。

「…痛って!」
「あっ…たりまえだ、この阿呆!」

くらわせた本人ですらかなりの痛みだから、まったく覚悟ができていなかった臧覇にはよっぽどの衝撃だろう。額をおさえてふるえながら張遼の胸のあたりでうずくまっている。

「いつも俺の気持ちなんかお見通し、みたいな態度とりやがって、ああ、もう、むかつく、この過保護!」
「張遼…」
なさけない声に、すこし胸がすく。

「お前は呂布殿の代わりにならない。むしろ臧宣高を誰かの代わりにしようとは思わない」

見えないが、多分きょとんとしているのだろう臧覇をぐいと抱き寄せる。臧覇のあごが、張遼の肩にのる。

「お前にはお前に言いたいことしか言わないし、したいことしかしないってことだ、馬鹿」

言ってから、ずいぶん恥ずかしいことを言ったかもしれないと思ったが、本音なのだからしかたがない。
臧覇の両腕にも力が入り、張遼のからだをぎゅうと抱きしめてくる。
なんだか気恥ずかしく思いながらも、友人の気遣いが迷惑ではなかったことを伝えるために抱き返し、ぽんぽんと背中をたたいた。

「それじゃあ張遼」
「うん?」
「俺にしたいことはないのか?」
「…あ?」

いぶかしげに返せば、

「俺に、したいこととか、ないのか」
「うわ…っ」

耳元で息を吐くように呟かれ、張遼はびくりと首をすくませる。
その様子にちいさく笑う臧覇を睨みつけてやりたいが、耳にはそのくちびるが間近に寄せられていて、すこしでも動けば触れてしまいそうだった。密着しすぎだ、と焦る。
無骨な手が張遼の腰のありすぎる髪を根元からすいてくる。指が耳の後ろをかすめたとき、再びぞくりと体が震えそうになった。なんだかさきほどから、場の空気がおかしい。
体温がすこし離れた。吐息が遠ざかり安堵していると、暗がりのなか正面からすぐそばで見つめられて、張遼の心臓がはねる。
見慣れたはずの男の顔が別人のように見えて、ますます焦燥が強くなる。

「張遼」

くちびるが動き、自分の名を呼ぶ。何故だかすこし開いたそこから目が離せない。
顔が熱い。いや、全身が熱い。なんだこれは。なんだ。
ドッドッといやに心臓が自己主張をし続ける。

「…張遼」

こつん、と臧覇の額が張遼の額にふれた。鼻先がぶつかりそうなくらい近い。
いよいよ脈までが暴れだして、張遼はごくん、と喉をならす。握ったこぶしは、汗でじっとり湿っている。

臧覇の息がくちびるにあたって、思わずぎゅっと目をつぶったとき、

「…あのー、将軍」
「うわっ」

第三者の声に、我に返った張遼は臧覇をおもいきり突きとばしていた。
ふたりを覆っていた軍旗も臧覇とともに飛んでいき、青い空が再び張遼の目にとびこんでくる。
その空を背に、困惑顔の兵がひとり。
大の大人がふたり軍旗を被りもぞもぞと重なっているのを目撃すれば、確かに大いに困惑するだろう。
しかも頭かくして尻かくさず、の状態だ。さぞかし奇妙な光景だったろうと、今更ながらに頬が熱くなる。

「軍旗が落ちそうになっていた。後は頼む」

平静を装い兵に告げると、臧覇を振り返らずにその場を後にする。
待てよ張遼、と後ろから聞こえたが、無視してそのまま大股で歩く。

心臓はまだ落ち着かず、冷たい風になぶられる頬も熱いまま。
ぶら下がる軍旗を見たときの氷を押し当てられたような衝撃もなにもかも吹き飛んで、ひたすら羞恥や困惑に思考が支配される。
臧覇の息を、体温を、匂いを、近くで感じたときのあの昂ぶりはなんだったのか。
まるで術にでもかかったような。

繋いでいた馬まで戻る。
顔を上げれば、青い空と影になった城壁が張遼を見下ろしていた。
 






まだデキる前の若いふたりです(といっても30歳くらいですが…)
でもなんだかもう両想い。ふふ。
最後の画像は、実はパチンコ屋の一部です。先月秋の空をパシャパシャ撮っていたら、写ったそれが城壁みたいに見えて、気付いたらこの話になってました。萌えってすごい。

(07/11/23)
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