◆貴方のいない、色鮮やかな(呂遼)◆
リーリーと、虫の声。
前髪を揺らす風はヒヤリと冷たく、空は高い。
遠い山並みに目を凝らすと、緑の中にぽつぽつと紅葉している場所があった。
静かだ、と張遼は思う。
木々にしてみれば忙しく秋の準備に追われているのかもしれないが、外から見るととても静かなものだった。
赤い体をぴんと伸ばした蜻蛉が肩をかすめた。
蜻蛉の赤、紅葉の紅、黄。
常緑樹の緑、土の茶、芙蓉の濃い桃色。
空の青、雲の白…。
あの時、張遼は色を失った。
何もかもが褪せ、白黒の世界にいた。
かけがえのない、何よりも、誰よりも、己よりも、
大切なひとを、失った。
何故自分が生きているのか分からなかった。
彼は死んでしまったのに、どうして自分がまだこうして土を踏み、呼吸をし、食物を噛み、鼓動を打たせているのか分からなかった。
何もかもに、色がなかった。味がなかった。匂いがなかった。
それなのに今はこうして、季節の移り変わりを体のすべてで感じている。
それらを美しいと、穏やかに思う自分がいる。
もう彼を思い出しても、以前のように苦しくはなかった。
風が吹く。
薄情者、と声が聞こえたような気がした。
彼はそんな事を言うような人ではないのだけれど。
「薄情者は貴方の方だ」
張遼は遠く高い空を見上げた。
「私の心からどんどん消えていってしまわれる…」
季節も、想いも、全ては移り変わり、
得ては失い、また得て、そうして続いていく。
鮮やかな色を感じた。
いつの間にか傾いた西日の赤。
燃えるようなそれは、呂布の色だった。