次の曲がり角は右に行く。心の中でそう呟いても走るスピードは緩めない。もしかしたら、本当は少しくらい緩めたところで追いつかれないのかもしれない。何て言っても俺、スポーツマンだし。だけどそんなウサギとカメみたいなことをしていられる相手じゃないのも、わかってる。

(あの人女だけどすごいから)

信号もない夜道をただただ走る。街灯がたまにあるくらいで星の光を強く感じた。申し訳程度のその灯りたちの下を走りぬけて行く。右に曲がったのは間違いだった。ここら辺は住宅街で暗がりに隠れられるかもしれないが音が響く。おまけに人もいない。失敗したと顔を覆って反省して、今度の十字路をどう進むか考える。川沿いに出てしまったらこちらの負けだ。あそこは本当に隠れる場所がない。河原で寝転んでなんていたらものの数秒であの人の餌食になってしまうんじゃないかと思う。

「……っはぁ!」

溜めこんでいた息を吐き出して呼吸を整える努力をする。ダメだ。息が上がってきているのは消せない事実だ。次の十字路はまた右にそれて少し騒がしい道を目指すことにした。この街は小さな街で、夜中に開いている店なんてほとんどない。でもこの先をちょっと行ったところにある大通りを越えたところには眠らない街がある。俺みたいな素行不良少年にはもってこいの、良いところだ。ちらりと後ろを窺う。俺の競争相手は案外遠くにいる気がした。これだけ距離があれば大通りの信号待ちもなんとかなるかもしれない。いや、何とかなってもらわないと俺の負け確実っス!声には出さずに叫んで痛む肺や心臓、筋肉と呼吸器官に無理をお願いする。これが水の中なら話は違うんだ。ああこの辺り全部水中にならないかな。どこからか大量の水が押し寄せてきてさ、なんて意味のないことを考え出してしまう。ダメだダメだ。今に集中しないと負けてしまう。

「ぜってー逃げ切ってやるっ!!」

誰もいない小道に自分の声が響く。その後ろから、俺を獲物と愛してやまないあの人からの言葉が届いた。観念しろ、か。やなこった!


それもこれも今日で三日目だった。三日もこんな風に逃走劇を繰り返している。おかげでこっちは碌な活動も出来やしない。寝不足覚悟で不良になったというのに、このありさまだ。本当なら今頃眠らない街でガラの悪そうな奴らに喧嘩を売ってその辺をしきっているボスをやっつけて俺が新しいボスになっているはずだったのに、この三日俺はその眠らない街にすら辿り着いていない。初日に駐在所の前を通ってしまったのが全ての間違いだったんだ。夜に出歩くことはあってもコンビニに肉まんを買いに行くだとか、そんな用事ばっかりで、着崩した制服のままであの道を通ったことはなかった。そうしたら、あの人に見つかった。最初は何か注意されたんだと思う。でも三日前の俺は本当にイライラしていたし、これから殴り合いをしにいくのだしと気が大きくもなっていた。だからあの人に何か尖った言葉をぶつけた。それがこの徒競走のスタート合図になるだなんて思っていなかったあの時の自分を叱りたい。すぐに逃げ切れると思ったのになんだってこんなにも走り続けているんだろう。

一昨日はなんとか逃げ切って、だけど疲れて家に帰って寝た。
昨日はそんなつもりなかったのにあの人に見つかってひたすらに逃げ続け、空が霞みだしたあたりで追ってこなくなったのでやっぱり家に帰って寝た。
そして今日は見つからないようにこっそりと行くつもりだった。なのに、なのに。

「もう諦めろっ、ての…っ」

それはこっちの台詞だ、なんて声が返ってくる。子供は早く帰って寝ろ。その金色を黒く染めてやる。そんな言葉を聞こえてくる。なんでだよ。なんで他の誰かは良くて俺はダメなんだよ。そう叫びたかった。でも心の中の最後の砦がそれを邪魔する。それを言ったら本当の本当に俺の負けな気がした。

別に煙草が吸いたいわけじゃない。酒も大人になってからで良いと思う。人を殴るのだって、怖い。だけどそうでもしないとこの爆発しそうな俺の気持ちは押さえきれない気がしたんだ。家に帰りたくなかった。そこに俺の大嫌いな人がいる。ずっとそいつがいたのなら話は違ったのかもしれない。ほんのちょっと前に、そいつが帰ってきたら俺はこうやって走ってる。育て親はそいつの帰還に安堵していた。それも嫌だった。俺の存在が迷惑だったんだって思ってしまった。誰かを殴ったり殴られたりしたら心が晴れるかもしれない、そう思いたかった。思いたかったただけなのはもうわかってる。



「ふ、…ふわぁ〜あ」
「ティーダ、また寝てないのか?」
「んー、今日はまだ寝た方ッス…」

結局あの後家に帰り親父を蹴り起こして喧嘩をした。取っ組み合いの喧嘩に発展しかけたところで育て親に鉄拳制裁をくらった。二人してだ。この三日間、ほとんど寝ていないような気がする。不良になったからって学校にいかないわけにもいかなくて、だからこうやって登校している。あのくそ親父はきっと昼まで寝ているはずだ。帰ったらとりあえず蹴り飛ばそう。

「あーあ、悪いことするのって難しいッス」
「ティーダには俺の教科書に落書きするくらいが似合ってるよ」

フリオニールはそう言うと優しく笑って俺の頭を撫でた。今度クラウドに会ったら自慢して、たくさんたくさん羨ましがられようと思う。

20140428
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