その日は朝から騒がしかった。夏の終わり、大嵐がやってくる。この街は海に近いから、その嵐は時折大事な人を連れて行ってしまうのだと教わった。

分厚い雲で覆われた灰色の空が白熱灯のように光った。小さなアパートの一室、二人で暮らすには少し狭い部屋に僕たちはいる。初めてこの部屋で夜を明かしてからもう4年も経った。もともと立てつけの悪かった窓がガタガタと揺れる。そろそろかなと身構えると、地を這うような低音が響いた。先ほどよりも光と音との間隔が短い。雷は近づいて来ているようだ。大嵐は風を呼び雨を降らせ、そして雷を落とす。上空で帯電する音が聞こえる。きっとまたどこかに落ちるのだろう。その音を聞いているとすぐ隣から伸びる腕があった。二人分の寝具を用意するには狭い部屋。同じベッドで横になる彼女を見た。

「……、すまない」
「かまわないです。眠れないですか?」

彼女はこの光と音が苦手だった。こんな夜はいつだって僕の服を掴む。その掴んだ手の指先から震えているのが分かるから、僕はその手を自分の手のひらで覆いそして祈った。見えない神様、どうかこの人を守ってやってください、と。でもそれは小さかった頃の話だ。子供というには大きくなった手で彼女を包み自分の腕の中に彼女を隠してしまう。守ることの出来なかった僕はもういない。いるのかもわからない神様なんかに願わずとも僕は彼女を守る。そう何が相手だろうと。誰が相手だろうと。

「っ、ホープ」
「はい?」
「明日は仕事だ…!」

もぞもぞと動きだした彼女は僕の腕の中から出て行きたいらしい。どうやら背を這う僕の指に文句を言っているようだ。彼女の動きを止めるためぎゅっときつく抱きしめる。小さかった僕はもういない。守ることが出来る。そしてこうやって彼女に触れることが出来る。

「この嵐なら明日もお仕事は休みですよ」

彼女の首元、美しいピンクブロンドの髪に顔をうずめながらそう言った。この雨と風はそうすぐには居なくなりそうにない。そうしたら彼女はため息を吐いて僕の頭を撫でた。僕の髪を彼女は指で梳いていく。その優しい手つきがうれしくて、でもそれと同時に物足りなさを覚える。まだ彼女は僕のことを子供だと思っているのだろうか。それはちょっと悔しいなと思い、彼女の首筋を舐め上げた。ビクンと跳ねる彼女のその身体も、それを隠そうと取り繕うその心も愛おしい。

「ホープ…、ん」
「まだその気になりませんか?」

今度は舐めるのではなく首筋にキスを落としきつく吸う。彼女の肌は薄くすぐに痕がつく。あの赤い痕を彼女の体中にばら撒いたことがあったがその時は鏡を見た彼女が小さく悲鳴を上げ僕は随分の間彼女に触れさえてもらえなかった。それからは僕も加減を覚えた。

「ん…ぅ…、あ」

体勢を変えて彼女の鎖骨に、胸元にとキスをしていく。彼女の口からはいつもより少しだけ高い声が聞こえて、僕はそれに興奮を覚える。彼女の手が僕の髪を掴んだり、離したりやわやわと動く。それすらも愛おしく、顔を上げその細く長い指にもキスをした。

「なあ…、」
「はい」

彼女はその続きを言わない。きっと恥ずかしいんだろう。でも僕はその言葉を聞きたいから、言ってくれないとわからないという顔をしておく。彼女の柔らかい唇が少し震え、そして言葉を紡ぐ。

「キス、して」

何か言葉を発する余裕もなく彼女に口づける。ほら、こうすればもうあの音も光も、怖くない。



夜明け前、嵐は止むことなく古びたアパートの窓はガタガタと揺れている。ひと際大きい雷の音で目が覚めた。腕の中に彼女がいないことに気付く。驚きに息が詰まり跳び起きた。そうしたら彼女はすぐそばに居た。ベッドに腰掛ける彼女を見て安堵する。どうかしたのかと問おうと思い触れようとしたところで、彼女の透明な声がそれを遮った。

「そうだ、私は雷光だった」

誰ひとり守ることのできない、破壊するだけの光だ。そう言った彼女は泣いていなかった。けれど泣けないだけだと知っている僕は、ただ彼女を抱きしめることしか出来ない。もう何も思い出して欲しくなかった。彼女を傷つける記憶なんていらないのだから。彼女は雷が苦手だった。それはずっと昔から、彼女が雷光のように鋭くそして美しく生きたあの時から、ずっと。

20140428
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