その頃の記憶はあいまいで、正確な日付は覚えていません。事故が起こってすぐのことだったかもしれませんし、そうじゃないかもしれないのです。だけどそんな些細なことは関係なく、その人とその人の大切な人がそこにいたということが全てでした。


嫌いな人間がいるとしたら、まさしく、今目の前にいるこの大柄な男だ。何もかもが気に入らない。この男は彼女の妹の婚約者らしい。なのにさっきから彼女の手を握って彼女の名前を切なげに呼んでいる。彼女の妹は書類の提出だかで今ここにはいない。だからこの好意が彼女の妹も承知のことなのかはわからない。だけど、あんまりだ。それは好きな相手にするものじゃないのか。この男は彼女の妹の婚約者だ。彼女に甘い言葉を囁いていい人間じゃない。

「なんで、」

汚い感情がふつふつと湧き上がってきて、止められなかった。口をついた言葉はそのまま男まで届き、男はこちらをに振り返る。僕の言葉は責めていたんだと思う。だから男は僕を見て、少しして口を開いた。

「この人は俺の大切な人なんだ」
「は…?妹とのことは何なんだよ!」
「それは、話せば長くなる」

男は苦く笑って席を立った。もちろん彼女の妹のことも大好きだと告げながら部屋から出て行く。その間中僕は何も出来なかった。扉の閉まる音がして、この部屋には僕と彼女だけになった。ふらふらと彼女のもとへと近づく。彼女は疲れて眠っている。穏やかな寝顔だった。やっと、そんな表情を見ることが出来た気がして胸が苦しくなる。彼女の家族という存在に初めて会った。真剣に彼女のことを想っていた。そこには彼らの歴史があって、こうなってしまったことに対する多くの理由が存在するのかもしれない。だけどそんなこと今はどうでもよかったし、これからも知りたくもないと思う。

「お姉ちゃんは、私たちの家で一緒に住んでもらおうと思うの」
「姉さんを軍には引き渡さない」

もう十分に罰は与えられたのだから誰にも裁かせない。彼女の家族はそう言った。幸いなことに、軍の医療施設にいるとはいえ彼女が脱走兵だということはまだ知られていない。彼女がいた部隊の人たちは、彼女の味方だと聞いた。だからそのおかげだと思う。そんな家族の申し出に彼女は弱く笑った。彼女に罪なんてないと僕は知っている。全部僕のせいだったのから当たり前だ。僕は彼女に救ってもらったから、もう十分に守ってもらったから、僕には何も出来ないと思ったから彼らに全てを任せようと思っていた。彼らに恨まれるのは僕だとも思っていた。だけど彼女は寂しそうに笑った。彼女のその表情を見て僕は気付いたんだ。

「彼らが私のことを想ってくれているとわかるから、それだけで十分だ。私はもうそれ以上何も望まない」

彼女がそう言ったのを僕は覚えている。そんな彼女の想いを壊してまで、僕は自分の望みを叶えたかった。彼女が家族に愛されて暮らす未来に僕はいるのだろうか。そう考えたら震えが止まらない。だからこれは僕のわがままだった。僕は彼女を誰にも渡したくなかったんだ。

20131211
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