何かを作る仕事がしたいと、あなたは言っていたんですよ。

戦争が終わった混乱から、社会は少しずつだけれど回復してきている。窓口にやってくる人々が優しさを贈るのだと言っていた。それが何ものにもかえがたい気持ちなのだと僕は知っていた。それは平和な世界では容易く見つかるのに、そうでないと途端に雲隠れしてしまう。

「お昼休みですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

窓口の業務を終えて席を立つ。午後は配達の仕事が待っている。昼休みの行動はいつも決まっている。僕は郵便局を後にして海の見える小さな街をメインストリートへと向かって走った。郵便局は中心地より西側にありメインストリートを挟んで僕と彼女の家がある。狭いアパートだったけれどこの二年程で慣れきってしまったように思う。狭い分お互いを近くに感じられる気がしている。メインストリートまで来たら今度は北へと進路を変更して、大通りにかまえるこじんまりとした店を求めて歩を進める。もう目隠ししたって辿り着ける自信があった。ここから大きく足を開いて一歩二歩、三歩。ああ、やっと着いた。

「目を瞑って歩くのは危ないぞ、ホープ」

到着したその店の外に、彼女はいた。この店はこの街一番の花屋で、最近では看板娘の評判も高いと噂だ。その評判の良い看板娘を僕は毎日昼食に誘う。この小さな街では当たり前の光景で時々野次を飛ばされるけれど、その度に僕ははにかんで、彼女は少し照れていた。

「仕事の方はどうですか?」
「私は問題ないと言っているんだが、店長には笑顔が足りないと言われる」

小さなカフェでランチを頼んだ。小さな街だからウェイターは僕たちのことを覚えていて、温かいカフェオレを頼めばいつも何かしら文字をいれてくれる。今日の文字は「彼女に笑顔を」だった。看板娘なんだから微笑まないと、と笑いながら言えば彼女はむくれてしまった。彼女の気むずかしさは出会った頃から変わらない。ちらりとウェイターの方を見るとカップを見ろとジェスチャーしている。今日の文字とは逆のことをしでかしている僕にご立腹のようだ(なんせ彼は彼女の大ファンだから)。

「愛想笑いが苦手なだけだ」
「じゃあ僕にも微笑んでくれないのは苦手だからですか?」
「……そんなわけないだろ」

優しい、優しい笑みだった。そんな彼女を見て自分の顔が赤くなっているのがすぐにわかった。彼女の一挙一動に僕の心は揺り動かされて休む暇もない。ウェイターがランチを届けにやってきた。彼は彼女にウィンクして、僕の肩を軽く叩いて帰っていった。二年前、この街に一人の子供が女性を連れてやってきたと騒ぎになった。もちろんその二人というのは僕たちのことで、この街の人たちは訳ありなのを承知で僕たちを受け入れてくれた。あの頃の彼女はまだリハビリが必要だったから皆の好意がとてもうれしかったのを覚えている。そんな経緯もあってか僕は未だに子供扱いされる。ウェイターは僕より四つほど上なだけでそんなに変わらないのにこの対応だ。

「あのウェイターと仲がいいんだな」
「別にそんなんじゃ…あっちが子供扱いしてきて困ってるんです」
「あれは友達としての行動じゃないのか?」

また、彼女が微笑んだ。友達と言われればそうなのかもしれない。そうだったらいいなと思って僕は彼女と一緒に笑った。


「そういえば、今日店に私の知り合いだとかいう奴が来たんだ」

運ばれてきたランチを食べていると彼女がそう言った。

「え、」
「ブリッツ隊の者だと言っていた。元気そうで良かったと言っていたよ」
「そう、ですか」
「私は…軍人だったんだな」

心臓に杭でも打ち込まれたような衝撃が僕を襲った。話すべきだった。いや、話してはいけなかった。今でよかったという気持ちといつまでも知らないでいてよかったという気持ちとがぶつかって反発しあっている。僕は彼女の顔を見ることが出来ずランチプレートを見つめ続けた。彼女は食事を続けた。他愛ない会話をしたかもしれない。上手く思い出せなかった。昼休みももう終わる。僕たちは店の前で別れて職場へと戻る。結局ランチプレートは手つかずのままで、冷えた料理をテーブルに置き去りにしてしまった。

20120312
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